第120話 変わらないモノ
「……自己紹介から、始めない? 申し訳ないけど、あなた達の名前も顔も覚えてないんだ。本当に」
どうにもおかしな気分だった。記憶を失ったマリコに対して、俺とレイラはまるで初対面かのように名を名乗り合った。本当に初めて出会うキョウカとトッドは別として、俺とレイラの戸惑いは相当デカかった。記憶喪失の人間と話すのなんて、もちろん生まれて初めてだ。一瞬、沈黙が訪れた。
そこで、会話の内容に詰まっていた俺らを見かねてか、マリコが自ら語り始めてくれる。
「うーん、何から話したもんかな。やっぱり、最初からかな。あのね、アタシの記憶はね、どうやら〝転生直後まで巻き戻ってる〟みたいなの」
マリコは記憶を失ったその瞬間から、今に至るまでの衝撃的な体験をそのまま伝えてくれた。
――まるで眠りから覚めるように、まどろみの中から抜け出した時のような感覚があったと言う。薄暗く、少し肌寒い場所で目覚めた彼女はすぐ、こう思った。
なんだ、やけに地味な場所に自分は〝転生〟したんだなぁ、と。あの黒一色の転生の間を抜けて、冒険がいざ始まると思えばコレかと。今思えば、呑気なモンだったなとマリコは語る。
周囲を見渡すと、その場の雰囲気は病院の診察室に似ていた。診察台のようなモノがいくつか見え、自分もその内の一つに横たわっていたからだ。
自分の他にもあと二人、同じように寝かされている人間が見える。少女と、自分と同年代のように見える男。そして、唯一その場で立ち尽くす……人相の悪い男と目が合った。
「……目が覚めたかい? お人形さん」
不吉な笑みを浮かべる男に、気色の悪い言葉をかけられる。マリコは思う。自分にとっての異世界での第一村人は……こんなにキモいんかい、と。
「あの、何ですか? お人形では……ないですけど」
マリコが言葉を発した瞬間、男はガタンと診察台に腰をぶつけた。
「……な、なん、何故……?」
男は瞳孔が開いた目で、信じられないモノを見るかのようにマリコを見る。後ずさりし、ひどく狼狽した様子でまた診察台にぶつかっている。
あきらかに様子がおかしい男に対し、マリコの警戒心は正常に作動した。診察台を降り、彼女は最初に目の前で眠る少女の元に駆け寄った。
「あの、超失礼なんですが……おじさん何? 怪しいよ。寝てる間に、アタシになんかしてないよね? こんな小さい子もいる、し……?」
マリコは気が付く。少女は寝てなどいなかった。目にいっぱいの涙を溜めながら、体をプルプルと震わせている。……恐怖の感情。真に恐ろしい目にあったばかりの人間は、こんな反応をするんじゃないか。マリコは頭に浮かんだ恐ろしい直感に、素直に従う事にした。
「この子に……何したの?」
素早く少女を抱きかかえる。すると、肌越しで伝わる感触。少女の身体はカチカチに緊張しており、震えと言うよりは痙攣しているようだった。言葉を発しないのもおかしい。再度彼女の顔を覗き込むと、唇がかすかに動いた。
タ……ケテ。
マリコの心に、炎が昇り上がったようだった。どうやら自分は、人道に反した〝非道〟がまかり通る世界に降り立ってしまったらしい。転生する前、異世界へ抱いていた淡い期待が、音を立てて崩れていった。
「異世界……、最っっっっ低!!!」
眼前に片手を突き出す!転生して間もなく、こんな現場に居合わせるなんて。こんなにすぐに、人の悪意に触れるだなんて。こんなにすぐ、〝戦う〟気持ちが芽生えるなんて……!
「おま、何をする気――」
「〝風刃〟!!!」
記憶を失った彼女にとっては、〝初めて〟の魔術の行使。怒気を込めた魔力の刃は、男の肩をかすめて血の飛沫を辺りに撒き散らした。
「があああああああああ!!! は、あああああ……!!」
男はのたうち回り、周囲の棚のガラス戸が派手に割れる。その騒音を聞いてか、診察台で寝ていたもう一人の男が目覚めたようだ。しかし、マリコの胸中はそれどころではなかった。本当に、魔法が使えた。人を、生まれて初めて傷つけた。血。すごい血。殺しては、いないよね……?何なの、この状況。
初めての暴力に、心臓がドクつく。こんな、止まってる場合じゃないのに。逃げなければ、この抱きかかえた少女と共に。しかし、足が笑って動かない。早く、行かなきゃ……。その時、パニックで働かない頭に大きな声が届いた。
「あんた!! これ、どういう状況だ!? 体が、痺れてる……!!」
先ほど起き上がった男が、マリコに向かって叫んでいた。体の、痺れ?この少女の痙攣も、彼と同じもの?自分だけ、それが無いのは何故?見る限り、彼もまたパニックに陥っている様子だった。彼は未だに痛みに叫ぶ怪しい男を見ると、またこちらに向かって叫んだ。
「悪人は、コイツでいいのか!? その子供は、大丈夫なのか!?」
その声を受けて、マリコには不思議とすぐに伝わるモノがあった。ああ彼は……この混沌とした状況下で一番に、真っ先に〝子供〟の心配が出来る人なんだと。自分も、そうだったよ。……自分と、同じ反応が出来る人ならば。それならばこっちの男を信じてみよう、そうマリコは思った。
「……なんで、なんで二人も、〝効いてない〟んだよおおおおお~~~!!」
怪しいほうの男が立ち上がり、絶叫する。もう、起き上がってこないでよ!マリコは信用できるほうの男に向かって、短い言葉で叫んだ。
「そいつ!! この子を泣かせたのは!! アタシ、あなたを信用するから!!」
彼は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに怪しい男を睨みつけた。
「――分かった、俺も信じるからな! やるぞ……、うおおおおお!!」
痺れで震える彼の手に、明るい炎が煌めいた。それを眺めながら、マリコはどうしてだろうと考える。アタシもアタシだけど、なんですぐに彼は……信じてくれたんだろう?どうして自分は、彼の横顔から……目が離せないんだろう。
「〝火球〟!!!」
「やめ――」
ボン、という爆発音と共に火の球が炸裂した。何かに引火したのか、室内にモクモクと煙が立つ。……しかし、体の痺れのせいか彼の狙いは僅かに外れてしまったようだった。煙の中から現れた怪しい男は、片腕を火傷する程度の怪我しか負っていなかったのだ。
「ぐ、うううう……。クソ、がああああ!!」
奴が懐から何かを取り出した。それは、フラスコのような形の中瓶だった。
「全員、這いつくばりやがれ!!!」
地面に叩きつけられた瓶は、衝撃と共に爆散する。まるで、初めから高い内圧が掛けられていたかのように。そして瞬間的に、部屋中にキラキラと光る粒子のモヤが満ちた。――ゴホッ!思わず、少しそれを吸い込んでしまう。
すると……、ぐにゃり。唐突に目まいに襲われる。これあれだ、吸っちゃダメなやつだ。マリコはすぐに、これが毒ガスだと断定した。マズい、逃げないと。今度はちゃんと身体が動いた。少女を抱え、信用できるほうの彼を振り返る。あ……駄目だ。彼は地面に突っ伏して、身動きが取れないほどにひどく咳き込んでいる。
見捨てたく、無い。しかし彼は、こちらを見つめながら出口らしきドアを指さした。言葉無く、〝行け〟と言っていた。そんな、それじゃあ、あなたはどうするの?
「おい、逃げる気かあ? めんどくせえ。エルフはやっぱ、〝耐性〟高いんだな……」
怪しい男が、何かをグビグビと飲みながら近寄って来る。まずい、マリコは咄嗟に走り出す。ドアを抜けると、果てが見えない通路に出た。とにかくここを進むしかない。咳が止まらず、涙が出る。呼吸がし辛い、足も重たい。後ろから足音が追って来る。男も走っているのが、耳で分かる。
「ぐは! アハハハハ!! 待てよ待てよ、待ってくれよ~~!! 止まってくれたら、コレやるぜ~? 速攻で効く、解毒薬だぞ~?」
解毒薬、なるほど。あいつが飲んでいたのはそれだ。自分ごと毒ガスにまみれて、解毒しながら追って来るなんてイカれてる。あいつにこの子を渡しては駄目だ、自分が捕まったら、この子も終わりだ。でも、速く走れない。捕まる、このままでは。
「あと数歩だぞ~? もういいか~い? 捕まえちゃうぞ~~~?」
最悪。振り返らなくても分かる。あいつ、わざと遅く走ってるんだ。遊んでるんだ、アタシたちで。なんて邪悪なんだ。あんなやつ殺して……、殺したって構わないんじゃないか。魔法の力で、あんなやつ……!そこで初めて、マリコは後ろを振り返った。
「え……?」
後ろには誰も見えなかった。しかし次の瞬間、マリコの頬に痛烈な痛みが走った!脳に電気が走るような、重たい衝撃。まるでそう、何者かに殴られたようだった。マリコは倒れないように、足を踏ん張る。少女を抱く手に、強く力を込める。
「さっきはよくもやってくれたなぁ……、てめえ」
誰もいないハズの空間から、男の声が聞こえる。そして目の前に、透明の誰かが立っているかのような〝ゆらぎ〟が見えた気がした。
「ばあ。分かるか? 透明人間になる薬だよ。こいつはまだ試作品で、ほんのちょっぴり不透明だけどな。でもお前の風見術、もう当てられねえだ――」
「――〝風刃〟!!」
「おっとぉ! ……おいクソ女、ヒトがまだ……喋ってんだろうがあ!!」
またも、見えない拳で頬を打ちのめされる。駄目だ、ホントに当たってくれない。てか透明人間って、何。何でもアリじゃん異世界。痛いよ、クソ。
「当たってよ!! 〝風刃〟! 〝風刃〟! 〝風刃〟んんん! 」
「だ~か~ら……うるっせえんだよ、馬鹿があ!!」
激痛。今度は、正面から殴られた。女の顔面、ぶつんじゃねえよ……。目から大粒の涙が零れる。なんでアタシ、こんなことになってんの。どうしたらいいの、これ。自分が知っている〝唯一の術〟が効かなかった事で、マリコは戦意を喪失してしまっていた。
「……あのよお、俺な。会話できねえ廃人にするつもりで〝施術〟したつもりなんだわ。お前と、あの男を。それがなんで暴れて、魔術まで覚えてんだお前ら? おかしいだろって」
男が何を言っているのか分からない。マリコはそれを無視して、男に背を向けた。足を引きずりながら、また小走りで駆けだす。少女を抱えたまま、真っすぐ前を見て。戦えないのなら、せめて逃げて――。
「おいおい、まだやるのかって……。ハナシ聞いてんのかよっ!!」
後ろから背中を蹴られる。すんでのところで転ばずに済んだが、惨めな気持ちで心がいっぱいだった。怖い。逃げたい、こんな場所から。こんな世界から。でもこの子を、助けなきゃ……。男は嗜虐心を煽られたのか、しばらくこちらを自由にさせてから、唐突にまた背中を蹴るという動きを何度も繰り返してきた。
心が折れそうだった。背中を蹴られながら、少女の顔を見る。ごめんね、という気持ちが溢れて来る。こんな変態に捕まるなんて、可哀想だ。こんなヤツに打ち勝てない自分が、情けない。男の笑い声が、憎たらしい。……その時、少女がぐっとマリコの服を掴んだ。口がまた、動いている。
「お~い。いい加減、飽きたぞ~。……研究材料にしたかったけど、もう殺しちまうぞ。マジで」
男の声が近づいて来る。しかし、マリコの意識は少女の口元に集中していた。なんて言っている?アタシに何を、伝えようとしている?何か、重要な事のような気がする。
オイ……カゼ。
「――〝追い風〟?」
ぐん。マリコの視界が、急激に加速した。え、何コレ?この感覚、何……?頭の真後ろで、男の放った拳が空を切る気配がした。パンチを空振りした透明男と、多分だが、目が合う。マリコの周囲には、気流のような風の流れが発生していた。
「なん……、お前。オイ」
自分の身に何かが起こった。何か〝変わった〟。試しにその場で、トンと跳ねてみる。足に軽く力を込めるだけで、自らの背丈を越える程の高さまで、軽やかに跳躍をしてみせた。奇跡みたいな感覚だった。背中に羽根でも生えたのかとすら思った。マリコは後から知ることになるのだが、少女が今、無理矢理に詠唱させてくれたのだった。自分が忘れたハズの、疾走術を。
「……オイ!! クソ女!! オイ――」
声と共に、男の全力疾走の音が聞こえる。それに合わせて、マリコも全力を出して走ってみた。……なんだ、これ。すごい。自分が、相当なスピードを出しているのが分かる。ぐんぐんと、短距離走の選手のように疾駆する。男の声が、いつの間にか大分遠くで聞こえる。何故だかは分からないが、多分、この状況はアレだ。勝った。アイツはアタシに、追いつけない!
「……アタシの、勝ちだ!! 死ね、バ~~~~カ!!!」
遠くで男の怒声が聞こえたような気がしたが、もうかなり距離を離してしまったので、気のせいかも知れない。マリコは後ろに思いきり中指を立て、そのまま長い通路を駆け抜けた。無限のように思えた通路の景色が、どんどん視界の隅に消えていくのは気持ちが良かった。羽ばたくように、マリコは駆け抜けた。
しかし、ちょうど通路の果てが見えた頃、彼女の足が何かに触れる。ゴールテープを切るかのように、極細の糸のようなモノを足が振り切ってしまった。そういう感覚。破裂音が鳴ったかと思えば、次の瞬間には罠が作動していた。目線の高さに、通路の壁から毒液が散布される!マリコはそれを、モロに喰らった。
「――ぐううう! ……あんの、クソ野郎!!」
男に対する呪詛の言葉を叫ぶが、きっと奴には届いていないだろう。目から侵入した毒が激痛を呼ぶ。涙が止まらず、視界は最悪だ。急激に気分も悪くなり、足元のフラつきもあったが、それでも彼女は走った。するといつの間にか、建物の外に出たような気がした。
呼吸に異常が出始め、視界も悪い中。自分がどこを走っているのかも分からずにいた。なんでも良いから、とにかくあの場から出来るだけ離れようとする。幸いなのは、少女に毒液トラップがかからなかった事だけだ。無心で駆ける。駆け続ける。
そして気づけば、あのスピードが出なくなっていた。〝追い風〟の効果が切れたことを、彼女は理解することができない。遅くなった足で、ヨタヨタと進み続ける。人によくぶつかるようになってきた。きっと、人気のある道まで逃げおおせたのだろう。もう、安心かな……?その辺りで、マリコの意識は途切れた――。
「――そんで、気づいたらママに拾われてたってワケ。もちろん……メリーも一緒にね。ホラ、おいで。挨拶しな」
周囲を囲む店員たちの間から、メリーと呼ばれた少女がひょっこり顔を出す。ああ……なるほどこの子が。マリコは守り通したんだな、件の少女を。俺はマリコを、仲間のことを本気で誇らしく思う。やっぱりマリコは、マリコのままなのだ。何故、彼女の異世界での記憶が消失したのかは不明だったが、この際それは後回しだ。彼女が正義感にアツい、たくましい女のままでいてくれた事に、俺はただ感謝した。
「はじめまして。マリ姉の、友達さん?」
「ああ、初めまして。友達っていうか、仲間だよ。尊敬してる、大事な仲間さ」
「ふーん。……マリ姉さ、ちゃんとこの人のこと、思い出せるといいね」
「……うん、ホントにそう。ねえ、ネイサンだったよね。そんな事言ってくれるって事は、仲良かったんだろうね。アタシたちって」
「そりゃそうさ! 同じメシを食って、馬車に揺られて移動して……一緒に悪党の巣にカチ込んだことだってあるんだぜ? もちろん、ユウヤも一緒にな……」
ユウヤの名前を出した途端、皆の顔色が悪くなる。マリコの話では、ユウヤのその後は不明なままだ。考えたくもないが……彼は今もなお、生死すら分からない状況にある。
「アタシ、彼の事は後から知ったの。仲間だったってことも、ユウヤって名前も。助けられなかったこと、今でも悔んでる……」
「マリコ、憶えていない様子だから……残酷かもしれないが俺から教える。君とユウヤの関係は――」
二人の間柄を知った時、マリコはその場で膝を折った。……恋人。自分の知らない記憶。覚えていない、愛情。ポロポロと、涙を零しながら彼女は笑う。
「……不思議だけどね、そんな気がしてたの。彼のこと、忘れ……られなかったもん。なんでだろうって、思ってた、の……」
レイラが彼女に駆け寄る。強く抱きしめ、二人は一緒に涙を流した。それを見て俺は心に強く、深く誓いを立てる。マリコとユウヤを、二人まとめて救い出す。記憶を戻す手段を探し出し、犯人をブチのめす。この誓いは、絶対に、折れない。
「きっとユウヤは見つかる。無事で、どこかに潜伏しているハズだ。一緒に探してくれるか、マリコ」
「……ネイサン、もちろんでしょ? アタシもね、メリーに話を聞いて以来……ずっと探してたんだから」
メリーの話?俺たちがハテナマークを浮かべると、マリコが説明してくれる。
「この子はね、あの場にいた中で唯一記憶を消されなかったみたいなの。だから、記憶を消される前のアタシたちと喋った記憶があるんだ」
メリーによると、事件があった当日、彼女は商会に養子に行くための準備をしていたそうな。しかし、商会の服屋で衣装合わせをしている際に、偶然店の男の口からある単語を聞いてしまった。
「この子も、〝あの部屋〟に行かされるのか……。一体、中で何をしているやら」
メリーはその言葉に、ただならぬモノを感じたという。不安が渦巻き、あらゆる負の可能性が頭によぎる。養子に行ったら、最悪殺されるかもしれない。そう考えた彼女は逃げ出そうと暴れ出し……そこに運良くユウヤ達が助けに来たということらしい。
その後は俺も聞いた通り、馬車で何処かに連れ去られ……それをユウヤとマリコが追った。そしてなんと、無事に二人は馬車に追いつき、一時はメリーを救出せしめたのだと言う。
「助けてくれたその時、二人の名前を聞いたの。すごかったんだよ、二人とも。ついでにマリ姉の魔術、〝追い風〟って名前も……そこで聞いたんだ」
「そう。なんでも、アタシが自慢げに教えて来たんだって。カッコイイでしょって。恥ずかしいよね~、記憶消す前のアタシ……」
なるほど。だからマリコが変態野郎に追い詰められた時、術の名前を教えてやる事ができたというワケだ。グッジョブすぎるぜ、メリーちゃん。
その後、助かったと思ったのも束の間……。唐突に三人とも、謎の眠気にあてられて、その場で昏倒してしまったそうな。その時周囲には異臭がしたようで、今思えばヤツの持つ薬品の一部を使われたのだろうと彼女は推測する。
そして、気づいた時には〝あの部屋〟に居た。薬のせいか、全身が強張りロクに首も動かせなかったという。あの男はメリーの顔を覗き込み、こう言った。
「お前は最後だ。コイツらをパーにした後で、ゆっくり繊細に〝施術〟してやるからな~? 逆に難しいんだよ、〝一部を消す〟ってのは……」
何を言っているのか分からなかったが、男が自分達を害そうとしていることは分かった。それからしばらくして、マリコが起きた。そこから先はマリコの言う通りだったが、毒液トラップを避けたメリーは覚えていたらしい。マリコに抱きかかえられながら進んだ、あの道の事を。ヤツのアジトの場所を。
「あそこはスラムと色街の真ん中あたりだったと思う。馬の訓練所とか、お墓があるほう。マリ姉はアートレの人じゃないし、目が痛かったから分かんなかったかもだけど、私には分かった。絶対そうだよ」
「これがメリーの話。どう? やるでしょこの子!」
この子、マジでやる。有力情報すぎるぜ、そいつは。
「最高の情報、ありがとうメリー。その周辺を情報屋であるトッドと一緒に探せば……意外とすぐに見つかる気がしてきたぞ! なあ、トッド?」
「ん? あ、ああ……」
ん、どうした。トッドは歯切れの悪い相槌を打って、下を向いて考え事をしているようだった。俺は、実はずっと気になっていた事を彼に聞いてみる。
「なあトッド。さっきママに対して、どうして〝記憶喪失か?〟なんてすぐに言えたんだ? もしかして、前々から何か勘付いてたんじゃ……ないのか?」
トッドはこちらを向き、黙って首を縦に振った。やっぱりか。
「確証の無い話だからと、言わなかった話があったな。まさにそれが、記憶に関わる話だった。……俺はな、この俺自身が。〝一度、何者かに記憶を消されてる〟んじゃないかと疑っていた。自分の記憶に、穴があるような気がしていたんだ」
そんな……まさか、トッドが……?
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