食堂『狐珀』のさしすせそ

筑波未来

序幕

 俺は祖父の料理が好きだ。今となれば好きだった、となってしまう。半年前に他界した祖父は京都で一人、小さな食堂を開いていた。それは、祖父と祖母の夢であったらしい。結婚したら二人で食堂を開こう、そして多くの人を笑顔にしよう……と。そして二人は結婚し、店を構える土地も見つけ、大きな一歩を踏み出そうとしていた。とても順風満帆なスタートだった……、祖母に病が見つかるまでは。新たな生命が宿ったのを気に病院で検査を行った際、子宮にガンが見つかったらしい。ステージは最悪のところまで進み、当時はそこまでの医療技術力がなかったこともあり、また産むとなると産まれてくる赤ちゃんに後遺症が残ってしまうリスクがあると宣告された。その為、祖母は産むか諦めるかの二択を迫られた。それでも祖母は前者を選んだ。

「例え、どんな風に産まれて来ようともこの子は私の大切な家族ですから。」

 そして祖母は俺の母を出産した、自分の生命を引き換えにして……。

祖父は悲しみと悔しさに溺れた。祖母を失った心から夢を捨てようとした。それでも産まれた子(後の俺の母であるが)の為、そして二人の大切な夢をこんな形で捨てたら祖母に申し訳がたたないと気を新たに、身を粉にして店を開き、夢を叶えた。

そんな話を母から聞かされ、また祖父の店に里帰りしたときは祖父の料理をたらふく食べた。その全てがとても美味しく、とても暖かい気持ちにさせてくれた。

そして、年が経つごとに

「もし、叶うならこの店を誰か継いで欲しいものだな……」

と口癖のように呟いていた祖父。

 俺はその祖父の夢を叶えようと思った。大学に行って一般企業に入社して普通の人生を送るのでも良かった。けど、祖父の夢や想いを聞くとそんなの終わらせたくないって思ったから。それだけの理由。そして俺は親の反対を押しきり、高校卒業後に都内の料理専門学校へ入学。みっちり料理の基本を学び、あとは卒業を迎える……という場面で祖父の他界の報が入った。店に来た常連さんが厨房で倒れていた祖父を発見、すぐに病院に搬送されたがすでに息を引き取っていたらしい。「料理人として最後まで自分の店の厨房で立ち続けていたのならこのような最後でも本望なのではないか」、母がそうポツリと葬儀の場で言った。それを気に母は俺が料理人になることに対して否定をしなくなった。むしろ、「あなたは本当に父さんに似たんだね」と目に涙を浮かべながら送り出してくれたぐらいだ。そして俺は学校を卒業後、祖父の夢を続ける意思をもって単身京都へ旅立った。


 この後起こる、奇想天外な出来事に巻き込まれることも知らずに……。

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