疾走する少年少女の切り札よ、どうか世界を変えて

楪 紬木

前編 その試合(マッチ)は突然に

 世界中で大人気のカードゲームである「勇者の決闘(ブレイブカード)」。


 それに長距離走を加えた、知力や勝負運のみならず体力さえ求められる競技。それが「ブレイブカード・ランナーズ」だ。走者には二枚のカードが事前に指定され、それを活用して「二キロメートルを走り切れば」勝利となる。


 未来都市ゴール。高層建築物は櫛比し、浮遊する車はうねった通管道(パイプ)を通る。そんな都の心臓部分、総合競技場。今日ここに集まったみなの鼓動が早鐘を、打つ。


「今ァ、まさに、デッドヒートォッ!!!」 

『ウオォォォッッッ!!!』 


 観客席を煽る実況者。全員の目線の先には最後の百メートル直線に二人の少年少女が走り、競り合う姿。


「俺が……絶対に勝たなければならない!」 


 煮え滾る情熱に、爽やかさを滲ませる声音の少年、レイズ。青髪の彼はブレイブカード・ランナーズの試合で全勝。ついに「無敵のプレイヤー」と呼ばれる。だがその記録は、今まさに――。


「いいえっ! 勝つのは私よ!」 


 赤髪の女性が打ち破らんとしていた。荒々しいその走行姿勢(フォーム)でもってポニーテールを揺らす彼女はリュウゼン・コウサカ。二キロメートルのタイムは世界一。「神速のプレイヤー」と箔がつくことに。


 互いに残ったカードは、一枚。


 勝利の女神は、果たしてどちらに微笑んだのか――?




~~~




 その試合マッチは、突然に組まれた。


 未来都市ゴール、第二十八区。ブレイブカード・ランナーズ本部ビルの事務長室にて。


「明日は、取材があるのですが」


 机の前にピシと立つスーツ姿の少年は、レイズ。整った青髪が特徴的。切れ長の目にはどれだけ修羅場をくぐったかが垣間見える。当然、鍛え上げられた肉体でありながら頭脳明晰だ。彼はブレイブカード・ランナーズのプレイヤーとして活躍。新人戦から前人未到の無敗。「無敵のプレイヤー」。


「アーメンごめん後、それ延期! こっちのが優先ね」  


 茶髪ロングの女性が指さし。彼女はレイズの専属マネージャーであるセラミア。豊満な双丘を携え、なまめかしい肢体をタイツで覆っているというなんとも蠱惑的な女性。知的な顔立ちにかけた赤ぶち眼鏡のブリッチをくい、と。


「じゃ、ここにサインしてちょ。明日の正午に始まるから、よろしくねん」


 そこには、特別試合「無敵VS神速」の文字。その下にはズラリと規約文が連ねられて。


「……はい」


 読むのも相当な時間がかかるだろう。観念して、名を書く。


 ブレイブカードランナーズは興行エンターテイメントの一種。本部が利を求めれば、予定などすぐにでもひっくり返るものだ。


 だが、これは願ってもない好機チャンス。レイズは拳を握りしめて。


 ――この一勝で、を取り戻してみせる。


「絶対に勝ちます」 


 目の前のマネージャー、もとい世界を見据えて宣言。


「ふふ。カッコイイー。キミにはしているからね」 


 それに、妖しく微苦笑して応えるセラミアだった。




~~~




 時を同じくして、もうひとつの都である秋陽都市ミヤビ。「和」がベースとなっている都市の景観は、首都とは違ったおもむきである。


 その都市の山奥に建立こんりゅうされているブレイブカード・ランナーズ支部。ロビーでは。


「何度でも言うわ!これが本部のやり方なのね!ガッカリだわ!」


「も、申し訳ございません。しかしこちらではこれ以上対応できませんので……」 


 オペレーターに前のめりで詰め寄る赤髪の女性。


 リュウゼン・コウサカ。紅蓮の長髪をポニーテールにまとめている。白シャツとホットパンツというラフな格好からは抜群のスタイルの良さが露わに。脚線美は輝いて見えるほどだ。彼女はブレイブカード・ランナーズの新人戦で世界一の記録を樹立して選手デビュー。次々と記録を塗り替えている。今最も勢いのある新人選手。「神速のプレイヤー」。


「まったく。選手をなんだと思ってるのよ?」 


 新人という枠組みである彼女にはまだマネージャーもついていない。よって予定はおろか、受けられる試合すら勝手に選ばれる始末。だが。


「でも、今回ばかりは褒めも良しね。ふふ」


 今回は願ってもない「無敵のプレイヤー」との対戦。試合ができるのはごく限られた人間のみ。心おどらないはずもなく。


 リュウゼンは片足を振り下ろし、バン!と凄まじい靴音をとどろかせて――。


「待ってなさい、無敵!天狗の鼻をへし折ってやるわ!」


 高らかに自身を鼓舞。


 ――怖い、この娘……!!!


 オペレーターは、ふるふると怯えているのだった。

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