第118話 密談
トッドはまさに情報屋らしい、隠れ家のような場所へと俺らを案内した。スラムの近く、
とっくに店じまいした店内は暗く、周囲には所狭しと本が並ぶ。お世辞にも広いとは言えないが、良い雰囲気の店だ。キョロキョロと店内を見ているとトッドに手招きされる。これまた狭苦しいバックヤードの床のカーペット、これを店主が
「トッド・・・おいおい。ワクワクさせてくれるじゃないの」
「フッ。男は皆、隠し通路だのなんだのが好きなモンだ」
こちらを見てニヤリと笑う彼の顏には、初めて見せてくれた茶目っ気があった。やっぱこいつ、イイ奴だろ。
「女も秘密は好きだよ、仲間外れにしないで?」
キョウカも目をキラつかせて隠し扉に興奮しているようだ。レイラもウンウンと後ろで頷く。どうやらこの場所は満場一致で皆の心を掴んだらしい。
階下に降りると、ひんやりとした冷たい空気が俺たちを包む。上階よりも物が少なく、充分な広さが確保されている。何故か床一面に藁が敷き詰められ、壁面を囲むようにガラス戸付きの本棚が置かれている。さらにそれは厳重に施錠までされていた。
「ここは貴重な蔵書の保管庫。店主によると、この部屋の暖かさや湿り気は本にとって最も良い環境になるよう調整されているらしい」
なるほど、この藁は乾燥剤代わりか。それに、微かに香るこの匂いは
「それでは、改めて自己紹介してくれるか?レイラのお仲間よ」
トッドに促され、俺たちはようやく本名で名を名乗る。レイラがチラチラとキョウカに目を送っているのを見て、俺たちの関係性についても話してやった。
「このキョウカは俺らと同じ転生者。巡礼の旅を終えて、アンゼロに帰った時に出会って以来、色々あって今や旅の道連れってヤツだ。信じて背中を預けられる・・・俺の相棒さ。仲良くしてやってくれ、レイラ」
「相棒、ですか。こんなにカワイイのに、頼りにされているんですね。そういう関係ってちょっと憧れます。・・・よろしくね、キョウカちゃん!」
「よろしくね。ついにネイサンの仲間に会えて、なんか嬉しいよ。聞いてたお伽話のキャラクターに会ったみたい」
へへ、と可愛らしく笑うキョウカ。その無邪気な顔を見て、レイラは胸をバッコリ打たれたようだった。「キョウカちゃん、何か食べる?アメいらない?」とかなんとか、餌付けしようとし出す始末だ。レイラ氏、彼女はメシ食わないんですよ。と、そこでトッドが彼女を正気に戻してやる。
「レイラ、ネイサンに本題を話しては?」
「あ・・・そうでしたネイサンさん。まずは改めて、また出会えて嬉しいです。ご無事で何よりです。私を探してくれて、ありがとうございます。そして・・・助けて欲しいです。ユウヤ君を、マリちゃんを」
俺は改まって彼女の話を聞く姿勢を取る。謎がついに、紐解かれる時だ。
「あれはもう、何日も前の事です・・・」
彼ら三人は再び仲間たちと合流する為、サンフューラを目指していた。ここアートレでは、旅の最中しばらくの間レベリングを行えていなかった事もあり、この街を拠点にして冒険家ギルドのクエストを行っていたらしい。
事件が起こったのはアートレの生活にも慣れだした頃、クエストを終え宿に向かう途中での出来事だった。ユウヤが急に立ち止まったのだ。彼は”聴き耳”持ちなので何か察知したらいつもこうして歩みを止め、皆に目配せする。しかし、そこは魔物の蔓延る森なんかではなく、街の中だった。
少女の悲鳴のようだった、とユウヤは言う。不審に思った彼は”気配察知”を用いて声が聞こえた大きな店の中を探った。「奥で子供が逃げまどっている、それを大人が捕まえて・・・チッ、殴ってる!」ユウヤはそう言うとブチギレて店に押し入って行った。店の看板には今日はもう閉店したと書かれていたが、お構いなしだった。
険しい顔をしたユウヤを見て、店員は何事かと狼狽えた。子供の悲鳴が聞こえた、そう訴えてみると、店員はしらばっくれてこう言ったと言う。
「大方、近くでスラムのガキが盗みでも働いたんでしょう。そして捕まり、
明確に子供の存在を隠されたのだ。それを聞いたユウヤは苛立ち、大声で叫んだ。
「オイ奥に子供がいるんだろ!?キミ、助けて欲しいなら何か言ってくれ!虐待か?そんな事、俺は許さない!!絶対にだ!!」
暴れ出しそうなユウヤを店員がなだめる。何かの間違いです、困ります。衛兵を呼びますよ、とかなんとか。しかし、その店員をユウヤはギロリと睨みつける。
「今・・・奥から聞こえたよ。小さな声で、”助けて”ってな」
ドン、と店員を押しのけてカウンターの奥に進むユウヤ。彼を信じ、マリコもそれに続いた。それを阻もうと、奥からガタイの良い男が出て来たそうだが、ユウヤの猛烈な平手打ちで一瞬で男は地に沈んだと言う。
「ユウヤ君は本当に怒っていました。昔、色々あったみたいで・・・子供への暴力が許せないみたいなんです」
レイラはその時の事を振り返って言う。その後、店の奥に入り込んだ彼らは驚いた。そこはもぬけの殻。裏口のドアは今しがた誰かが出て行ったかのように、開け放たれていた。瞬時に”気配察知”を行うユウヤ、そして舌打ちする。
「馬車に乗って逃げた!少女も一緒だ、追うぞ!これはもう、何らかの事件だと見て間違いない!」
ユウヤは通りに出ると同時に火炎術を使った。
「”
ユウヤの足元に小規模の爆炎が巻き起こり、彼はその爆発を推進力に変えた。何度も爆発を起こすことで、猛スピードで跳躍して行く。それに続き、マリコも風見術を使った。
「レイラ、先に宿に戻ってて・・・多分これ、スピード勝負だと思うから。”追い風”!」
ユウヤ程のスピードではないものの、マリコも風を纏いながら軽やかに走り去って行く。レイラは一人、取り残されてしまったのだった。
「私には疾走系の魔術が使えませんでした。だから追い付けなくて・・・。こういう時、私って足手まといだなって思うんです」
残されたレイラは言われた通りに宿に戻った。しかし、あくる日の晩になっても彼らが戻ることはなかった。きっと何かあったのだ、もはや衛兵所に助けを求めに行こうか?そう迷っていた矢先、彼女に来客があった。それこそが、この場にいるトッドだったと言う。
「トッドはこの事件の情報をすぐに掴んでいました。これはディヒル商会と、子供が関わる事件だという事。店舗を襲った冒険家は三人いた事、その”全員が”賞金稼ぎに探されている事・・・等々。そう、その時は私も追われる身だったんです。当時はその事に気づきもしなかったけど・・・」
トッドは独自にこの事件を調査し、三人全員を探したが、すぐに見つけられたのはレイラだけだったと言う。トッドが賞金稼ぎ共よりも早くレイラと接触出来たことは、ラッキーだったと言える。情報屋を名乗るトッドに、レイラは洗いざらい事の
「ここからは俺が話そう。お前たちにだから話すことだが、俺は前々から密かにディヒル商会を怪しんでいた。商会を疑いの目で見る人間というのは、この街では珍しい存在なのだが・・・俺には奴らを疑う理由があったのだ。だからレイラ達に手を貸す事にした。何かに辿り着けそうな気がしたからだ」
「トッド、その疑いの理由とは何だ?そしてレイラも追われていると言ったが、彼女は指名手配されていないハズだろう?どういう事なんだ」
「順に話す。今は黙って聞いてくれ」
まずはレイラが何故、指名手配されなかったか。これについては、早期にトッドが手を打ってくれたからに他ならなかった。
「レイラには一度、死んでもらう必要があった」
アートレの門番は厳しく、街の外に彼女を逃がすのは難しかった。また街の外に逃げたと偽装してみたとしても、それではそもそも彼女の指名手配は解けないだろう。どのみち街中や近郊の村にギルドの似顔絵を貼られて、これからの行動に制限が掛かる可能性が高かった。だからトッドは思い切り、彼女の死を偽装したのだった。
アートレの西の外壁は森に面している。その壁は高く、森からの魔物の侵攻を抑えるのには十分な堅牢さを保っていた。外壁の頂上には見張りが交代で立ち、異常が無いか日夜監視されている。トッドはそれを利用したと言う。
その日、トッドはわざとレイラの目撃情報を街に流した。街の西、外壁付近で彼女は潜伏していると。白のローブに身を包み、物乞いの真似事をしていると。賞金稼ぎたちは揃って現場に駆け付けた。そしてレイラはすぐに見つかり、外壁の目の前まで追い詰められてしまったのだった。
「・・・”水柱”!」
逃げ場の無いレイラは水溶術を足元に放ち、ぐんぐん伸びる水の足場を利用して超高度まで自身の身体を押し上げた!呆気に取られ、それを見上げるばかりの賞金稼ぎたち。そのまま外壁の頂上まで逃げ去るレイラ。追手共は慌てて石造りの階段を昇って行く。見張りの衛兵たちが何事かと騒ぎ立てる。
彼らが頂上に着いた時には、レイラはかなり遠くまで外壁の通路を渡っていた。しかし、この通路は長い一本道だ。この道はどこまで行っても真っすぐ、街をぐるりと一周してしまうだけで、いずれ彼女は捕まるだろう。そう高を括っていた賞金稼ぎたちだったが、次の瞬間・・・衝撃を受ける。
レイラがふいに、街の外側に向かって身を投げたのだ。え?と彼らが立ち止まった数秒後、ぱん!という小さな破裂音が地表から聴こえて来る。
彼女が
賞金稼ぎたちはしばらく現場に留まっていたが、やがて”やれやれ、まったく”といった具合で一人また一人とその場を去って行く。取り残されたのはそう、今しがた自身の死を偽装した張本人のみ。透明化したレイラだけだった。
「レイラには俺の”とっておき”を渡しておいた。暗鬼術の”
「身投げした”私”の正体は、先ほどお見せした”
この作戦は二人で話し合って編み出したモノであると言う。おいおい、なかなかヤリ手じゃないか。現場に残ったローブは肉ごと魔物が森に引きずって行ったと言うし、証拠隠滅もバッチリだ。早々にこの偽装作戦を実行した事で、レイラは指名手配のリストから除名されたというワケだ。
「俺はもっと自信を持つべきだと思うがね。”水柱”であの高さまで移動する魔力量は素晴らしいし、死体にリアリティを持たせるための細工も彼女自身が行ったことだ。それに君は頭も良い」
トッドに褒められ、レイラはあからさまに照れてしまう。確かにレイラは自己評価が低いてらいがあると俺も思うし、トッドの言う通り自らを誇ってもいい。きっと俺らにはできなかった事を、確かに彼女はやってのけたのだから。
「スゲーよ、二人とも。まさにアッパレってカンジだ。・・・それで?トッドが商会と敵対する理由はなんなんだ?何故、こうもレイラに良くしてくれる?」
トッドは少し間を置いてから、俺の目をしっかりと見据えて喋り出した。この男が何故味方してくれるのか。その真意を知る時だ。
「初めは・・・少しの違和感だった。カネや権力を持つ者は敵を作り易い。だからそいつの弱点を知りたがる者も多い。商会がこの街で力をつけてきた頃、俺は今のうちに”商品”を揃えておこうと商会の周りを探った。いずれそういうネタを求めて客が来るだろうと思ったからだ。しかし・・・」
「もしかして、何も出なかった?」
「その通りだ。お前も聞いただろう?商会の街での印象は最高レベル。叩いてもホコリが出るどころか、さらなる善行の証拠が溢れてくる。臭い話は一切なし、異常な程に清廉潔白だったよ。そうなると、一度は俺も奴らを信じた。しかし、俺はコレのおかげでさらなる違和感に気づいたのさ」
そこでトッドは一冊の分厚い手記を取り出した。表紙は擦れ、端はボロボロ。年代物の貫禄を感じるシロモノだった。
「これは俺の日記兼、ネタ帳のようなモノだ。これにはこの街のあらゆる住民の情報が書いてある。俺にしか読めない、記号のような文字でな。ここには、孤児たちの情報すらまとめてある。これを眺めていたある日、俺は何故今まで”これ”を見落としていたのだと衝撃を受けた。それは養子になった孤児たちの事だ」
彼は言う。手記の中には、特別に思い入れのあった仲の良い孤児たちとの思い出が詰まっていたと。彼らはこぞって商会長夫妻の養子に迎えられ、スラムを去っていた。彼らの”その後”について、トッドは彼らしくも無く深く探りを入れていなかったらしい。
「自分でも、何故今まで彼らの身を案じてやらなかったのか分からず、憤りを感じたよ。それからやっと、養子になった子供たちのことを調べ始めた。街の皆はスラムの子供がどうなろうが興味を持たない。情報を得れたのは、直接商会長の邸宅で働いている使用人に接触した時だった」
その使用人からは良い話も、また奇妙な話も聞けた。子供たちは皆、だだっ広い邸宅の中で元気いっぱいに暮らしていると言う。悲壮感や、何らかの苦痛を感じているような気配は感じられないとのことだった。しかし、屋敷には奇妙なルールが二つあると言う。
一つ、使用人は子供たちとの不要な会話を禁じられているということ。特に、スラムでの生活を思い出させるような内容のお喋りは厳しく咎められていた。
二つ、子供たちは私有地の外に出ることを禁止されていた。商会長夫妻が休暇の際は大馬車に乗って子供たちも総出で別荘に行く事もあるらしいが、基本的には外出を許されていなかった。
「ひどい扱いはされていないらしく、むしろ夫妻は子供たちを溺愛していると言われた。しかし俺の情報屋としてのカンが囁く。あの夫妻は何かを隠している。それも、街の皆や俺たちだけででなく、”子供たち自身にも何かを知られまい”としているんじゃあないか。俺にはそう思えるのだ」
「子供たちを囲いこんで、外界から遮断する・・・か。確かにそれは、何か危険な匂いがするな。何か洗脳教育のような、例えば特別な思想を植え付けられていたりでもしたら、たまったものじゃない」
「全く持ってその通り。狭い領域内で、偏った価値観を教え込み自分にとって都合の良い駒とする。しかも養子の数は増える一方。いつか私兵として悪事の実行犯に仕立て上げられたり、口の堅い間諜のような役割として利用されるやもしれん。それはまさに、養子の兵隊だよ」
洗脳、これには直近で苦い思い出がある。どいつもこいつも、怪しいヤツってのは好きでたまらないんだな。ヒトを支配するって事が。
ようするに、トッドが商会を怪しんでいる理由はこうだ。商会は大組織なのに今まで一つもボロを出していない、その慎重さ。養子にした子供を囲い込み、世間から隔絶させている謎の行動。そして決め手となったのが、ユウヤ達が遭遇した連れ去られる少女の話というワケだ。確かに何かある、と考えるのには十分かもしれない。
「あとは、もう一つ・・・とある疑念があるのだが、それは曖昧で証拠も無い話なのだ。これは、お前たちにわざわざ言う事も無いだろうな」
何か気になる言い方だったが、きっと本当に未確定な話だったのだろう。それ以上は深く喋らず、彼は話を終えた。明確に分かった事と言えば、彼の行動の根底にあるのは子供たちへの親心のようなモノだという事。彼らを案ずる善の心が、彼を突き動かしている。俺はそれだけ分かれば十分だった。
「まあなんだ、アンタが良いヤツだってことは分かったよ。レイラを守ってくれて、マジでありがとう。本当に。色々と
コクリと頷くトッドに、ハイ!と良い返事をするレイラ。俺は右手を差し出し、皆に目配せする。何をしたいのか察したキョウカがその手に自分の手を重ねると、後の二人もそれに続いた。「行くぜ!アートレ探偵団!」俺の適当な号令に合わせて、応!と皆が声を一つにしてくれる。キョウカはチームのネーミングにちょっとウケていたが、気にしない気にしない。
「それではネイサン、早速だが最近掴んだ情報を明かそう。少し前にアートレの
そしてその魔術師は、なんとエルフの女だと言う。俺らは顔を見合わせ、マリコの顔を思い浮かべる。
「そこはスラムよりも物騒な地域でな、今まで慎重に捜査していたが・・・お前たちが居れば大丈夫だろう。明日、いや今からでも案内しようか?」
俺たちはすぐさまそれに同意し、夜の街へと飛び出した。そこには、この事件の核となる謎の答えが待っていた・・・。
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