②お前何キャラなんだよ……

「あっぶねぇ……。公然わいせつ罪で通報されるところだった」

 ファミレスにて。

 俺と件の女は、四人掛けの席に、向き合う形で座っていた。すでに注文を終えていて、料理が運ばれてくるのを待っている。テーブルの上には、ドリンクバーのグラスとスープバーのカップがそれぞれ二つずつ。俺の前に麦茶とコンソメスープが置かれているのはいいとして、この女ときたら、ドリンク混ぜるわ、スープバー専用なのにそっちにもミックスドリンク注ぐわ、思わず「ガキか!」と頭を叩きたくなるような行動しかしない。

 こいつのみすぼらしい格好のせいもあってか、入店時、店員さんの表情が若干引き攣っていたのは仕方のないことだろう。

 俺の心境を他所に、そいつは禍々しい液体をズズーッと啜っている。飲む直前、唇は見えるけれど、その他の顔面パーツはいまだに不明だった。女の子の口元をジッと見つめている俺は、ただの変態ではなかろうか。唇だけで興奮するほどの特殊性癖は持ち合わせていないから、まだそのレベルには及ばないと思いたい。

 ああ、唇に関して。そこのやつのものに限って言えば、思いのほか潤っていた。女の子の謎は深まる一方だ。

「あんた、名前は?」

 本題に入る前に、訊いておきたいことだった。ぼそぼそと、しかし俺には聞こえる声で、その子は答える。

「……零杖れいじょう束紗つかさです」

 変わった苗字だ。礼を言って、俺も名乗る。

「俺は黒岡くろおかたける。それで、零杖。金がないって言ってたけど」

 零杖はグラスの中身を飲み終えてから口を開いた。

「今年の四月から、仕送りを止められてしまって……」

「待て、たったひと言でツッコミどころが三つあったぞ」

 零杖はきょとんと首を傾げる。見た目に清潔感がないから、萌えねぇ……。

「萌えないとは失敬な……。わたしかわいいのに……」

 零杖が何か呟いているが、声が小さすぎて聞き取れない。

「ひとつ、お前、一人暮らしだったのかってこと。ふたつ、仕送り止められるほどの問題を起こしたのかってこと。みっつ、これは推測でしかないけど、大学生なのかってこと」

 ズカズカと踏み込んでいくも、罪悪感はない。ここの代金はすべて俺が支払うのだから、このくらいは大目に見てくれてもいいだろう。

 零杖のほうも気にした素振りはなく、すんなりと答えてくれた。

「いちおう、この付近の私大に通ってます……。まあ、卒論の締め切りを勘違いしてたせいで留年してるんですが……。三回目ともなると、さすがに親が許してくれませんでした……」

「二留の間なにしてたんだよ!」

 というか、二回も許す親も寛大だな! 懐が太いのか!

「なにって、それは……。乙女の秘密ということで……」

「いまのお前のどこに乙女らしさがあるんだよ……」

 店員さんが料理を運んできてくれたので、声のトーンを落とした。

「「…………」」

 束の間の沈黙。

 朝食にしては重たい、チーズインハンバーグやら山盛りポテトやらが並べられていく。俺が頼んだのはソフトクリームとドリンクバーだけであり、残りは全部、零杖のものだ。

 ごゆっくり~、とウェイトレスが去っていったところで、話を戻す。

「仕送りがないにしろ、貯金くらいあるだろ。六年間、バイトもしないで親の脛を齧ってたのか?」

「貯金は先月使い果たしました。就活すらしてません!」

「胸を張って言うな、こっちが恥ずかしいわ!」

「そんな、わたしの胸元を見てるだなんて……。お礼は身体でお返しするしか……」

「誤解を招くような言い方はやめろ!」

 なんだこいつ、いまいちキャラが摑めない。

「ということで、黒岡さん。不束者ではありますが、わたしを養ってください」

 突然、結婚に持ち込もうとしてくる零杖。ヒモにしてくださいとかいうプロポーズは斬新だな!

「なにがということで、だ。断るに決まってんだろ。んなことより、ここで凌いだのはいいとして、お前、そのあとどうするんだ? 金がないんじゃ意味ないだろ」

 ポテトを頬張りながら、零杖はこくこくと頷く。

 拾ってしまった以上、ここで見捨てるのもかわいそうだ。金だけ渡しとくか。

 財布から五万ほど抜き取って差し出すと、零杖は動きを止めた。

「わたしはお金で釣られるほど安い女ではないです。新たな衣食住を提供してもらわないと」

「図々しいにもほどがある⁉」

「厚かましくないですよ。それ相応のリターンもあります。具体的には、わたしの身体」

「どんだけ自信あるんだよ、それを現実に活かせよ……」

「わたしに娼婦になれと⁉ そんなふしだらな……」

「身売りしようとしてたやつのセリフじゃねぇ!」

 そろそろ疲れてきた……。というか、食事を口にしたからか、生き生きとしてんなこいつ。

「わたしの家に来ればわかります。あ、そーいうお誘いではないですよ? ごめんなさい」

「端から期待してないって……」

「それはそれで癪ですが……。まあいいです。ついてきてくれますよね?」

 帰宅してから特にすることもないので、俺は「ああ」と首を縦に振った。

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