勇者の真実を知った俺。勇者がちやほやされる理由を理解する
風間義介
勇者の真実を知った俺。勇者がちやほやされる理由を理解する
もはやありきたりというか、世に溢れすぎて珍しくもなくなった『異世界転移もの』というラノベのジャンル。
最近では、小説だけでなく漫画やアニメ、ゲームにもその設定が反映され、中にはうまくいかない人生を嘆き、自ら異世界へ向かおうと異世界へ行くオカルト的方法を検索し、実践する人間もいるとかいないとか。
だが、異世界というものが「あるかもしれない」ということまでは科学的に証明できていても、それはあくまで空論に近いもの。
実際に異世界とこの世界を行き来できる、あるいは異世界と何かしらの交信ができるようになるめどが立っているわけでもない。
ゆえに、創作あるいは何かしらの勘違いでしか、異世界は存在しないとされている。
されて――きた。
いま現在、俺がの目の前に広がっている光景が。
「よく、われらの呼びかけに応じてくれた。異世界の方々」
小説や漫画、アニメなんかでよく見かける物語冒頭のシーンだと気づく、その瞬間までは。
俺は
この場に来る前に、俺は短い昼休みを大好きな漫画に費やすため、購買で猛烈ダッシュして購入した焼きそばパンを緑茶で半ば無理やり胃袋に押し込み、鞄から漫画を取り出していたはずだった。
が、いざ至高の時間に飛び込もうとした瞬間、足元が光っていることに気づき、何事かと漫画ではなく足元に視線を落とし――。
「よく、われらの呼びかけに応じてくれた。異世界の方々」
どすのきいた爺さんの声が耳に届き、俺は視線をあげる。
すると、十年以上前に流行した魔法学校を舞台にした映画や伝説の指輪をめぐる長編映画で出てきたようなでかい空間と、その奥に豪華な衣装をまとった爺さんが偉そうに座っている光景が目に入った。
さらに、爺さんの頭の上に載っている王冠が視界に入り込んだことで、この爺さんの正体と、いまいるこの空間がどこかの王国の謁見の間的な場所であると察し。
――え? ま?? え、ちょこれマジ??
頭の中が混乱の渦を生み出す。
明らかにカメラが回っています、とか、監督の「カット!」の掛け声とか。何かそういうものがあればワンチャン、この混乱はすぐに収まったのかもしれない。
けど、そうはならなかった。ならなかったんだよ。
まぁ、混乱しているのは俺だけでなく、俺と一緒にこの謎空間に飛ばされてきた同級生たちも同じことで。
「はっ? え?」
「ちょ、ま……これどゆことよ!」
「異世界転移、キターーーーーッ!!」
「え? てかどこよここ?!」
「いや、これ映画でしょさすがに」
周囲からは困惑の声が聞こえてきている。
中には異世界転移という状況を楽しんでいるかのような声も聞こえてきているが……いやまぁ、それはいい。内心、俺もちょっとわくわくしてるし。
それよりも好き勝手いろいろとわめいたり騒いだりして大丈夫なのかねぇ。
なんて思っていると、案の定。
「えぇい! 静まれ! 静まらんか!!」
王様と思われる爺さんの横にいるちょび髭のおっさんがつば飛ばしながら大声を出してきた。
その声の大きさと威圧感に、さすがにクラスメイトたちも静かになる。
ざわめいていた若者たちが静まり返ったことを確認すると、王様らしき爺さんは厳かに口を開いた。
「……さて、改めてわれらの召喚によく応じてくださった、異世界の方々よ」
三回ほど聞いたそのセリフの後、この爺さんは自分を『アルアハン国』の国王ランズベルト・ルク・アルアハン八世と名乗り、爺さんたちが置かれている状況について説明してくれた。
まぁ、その内容は想像通り。
魔物の存在自体は以前からあったそうだが、その魔物よりも知性の高い存在『魔族』が突如出現し、同時に魔王と名乗る存在も出現。
世界各国は同盟を組んで魔王と魔族に対し、討伐を視野に入れた監視を行うための『対魔警戒戦線』と称した警戒網を敷くことになったそうだ。
数年は魔族も魔王も動きを見せなかったそうだが、数か月前、その沈黙が破られ、魔族が周辺国家の侵略を始めたという。
むろん、警戒していた各国はその侵略行為を人類に対する宣戦布告ととらえて、戦うことを決意した。
が、その結果は惨敗。
『対魔警戒戦線』も戦力の回復を図るため、しばらく活動を停止せざるを得ない状況になっているそうだ。
そこで、この王様は王家に伝わる異世界から才能を持っている人間を召喚する大魔法を執り行うことにした。
その結果、呼び出されたのが俺たちということらしい。
そこまで話を聞くと。
「え、あの……えっと?」
「あの……ここって本当に異世界なんですか?」
さすがにそこまで話を聞くと自分たちがいまいる場所が地球ではないことを察することができたらしい。
クラスメイトの質問に、王様は静かにうなずくと、俺たちが呼ばれたこの世界が『ミシディア』と呼ばれていることと、この世界の暦が
よどみなく流れるその説明に、台本のセリフではないことをなんとなく察したようで。
「おい……これって、まさか?」
「まじもん?」
「え、うそ……」
周囲のクラスメイトたちの数名がざわめき始める。
かくいう俺も、口には出さなかったがかなり心がざわついていた。
漫画や小説、アニメやゲームなんかの世界に飛び込んだようなもんだ。
サブカル好きの人間としてはわくわくもするが、同時にいきなり異世界に飛ばされたということもあり、強い不安が押し寄せてくるのを感じていた。
だが、俺たちが置かれた状況はその不安をすっかり押し流してくれた。
説明が終わると、ランズベルト王は控えていたフードを被った、いかにも魔導士らしい人物に声をかける。
「エインズワース、頼むぞ」
「はっ」
エインズワースというらしい、その魔導士は王にお辞儀をすると俺たちに視線を向く。
ローブを着ているから体格がわからないが、おそらく女性なのだろう。
高い、澄んだ声を部屋に響かせ、俺たちに語り掛けてきた。
「これからあなた方には簡単な健康診断と、どのようなギフト――才能を有しているかの検査を受けていただきます。別室で行いますので、私についてきていただきたい」
そう指示を出されて、俺たちは部屋を後にするエインズワースさんについていく。
しばらく歩いていくと、最初にいた部屋よりも装飾が施されていかにも「お城の中です」という感じのする部屋に到着した。
エインズワースさんが部屋の中に入っていくと、部屋の中で何か準備をしていた人がいたのだろう。
エインズワースさんに報告をする声と、その声に答えるエインズワースさんの声が聞こえてきた。
エインズワースさんは二、三回その人たちとやり取りをした後、俺たちの方へ振り向く。
それに合わせて、部屋にいた人たちも俺たちの方へと振り向いた。
「先ほど伝えた通り、簡単な健康診断と才能の検査を受けていただきます。まずはどのような才能を有しているか、その診断をさせていただきたい」
どういう理屈なのかはまだ研究段階であるため、エインズワースさんも説明ができないらしいが、ミシディアに生きる人々は生まれながら『ギフト』、要するに才能を有しているという。
それは異世界から召喚された人間も変わりないらしいが、異世界から召喚された人間にはミシディアで生まれ育った人間よりも強力かつ希少なギフトが与えられることが多いそうだ。
「ですが、診断をしないことにはどのようなギフトを授かったのかは我々もわかりません。むろん、特に珍しくもないギフトを有している可能性もあります」
仮に珍しくもないギフトを授かっていた場合、最悪、追放もあり得るのでは。
エインズワースさんの言葉でその可能性に気づいたのか、周囲がざわめき始める。
「ですが!」
そのざわめきを、エインズワースさんの鋭い声が止めた。
自然と、俺たちの視線はエインズワースさんへと向く。
「あなた方は私たちの勝手な都合で呼び出されたにすぎません。たとえどのようなギフトを有していたとしても、あなた方が不利益を被るようなことがないよう全力を尽くします!」
そう話しながら、エインズワースさんはフードで隠していた顔をあらわにする。
淡く長い、美しい金髪ときりっとした目つきに、目筋の通った顔つき。
日本でこんな人物がいたら、まっさきにモデルや女優なんじゃないかと疑いたくなる美貌をさらしたエインズワースさんは、ですから、と続けて、深々と頭を下げた。
「どうか、我々に力を貸していただきたい! そのためにも、不安はあるだろうがギフトの診断を受けてほしい!!」
エインズワースさんのその言葉に、控えていたほかの人たちもフードを外し、俺たちに向かって頭を下げた。
見ず知らずの他人に、そこまでされて断ることができるほど、俺たちの神経は図太くはないし、薄情でもない。
何より、こんな美人に頼まれてノーを突き付けることは、男が廃る。
俺を含む男子たちは診断を受けることを決断し、その熱意に流されて女子たちも診断を受けることになった。
診断といってもやることは簡単。
部屋の中央付近に置かれた、バスケットボール三つ分くらいはある大きさの水晶に触れるだけで、水晶の中に触れたものに与えられたギフトが出現するそうだ。
そんなわけで、ひとまず高校生の悲しき性。クラス委員長の指示で出席番号順に水晶に触れていくことにした。
俺を含め、クラスメイトの半数くらいが剣士や槍兵、弓兵、魔術師、治癒術師といったギフトを与えられたことが判明したが、どうやら、このギフトはこの世界ではごくありふれたギフトであるらしい。
ガチャランクでいえば、ノーマルというところだろう。
そんなギフトを与えられたわけだから、俺の肩は自然と落ちる。
――いや、勇者とか聖騎士とか剣聖とか賢者とかじゃなくてもよかったんだけどさ……なんかこう、騎馬兵士とか魔法剣士とか神聖魔導士とか召喚士とかそんな感じのギフトがほしいじゃんよ……
そう思っているのは俺だけではないはずだ。
まぁ、その後も鍛冶師や薬師、彫金師、細工師みたいな生産系の、そしてやはりありふれたギフトを与えられたクラスメイトが続いたのは、ちょっとばかり心が軽い。
別にそいつらを蔑んでるわけじゃなくて、あぁこいつらも俺らと同じ凡人なんだなぁ、という安心感を得られたからだ。
ギフトを与えられたクラスメイトの中には、クラス委員長やクラス一の秀才も含まれていたから余計にそう感じる。
が、その安心感が一気に不安へと変わる瞬間がやってきた。
「ゆ……勇者、です」
「え? 勇者?? いま、勇者って言ったか?!」
「は、はい……確かに、勇者です」
「いぃぃぃぃよっしゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁつ!! 勇者キターーーーーーっ!! わが時代来れり!!」
唖然とするエインズワースさんの部下の人を前に、クラスメイトがガッツポーズを取っている姿が目に入る。
ガッツポーズを取っているクラスメイトを目にした瞬間、俺は顔をゆがめた。
「げっ! 勇者ってよりにもよって馬村の奴かよ」
「よりによってウマシカかよ……」
「俺てっきり委員長か人吉かと思ってたんだけど」
俺と同じ感想を抱いたんだろう。
勇者のギフトを与えられたクラスメイトの声に、大半のクラスメイトが顔をゆがめていた。
さっきから調子よさそうにガッツポーズを取ったり自分が勇者だって大声で宣伝しまくっている男子は、馬村鹿太郎って名前なんだが……。
一言でいえば、不良だ。
しかも義理堅さとか人情とか覚悟とか、そういうものは一切持ち合わせていない。
自分がよけりゃそれでいい、ほかの人間なんざ知ったこっちゃねぇ、今が楽しけりゃ満足だ。
なんてくそったれな性格。
「品性下劣で厚顔無恥、顔も悪けりゃ頭も悪いし努力なんて単語には一番縁遠い性格してるうえに女好き……あんな奴のどこがよくて勇者なんて上等なギフトを与えたんだ?」
思わず心の声が口から出てきた。
その声が聞こえたらしく、馬村が俺の肩をつかむと。
「おいおい、勇者様に向かってその口の利き方はなんだ? ただの剣士さんがよぉっ!!」
悪人面して俺の顔面にこぶしをたたきこんできやがった。
ギフトを与えられた瞬間から、ギフトの恩恵が与えられるらしい。
「がぁぁぁっ??!!」
普通、殴られたくらいじゃ人の体は吹き飛ばない。
けど、俺の体はいとも簡単に吹き飛ばされ、部屋の壁に激突する。
――いっっっってぇぇぇぇっ!! 小学生の頃に自動車で吹っ飛ばされたときと同じくらい痛ぇっ!! 人間のこぶしなのか、これ?!
背中の痛みをこらえながら、俺はよろよろと立ち上がる。
こぶしの威力に驚いていたのは殴った本人も同じだったらしい。
こぶしを振りぬいた姿勢のまま、ポカーンとした様子で俺の方を見ている。
「は……はは……はははは、すげぇな勇者の力ってのは」
人を殴り飛ばしておいて、馬村の顔は下卑な笑みで歪んでいく。
幸い、周りにいたエインズワースさんと部下の人が馬村を止めてくれたおかげでこれ以上、俺が殴られることはなかった。
その後もギフトの診断が行われたが、賢者や大聖者、聖騎士といった、ファンタジー世界じゃ最上級といっても過言ではないギフトは馬村と同じかそれ以上に関わり合いになりたくない、正直に言っちまえばクラスメイトとすら思いたくもない奴らがかっさらっていったらしい。
その結果に、俺を含めクラスメイトの大半が、この世界の神様は見る目がないという評価と不満を抱いた。
けど、エインズワースさんがいうには、あいつらは言ってみれば階段をいくつも飛ばしてそのギフトを得たというだけで、その後の努力次第では普通のギフトを持っている人間に敗北することもあるのだという。
――だったら、あいつ以上に努力して今まで調子に乗ってきやがった分もまとめて、その顔面にお返ししてやるっ!!
殴られて吹き飛ばされた恨みもあり、俺は馬村を殴り飛ばすという、とてもじゃないが崇高とは言えない、だが確固たる目標を達成するため、これから行われるであろう訓練に耐えることを胸に誓った。
そんな出来事から三か月が過ぎた。
あのあと、俺たちは簡単な健康診断を受けて、戦闘を行えるギフトをもらったクラスメイトは騎士団に、研究や生産がメインになりそうなギフトをもらったクラスメイトは学術院と呼ばれる場所に所属することになる。
そこでギフトにかかわる訓練や講義を行うだけでなく、生きていくうえで必要な知識を学ぶのだと、エインズワースさんは言っていた。
てことはつまり、日本へ帰還することはほぼ不可能ということなんだろう。
この世界で生きていくしかないという事実に、最初の頃は帰れないという絶望感から無気力になっていたが、馬村をはじめとした最初からイージーモードなやつらだけに過剰サービスされているような様子に。
「あいつらばっかちやほやされんのは気に入らん!!」
「与えられないというのなら、自分たちで勝ち取ったらぁぁっ!!」
と、与えられるのではなく自ら勝ち取るって意思が燃え上がり、必死に勉学に励んだ。
もちろん、異世界の文字や数字を覚えることから始めなきゃいけなかったが、くさっても高校生。
日本語以外の文字の習得には少し苦労はしたけど、ローマ字と同じ法則で英語を覚えるよりも楽に習得できたし、計算も四則計算だけできれてば問題ないようで、思いのほかすんなりと習得できた。
その習得速度に講師役となってくれていた人や世話役をしてくれている使用人の人たちが目を丸くして、手放しでほめたり賞賛を送ったりしてくれた。
自分たちの努力に周囲が驚き、認めてくれるということが気持ちいい。
その気持ちよさが日本で感じたことのなかった俺たちは、さらに研鑽に励んでもっと褒めたり驚いたりしてほしいと思うようになった。
――まぁ、馬村たちと大差ないかもしれないけど、この心地よさは俺たちが頑張ってる証拠だ。何もしてないよりずっといいじゃないか
馬村たちと大して変わらないんじゃないかっていう思いがないわけじゃないが、自分にそう言い聞かせて努力を続けていたら、三か月が過ぎていることに気づいたというわけ。
何人かのクラスメイトは学術院や兵士、貴族の私兵として直接スカウトされたり、冒険者としてギルドに登録したり、職人に弟子入りしたりと、それぞれに進路を決めて活動を始めていた。
俺も、まじめに訓練に取り組んでいる姿が目に留まったから、という理由で近衛騎士団長から直接スカウトされ、いまは人吉というクラスメイトと一緒に訓練生として近衛騎士団に所属している。
近衛騎士の訓練は普通の兵士としての訓練よりも数段きついものだったけど、訓練教官が人を伸ばすことに関して天才的な才能を持っているのか、俺の根性が鍛えられたからなのか、はたまた俺の性格が単純なだけなのか。
とにかく、教官にやる気を引き出されまくって訓練についてこれていた。
日本に帰れないという点を除けば、順風満帆な異世界生活を送っているといってもいいような状況ではあるんだけど、面白くないことがひとつ。
「俺たちがこうやって汗まみれになってる間も、馬村たちはただ飯ぐらいのぐーたら生活なんだもんなぁ」
「言ってくれるな……けど、訓練参加しないで俺たちを圧倒するんだからまいったもんだよな」
「だよなぁ……」
少し前に近衛騎士と馬村をはじめとした激レアなギフトを受け取った連中と模擬戦闘を行ったことがある。
聞いた話では、馬村たちは体を軽く動かす程度の訓練には参加するそうだが、模擬戦闘や少しきつめの訓練には一切参加しないらしい。
そんなのが相手だったら楽勝だろうと思っていただけど、そこは激レアのギフト。
最初からもたらされているバフのようなものが俺たちノーマルのギフトとは桁が違うようで、厳しい訓練を重ねている俺たちの方が地面とお友達になっている、という悲劇を生み出してしまった。
「それのせいであいつら余計に調子づいちゃったんだよなぁ」
「日本にいた時だったら考えられねぇよ……」
体力や戦闘技術は訓練に比例する。
それが日本での常識だったのだが、ギフトがその常識を簡単にひねりつぶしてしまったようだ。
見習いとはいえ、厳しい訓練を受けている近衛騎士に勇者が勝利した、という話は瞬く間に広まっていき、馬村たちを見る貴族たちの目の輝きが変化した。
多少、人間性に問題があっても高い戦闘能力があれば問題ないということなんだろうか。
そりゃ。こんな殺伐とした世界だったら人間性は二の次になるんだろうけど、少しは人間性を加味して判断を下してほしいものだ。
訓練の合間に設けられた休憩時間中、人吉とそんな雑談をしていると。
「ヒトヨシ、ヒトシ。こちらにいらしたのですね」
プラチナブロンドの長い髪を縦巻きにしたヘアスタイルの美少女が俺たちに声をかけながら歩み寄ってきた。
「お、王女様?!」
「アイシア姫様?! な、なぜこのような場所に??!!」
俺たちは歩み寄ってきた美少女に驚きながらそう問いかけ、背筋を伸ばす。
このいかにも貴族の御令嬢というスタイルの美少女は、何を隠そうランズベルト八世の末娘、アイシア・ルク・アルアハンその人である。
本来なら近衛騎士の訓練場なんて汗くさい場所に顔を出すようなことはない人なんだが。
「あら。こちらの都合で異世界から呼び出してしまったお客人でもあるあなたがたのことを気にかけることがそんなにおかしいかしら?」
「いえ、そんなことはありませんけど」
「なら、問題ありませんね?」
「いや、城の中とはいえ、こんなに自由に一国の姫様が動き回っていいんですか?!」
人吉の返事にあっけらかんとした態度で返す彼女に、俺は反射的にそう返した。
その返答に、アイシア様の護衛を務めているエリセ先輩がため息をつきながら、まったくだ、と同意してくる。
「あの勇者とは名ばかりの薄汚い節操なしどものこともあるのです。もう少し慎んでほしいと頼んでいるんだがな……」
けど、そんな先輩の努力もむなしく、アイシア様はあちらこちらへと動き回っているのだろう。
心中、お察しします。
けど、そんな先輩の心中を察しきれていないのか、アイシア様はあっけらかんとした態度で。
「あら。けれど、あのおさ――人たちに会うのも今日で終わりですから」
と答えていた。
その言葉の意味がわからず、どういうことか聞いてみるとアイシア様は表情を曇らせ。
「それについて、お二人には……いえ、異世界からいらした皆さんに謝罪しなければなりません」
と言いながら、頭を下げた。
怒涛の展開に訳が分からず、困惑していると先輩が口を開く。
「お前たちがこの世界に召喚された日に、この世界の――我が国の現状については説明したな?」
「え、えぇ」
「あの話は正確なものではない。いくつか、偽った事実がある」
先輩のそのセリフで俺たちはさらに混乱するが、まぁ落ち着け、と言って、先輩は話をつづけた。
「対魔警戒戦線という国際組織は実際に存在しているし、しばらく前に前線に送り出した部隊が壊滅状態になったことも事実だ。だが、戦線が組織された理由とお前たちを呼び出した理由は全く異なるものだ」
「え?! まさか、俺たちが召喚されたのって手違いとか、王位継承争いで優位に立とうとしたアイシア様のご兄弟の誰かが提案して行わせたとか、そういうことなんですか?!」
「そういうことではない……さて、どう説明したものかな」
困惑する俺たちの言葉を先輩は否定したが、どう説明したら俺たちが納得するか、そこまでは考えていなかったらしい。
するとアイシア様が、そこから先はわたくしが、と言って説明を引き継いだ。
なんでも、『ミシディア』で広く信仰されている『ライティリア教』の主神である女神ライティリアは、闇に属する力をある程度抑えているのだという。
完全に抑えていない理由は、光というものは影や闇があるからこそ光として認識されるため、完全に抑えてしまうと自身の存在を保てないからなのだとか。
そんなわけで、女神の力を一定に保つには怒り、妬み、嫉み、ひがみ、恐怖といった負の感情を信仰心と一緒に吸収する必要がある。
でも、それだけじゃ十分な量を得られないので、どす黒い感情を抱えた人間を生贄として、女神のおわす聖域につながっているというダンジョンへ定期的に送り込むんだそうだ。
そもそも、『対魔警戒戦線』は魔王領からやってくる魔物や、明確に侵略の意図をもってやってくる魔族を警戒するための組織であり、現代の魔王は平和路線を取っており、普通に魔族との交流もあるのだとか。
それはそれとして。
「女神に必要となる感情を増長させるため、特別なギフトを得た人間は贅の限りを尽くしたもてなしをすることになっている」
「……えぇとつまり、馬村たちは女神への生贄に選ばれたからずっと特別扱いしていたってことなんです?」
「そういうことだ」
「けどそれって俺らを召喚する必要ないんじゃ?」
「それがどういうわけか、この世界の人間を生贄にしても女神の力を保つことができないらしくてな」
どうやら、異世界にいる人間でしか女神の力を強化することができないらしい。
てことは。
「つまり、女神は馬村たちだけを召喚するつもりだったけど、手違いで俺たちも巻き込まれた、と?」
「そういうことになる」
先輩の返答に、俺は思わず天を仰ぐ。
要は、女神が好みの人間を見つけたから自分の世界に呼び出そうとしたけど、周りにいた俺たちも巻き込んじまった、ということらしい。
ちなみに、異世界人を召喚しようとした連中だが、女神から託宣を受けて召喚を行ったんだとか。
「うわぁ……んじゃ俺ら勇者になれなくてよかったってことか」
「てことかねぇ……」
華やかな役であるはずの勇者というギフトの正体が、女神の力を一定に保つための生贄であるという真実に、俺は馬村が何も知らずにちやほやされていたことに、憐みのようなものを感じずにはいられなかった。
ちなみに、アイシア王女からのカミングアウトから一週間。俺たちは城の中でも城下町でも、馬村たちを見かけることはなかった。
王女が話していたことは真実だったという事実をどう受け入れたらいいのか混乱している中、人吉は
ギフトの進化という現象自体は珍しいものじゃないらしいが、ほかにも同じような現象を引き起こしたクラスメイトがいるようで。
「こんな同時多発的にギフトの進化が起きるなんてありえない!」
と言って、エインズワースさんをはじめとした宮廷魔術師たちが原因の究明を急いでいたが。
――これって、なんでか巻き込まれちまった
アイシア王女から告げられた真実を知った俺の胸中には、そんな予感が渦巻いていた。
普通ならギフトの成長に喜ぶべきところなんだろう。
でも理由が理由だけに、俺は素直に喜ぶことができなかった。
勇者の真実を知った俺。勇者がちやほやされる理由を理解する 風間義介 @ruin23th
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