中編 少年少女、疾走。その手に切り札を

 試合、当日。晴天に照らされた総合競技場。開会式などを終えて、ついに試合直前。


「選手、入ー場ー! イェア!」


 実に陽気な実況アナウンス。この道十年、ルッヒト・ダングラール。森林顔負けのアフロ。日に焼けた身体。サングラス。場を盛り上げるならば彼しかいないだろう。


 そして、本日の主役の登場だ。


「まずは!『無敵のプレイヤー』レイズゥー!』」 

『ワァァァァ!』 

「そしてぇ!『神速のプレイヤー』リュウゼン・コウサカァー!」 

「………………」  


 割れんばかりの歓声と、静寂。


「ちょっとくらい盛り上げなさいよね、まったく」 


 未だプロの世界に入りたてのリュウゼンには、知名度が足りない。向けられる視線は冷ややかなものだった。


「関係ないだろ」 


 レイズがリュウゼンに向けてさっぱりと一言。彼女は目を丸くしてから、口角を吊り上げる。


「……いいわ、貴方。すっごく情熱的」 

「そうか?」 

「そうよ。だから……」 


 赤髪の少女が、サムズアップ。


「私が勝つわ」 

「はぁ。理由になってないな。そして」 


 呼応するようにして、青髪の少年が歩く速度を早めた。


「勝つのは俺だ」 


 ……二人はスタート位置へ。クラウチングスタートのフォームに。


「オンユアマーク」


 審判の合図。


「ゲットセット」


 ピストルが、鳴るーー!


「さぁー始まりました! おーっと早速だがもうクライマックスか!? 早い、早すぎるぜリュウゼン選手ゥ!」 


 リュウゼンが全力疾走。どう見ても長距離を考慮していない。


「ってアレ?アイツは何をしているんだー!?」 


 片や、レイズといえば一点をじっと見つめて止まっている。


「おい、何やってんだ!クソガキ!」 

「てめぇ、やる気あんのか!?」 


 当然、開始早々にブーイングの嵐。しかし、それはレイズにとって聞き慣れたもの。無視。


 ――やると思ったさ。ハナから全力……性格からして直情的だからな。


 しかし、ここからがこのゲームの醍醐味――!


「今だ!『発動オープン』!」 


 レイズの手元が発光して、一枚の電子カードを生成。


「『空間転移・限定トラベル・リミット』!」 


 そう叫ぶやいなや、カードが消え去り。


 


「……な、何が起こったんダァー!?二人の位置が入れ替わっちまったー!?」 


 ルッヒトが、驚愕で冷や汗。


「有り得ない……!」 


「す、凄ぇ……!を使いこなしてやがる……!」


『ウォォォォォ!!!』 


 先程まで毒づいていた観衆が、手のひら返し。


空間転移・限定トラベル・リミット」。相手との位置を入れ替える能力だが、その扱いは非常に難しいピーキー


 なぜかは単純明快。五百メートル丁度でしかその能力を発動できないから。


「おいみんな、あれだヨー!」 


 観客の一人が、指をさす。


 そう、レイズは競技場の地面。今何メートルを走っているかの印を見ていたのだ。しかしその観察眼だけではない。


 類まれなる動体視力が、距離の測定を可能にしていた。


「すげぇーゼ! 流石『無敵』! 圧倒的すぎるゥー!こんなん、もうレイズの圧勝じゃねぇかァ?」 


 二人の距離が、勝敗が明瞭になる程に開く。ここで「トドメを刺す」と言わんばかりにレイズも加速した。双方、全速力だ。


「おい、まだあいつ走ってるぞ……諦めちまえよ」 

「ぷぷっ、言うなって。現実が受け入れられないんだろ」 


 会場に、憐れむようにしたひそひそ話。もはや勝負はついたと、誰もが確信した。しかし――。


「やってくれたわね……! じゃあ、ここで切るしかないわ!」 


 走りながら左手を掲げるリュウゼン。その手に電子カードが生成される。


発動オープン! 『筋骨倍化パワークラッシュ!』」


「……え? 噓だろ?」 


 そのカード名を聞き、観客の全員が落胆と失笑。


「ははっ。それ、たかだかちょっと速度が上がるだけだろ?しょうもないことすんなよな!」 


 ははは!と。煽り、嗤う観客。その、顔に。


「うわっ!?」 


 豪風。実況者含めて目を伏せた。


「な、何が起こったんだァー……? って、えエェーッ! こいつぁビックリだゼ!」 


 眼球が飛び出そうなルッヒトに続き、風を直接受けた人々も目を開ける。


「なんだなんだ……?って、は?」 


 そこには、驚きの光景。


「なぁッ、並んでいるー!! レイズとリュウゼンが、並んで走っているゾー!?」 


 なんと、あれほど距離のあった二人が並走しているではないか。


筋骨倍化パワークラッシュ」。その実態は筋繊維と骨密度の限界を一時的に引き上げるというものだ。


「カードの効果は知ってるがァ、こんなバカヂカラ出せるってことは素の脚力って……おおう、考えたくもねぇ。ゾッとするゼ!」


 リュウゼンが日々の練習で引き締めた肉体は、このカードの効果を最大限引き出すためのものでもあった。通常でも蹴りを繰り出せば、鉄を砕くほどの威力。まさに努力の賜物。


 そして、残り約一キロに。ここで大きな逆転を許せば命とりになる。


 ふと、ここでリュウゼンがレイズの走る横顔を見た。


 ――なんで苦しそうな顔をして走るの? 貴方にとってこのゲームってそんなに面白くない? ……駄目よ、試合に集中しなくっちゃ。


 再び前に向き直るが……今度はレイズがリュウゼンの相好をチラリと見やった。


 ――なぜそんなに笑顔で楽しそうに走れる……? 無敗である俺との対戦。加えて会場のブーイング。そんな状況、俺ならとっくに無愛想な態度をとっている。……ああくそっ、なんかこいつには調子が狂うな。


 レイズも再び前を向く。そんな彼をVIP席から見届ける茶髪の女性がいた。セラミアだ。


「二人とも、とってもいい顔をするじゃない。……彼等なら、きっと――」  


 黒いソファーに脚を組んで座り、ワイングラスをゆらす。二人の走る姿を見つめる表情かおは、どこか儚げ。


「やっぱりこの試合はだったわね」 


 そう言うと席を立って、どこかへ去ってしまった。贔屓にしているブランドのワインは、まだ残っている。


 いよいよ試合は終盤。距離は残り二百、百メートルと近づいてゆく。


 二人のカードはまだ一枚ずつ、残っている。だが。


 示し合わせたかのように。ここで無敗のプレイヤーと神速のプレイヤーが同時に、仕掛ける。


「『停止信号』アウトシグナル!」 

「『遅行指数ダウンスピード』!」 


 互いの思惑が、交差。残りのカードはどちらも、単純な妨害だった。


「ヤバすぎるぜこの二人ィー! 全く同時に動く試合なんて見たことネェーヨ!」 


 レイズの動きが鈍り、リュウゼンが完全に硬直。

 効果の薄いレイズが先に動く。


「これは熱い攻防だァーーーッッッ!さぁさぁ、残り百メートルを切ったぞ!? どうなる、どうなるヨー!?」

『ウオォォォォォ!』  


 絶叫、狂喜乱舞。会場のボルテージは最高潮へ。蜃気楼しんきろうすら浮かぶ。


「俺が、勝つ……!」 

「負けるかぁーーー!!!」 


 そして、今ーー。


 二人ほぼ同時に、ゴール。電光掲示板(タイマー)が停止。動画での判定にもつれ込むこととなった。

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