1品目 あの日の約束、始めは「お揚げ」から ~前編~
東京駅から新幹線はビューンと快適に、京都駅にて私鉄に乗り換えガタゴト揺られること数時間……。
「着いた、……懐かしいな、この景色。」
祖父の店近くの最寄り駅にて下車し、駅前を眺める。小学生の頃までは、毎年夏と冬にやって来ていた京都。あれから何年も月日は流れたが、駅前は新しいバスターミナルが完成していたことを除いては小さい俺が見た景色と変わらない。嬉しい気持ちとは裏腹になんとも寂しい気持ちにもかられてしまった。
「これから新たな一歩を踏み出すんだ。湿気たままじゃ、示しがつかないからな。」
頬をパンっと軽く叩き、鼓舞する。幼い頃から来ているとはいえ、ほとんど知らない町。不安はあるものの祖父の店で新しい息吹を与えて、この町で輝かしい未来を築くんだ、という気持ちの元、俺は駅前から発車するバスを横目に店に向かって歩き出した。
「……確か、ここら辺のはず。……なんだけどな。」
スマホの地図アプリどにらめっこしながら歩くこと数十分。いくら行ったことがあると言っても、所詮は幼い頃の記憶。曖昧な勘で行くとこの町で迷子になってしまう。伏見、と言ってもここは桃山にあたる町。京都市内と比べれば規模は小さいものの、路地が多く点在している町であり、かつて豊臣秀吉が伏見桃山城を築き、京と当時の大坂を繋ぐ水上交通の中継地として発展。その城下町の名残を感じることもあり、迷路の様な道があちらこちらとある。
その為か、やはり自身の目で見て町を散策しつつになるが路地が多すぎる。地図が無ければ即行で迷子だ。初っぱなでこんな恥ずかしい醜態はさらせない。……いや、誰も見ていないから恥ずかしがることはない。しかし、後に「そういえば……」と常連さんが出来た場合、話題に挙がってしまう可能性が高い。だから文明の利器を使ってもたどり着くんだ。と、現状だと夢物語に近いそんな妄想をしながら再びスマホとにらめっこ。調べるともうすぐで店に着く、この十字路を右に曲がればゴールだ、……と曲がろうとした時だった。
「おっと!」
曲がり角で危うく右からやって来た方とぶつかりそうになる。
「あぁ、すいません。」
「いえいえ、こちらこそ。」
ぶつかりそうになった方はサラリーマンだった。地元の方だろうか、何となく彼に聞けば確実だろうと直感で感じた。
「あの、失礼なのですが……。」
「……はい?」
ぶつかりそうになった人にいきなり話しかけられるのはそりゃビックリするだろう。けど、このチャンス逃がす訳にはいかない。
「実は、『狐珀』というお店を探していまして……」
と言いかけた時だった。
「え!?君、もしかして『狐珀』を探しているのかい?」
そのビックリも越える予想よりも良い感触。彼は『狐珀』を知っているらしい。このまま店を確認しよう。
しかし、次の彼の言葉に俺は愕然とした。
「……君、悪いことは言わない。『狐珀』は止めておきなさい。」
「……へ?」
『止めておきなさい???』、どういうことだ?
「以前までは、あのおヤッさんが切り盛りしていてそりゃ美味い料理を出していたんだけどね……。店主が変わってからな……。新しい店主はそりゃ綺麗で美人な方なんだけど、前よりもとんでもないモノを出す店になっちまったんだよ。」
『……?……店主が変わった!?!?』、どういうことだ!?
「だから止めておきな。一応、店はそこの右側にあるけど、行かない方が良いよ。」
スタスタとその場を後にするサラリーマン。
店の場所はわかったが、何だかとんでもない発言に俺の頭はパンクしてしまった。
(……!?どういうことだ、店は祖父が亡くなってからは営業していないはず。それなのに店主が居て、そしてとんでもない料理を出す!?)
もう何が何だかわからない。理解不能、意味不明だ。
「……行ってみるしかないか。」
何はともあれ、真相は行ってみればわかる。タタタッと小走りで店に向かう。
『狐珀』という古びた看板が何とも懐かしい、幼い記憶が蘇る。……と懐かしさに浸っていたいところだったが、そんなのは後回し。店のガラス扉に手をかける。普通であれば鍵が掛かっているはずの扉、店の鍵は俺が持っている。しかし、ガラガラと扉が音をあげるのを確認し、彼が言っていたことは本当だと確信に変わった。急に沸々と頭に血が昇り始めた。ここは俺の祖父の店なんだぞ。勝手に店を乗っ取って、なおかつ店の印象を下げるようなことをしやがって……。美人だが誰だか知らないが俺の怒りはMaxだ。もう我慢できん!!「誰だ!?勝手に店を奪いやがって!!」と言おうと力強く店にドカッと入った。
……しかし、その怒りのゲージがシュンと収まってしまった。何ともタフな男なんだろうなと我ながら悔しい気持ちになった。何故なら、俺の目の前には人生で始めて見たぐらいの絶世の美女が立っていたのだから。
食堂『狐珀』のさしすせそ 筑波未来 @arushira0710
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