03 【αテスター】
「実際に中に入ってみたら、ビビったよね、どー考えても第1層、ゲーム開始直後に出てくるようなのじゃないヤツばっかでさ、マジで、あ、最初はイベント戦闘で負けなきゃいけないのか、って思ったもん……今なら新宿20層以降の連中、オーガに
藍ヶ原はそう言って笑うが、現代の常識からするとまるで笑えない話だ。最低でも中堅レベルのフルパーティでなければ渡り合えないような魔物が、当時の第1層を徘徊していた。この点に関して、
「まあでも……そういうコンセプトのやつか、って思ってさ。僕だけ入れるダンジョンがウルトラベリーハードな件、的な。ステータス出せたし、チートもあるっぽかったし、じゃあ無双できんだろ! って。その日はたしか、8時間ぐらいアタックしてた。あれは……楽しかったな……うん……」
世界中で数千人の探索者が頭蓋骨を叩き潰され命を落としたオーガ。飲み込まれれば永遠に、死ぬこともできないままダンジョンの影の中を彷徨うことになる影狼。ポーションでも完全には回復しない、生涯残る深刻な言語障害を植え付けられるミーメシス。そして全ダンジョン中、最強ではないが最悪であると言われる魔物、ハルキゲニア。そんな魔物たちに囲まれながら17歳の少年が1人で戦っていたなどと、俄には信じられない話だ。しかし、彼のステータスを開示してもらえれば納得はできるだろう。
もはや半神の域に達している、国家戦略資源人材の名にふさわしい能力値とスキルの数々。市価数億、数十億のレアスキルと、数百時間の努力の果てにたどり着く
【αテスター】(訳者註※①)
「よく、そんなチートがあったらなんでもできるって言われるけどさ、そこまででもないんだ。基本的には、魔物を倒して獲得するXPが各能力値に自動的に割り振られるんじゃなくて、ステータス画面から好きに割り振れるのと、振り直しができる。それから完全鑑定に、収納の空間魔法スキルと、転移スキル。それがセットになってるのが【αテスター】称号……まあ、神様のフリはできるだろうけど、神様みたいなことをするのはムリだね。探索者として一番便利な称号なのは間違いないけどさ。転移で背後取ってボコる、で、あの時期は全部イケたし」
藍ヶ原が英雄として称えられる時代が始まっても、彼に対する批判が消えることはなかった。今でもそうだ。
「いや、実際そうだと思うよ、僕も」
彼自身は、その意見を否定しない。
「僕は……その時、僕がやりたいことを全力でやってただけで、日本がどうとか、世界がなんだとか、一切考えてなかったし……あはは、これは今でも同じだけど。英雄って呼ばれて悪い気はしないけど、僕が英雄って思うのは、僕みたいな人間じゃないし」
だが日本国内に留まらず、世界中で、どんな批判の声もかき消すほど、彼が称えられているのには理由がある。
他の
彼はバグレポートやフィードバックに夢中だったのだ(訳者註※②)。
「いやだって、テスターなんだよ? しかも、
そう言って言葉を濁す彼の顔には、困惑しかない。
藍ヶ原と他のテスターたちに、どうしてあれほどまでの差がついたのか、その原因は何だったのかを巡る議論は果てないが……それは単に、彼が日本人で、しかもゲーマーだったから、なのかもしれない。
※※※※※※※※※※※※
・訳者註※① 〝【αテスター】〟
αテスト、がゲーム開発用語。ゲームに必要な要素の60~70%程度詰め込んだ、最低限ゲームとして動かせるバージョンのものをプレイしてテストし、根本的なチェック、レポートを行う。通常開発部内部で行い、社外に依頼をするようなことはあまりない。故に、αテスター、という、αテストを行う人、という用語もあまりない。プレイレポートやテストは日常的に行うので、はっきりとはαテストとして行わない場合もある。このように、ゲーム開発の現場は混沌に満ちている。
・訳者註※② 〝彼はバグレポートやフィードバックに夢中だったのだ〟
バグ、はゲーム内の不具合。数値の異常やフラグの異常、またはゲーム進行不能なフリーズ、機器の暴走を引き起こす、など、内容は様々。テスター、デバッガー(バグを見つけて報告する人)のレポートによってその存在をたしかめ、再現性を把握し、プログラムの修正や仕様書の変更や価値観の変更などによって対応する。フィードバックはレポートではなく、この部分は冗長なので削除した方がいい、ボス戦ヌルすぎ、ドロップ渋すぎ、など、ゲームのバランスや要素に関する感想と改善案。
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アメリカ人が日本人探索者と現代ダンジョンノンフィクション本を書いたら世界の謎が解き明かされそうな件 〜原題:Cheated〜 阿野二万休 @old_town_city
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