02 アルファ・トゥエルブ



 2024/12/24。




 日本のダンジョン関連法はすべて、JR新宿駅南口にダンジョンが発生したこの日の正午を起点として効力を発揮するようになっている。世界ダンジョン協会もこの日を基準日としているし、日本以外の国にしても同じだ。


 だがその4ヶ月と25日前、αテスターの12人、通称α12アルファ・トゥエルブが密かに、自宅内でのダンジョン発生に遭遇していた。現在確認がとれているのは、インド、中国、アメリカ、パキスタン、ナイジェリア、ブラジル、バングラデシュ、ロシア、メキシコ、エチオピア、日本。人口上位12カ国であるが、迷宮メイがα12アルファ・トゥエルブについて言及した公的記録は存在しない。


「そうだな……僕みたいな状況に陥って、僕みたいに行動するやつは、そりゃあ多くはないだろうけど……」


 藍ヶ原律人に当時を尋ねるインタビューがしたいと依頼すると、快い返事と共に、前節の小説が送られてきた。フェーズ・ワン以前の、この4ヶ月と25日間を綴った50,000文字を越える力作は、手に汗握るジュブナイル冒険活劇小説ではない。当時流行していた〈なろう系〉呼ばれるネット小説スタイルの、ゲームと小説が融合したような、一種独特な読み味のものだ。


 17歳の少年が突如、暴力と超常が渦巻くダンジョンという理不尽に巻き込まれる。だがそこに苦悩や葛藤はほぼ存在せず、ただゲーム的に、ストイックに自己を強化していく様が淡々と描かれる。純文学をフォードのトラックではね飛ばすペーパーバックの暴君、スティーブン・キング(訳者註※①)がゼロ年代に生まれた日本人ゲームオタクだったら、こんな小説を書いたかもしれない。


 当時を尋ねるインタビューの中で、藍ヶ原は語った。


「あの当時、現代ダンジョンものは結構はやってて、僕も好きなジャンルだったし……そうそう、あの辺……の、ちょっと前じゃないかな、ダンジョン配信ものが流行りだしたのは。あの日も……部屋に戻ってからいつものクセで更新チェックして読んでたのはスッゲー覚えてる。で、押し入れにダンジョンできたんだからさ、そりゃあ物置からバール引っ掴んできて、そのオーガぼっこぼこにするよね。ちょうどそのオーガ、出口にはまっちゃって身動き取れなくなってたみたいだったし。で、バールの尖ってる方、目ん玉にぶっ刺したら……例の、黒い霧になって消えて、ころーん、って魔石……あの時のドロップ音ほど、脳汁出た瞬間は、なかったなぁ」


 後の迷宮心理学はこの時の藍ヶ原の異常性、あるいは英雄性を浮き彫りにしている。


 日本迷宮庁成立過程で取られたこの統計では、初めてダンジョン内で魔物と対峙した1,000人の内、呆然と立ち尽くしたまま殺される者が52人、逃走する者は512人、怪我を負わされてから逃走する者が276人。戦える者は200人に満たない。勝利して何かしらの報酬を得られる者となると30人以下、無傷でなら10人以下だ。


 もっともこれはダンジョン社会成立過程、まだ新宿駅にしかダンジョンが存在せず、ダンジョン教育も存在しなかったフェーズ・ワンにおける統計であり、現代では通用しない。今は幼稚園児ですら、ダンジョンの魔物を殺して素材を得ると知っている。しかし当時の藍ヶ原の反応が、どれだけ一般的な反応から離れたものだったのかを知るには十分だろう。なにせこの当時はまだ、現代社会の中のダンジョンなどというものはそれこそ、ネット小説にしか存在しなかった。


 この反応が藍ヶ原生来のものなのか、それとも最初期の12のダンジョン、αアルファダンジョンが侵入者に何らかの心理的強化バフを与えていたからなのかは、わからない。ダンジョンマスターが魔物に怖じ気付かない人間を選んだ可能性もある。しかし理由がなんであれ、それが人類にとってとんでもない幸運であったのはたしかだ。


 あるいは、不運だったという人間もいるだろうが。




※※※※※※※※※※※※

・訳者註※① 〝スティーブン・キング〟

ホラーの帝王、モダン・ホラーの旗手と評されるアメリカの小説家(1947~)。それまではコウモリに変身して空を飛んでいた吸血鬼が、自家用セスナでアメリカを飛び回り犠牲者を見繕ったり、呪われたホテルで職を得た男がホテルによって狂っていくがその狂気が薬物中毒によるものなのか超自然によるものなのかあまり区別がつかない、などなど、古典的ホラーに現代的、モダンな要素を持ち込んだ。徹底したエンターテイメント志向で、エッセイや回想録の中ではしばしば、高尚とされる種類の、いわゆる『純文学』のようなものに対しての反感のようなものを表明することもある。

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