学園で起こった謎の魔物発生事件から数日。

アルノアは戦いの余韻を引きずりながら、これからのことについて考えていた。


あれ以来、大鎌からは声が聞こえなくなった。

戦闘の経験は適応の個性によって体に残っているものの、氷の魔法も纏う程度に留まり、以前のように力強く発現させることはできない。


学園の生徒たちから事件のことを尋ねられるたび、アルノアは「よく分からない」とだけ答えていた。

大鎌の声のことを話したところで、信じてもらえるはずもなく、ただ奇異の目で見られるだろうとわかっていたからだ。


そんな日常の一日。学園は休みで、アルノアはロイと共に小規模なダンジョンへの討伐依頼を受けることにした。


「今回はいつものダンジョンに行こうか」

「そうだな。一日で踏破できるし、効率もいい」


ダンジョンは各地に点在し、小規模なものはすでにマッピングされ、冒険者たちの狩り場となっている。一方、大型ダンジョンは踏破が難しく、得られる報酬も大きい分、挑むにはリスクが伴う。そのため、塔型ダンジョンの周辺には都市が形成されることが多い。


「今回は二人で行こう」

「他の奴らを連れて行ったらやることなくなりそうだしな」


ギルドで依頼を受けた二人は、軽い調子でダンジョンへと向かった。

しかし、その行動を密かに見ていた者たちがいることを、彼らは知らなかった――。


「アルノアがダンジョンに行くらしいぞ」

「ちょうどいい。この前手に入れたアーティファクトを試す機会だな」

「俺たちC級でも苦戦した場所だ。B級のアルノア様なら、ひとりでもなんとかなるだろう」

「ははっ、でもアーティファクトの仕掛けがわからなければ、戻ってこれないんだぞ?あいつ、詰むかもしれないな」

「それも自分の力を偽っている奴が悪いだけさ」


アルノアのB級ランクに不満を抱く者たちが、陰で不穏な計画を進めていた――。


ダンジョンの中では、アルノアとロイが順調に進んでいた。

「やっぱり、このダンジョンもそろそろ飽きてきたな」

「確かにな。火属性に弱い魔物ばかりだから、俺がいると簡単すぎる」


そんな会話の中、遠くから叫び声が聞こえた。


「助けてくれぇ!仲間がB級魔物に襲われてるんだ!」


声を上げた冒険者に位置を聞くと、ロイは即座に駆け出した。

「ここに出るB級なら、俺ひとりで倒せる。アルノアはその人を応急処置してから来てくれ」

「了解だ」


アルノアは怪我を負った冒険者を簡単に手当てし、案内されながら現場に向かう。


しかし、先に進んだその瞬間――

罠が発動し、アルノアの体は突然消え去った。


アルノアが目を覚ますと、そこは見知らぬダンジョンだった。

「ここは……どこだ?」


辺りを見回し、冒険者としての勘と漂う重圧から、この場所がただのダンジョンでないことを直感する。


「主の間……に似ているな」


冷たい汗をかきながら、アルノアは慎重に奥へと進み始めた――。


 アルノアは周囲を警戒しながら歩き続けた。空気はどこか重く、肌にまとわりつくような違和感があった。転移先のダンジョンはこれまでのものとは明らかに異質だった。通路の壁には、ひび割れた石が複雑な模様を描き、薄暗い光がほのかに浮かび上がる。


ふと足を止めたアルノアの目に、壁面に刻まれた大きな絵が飛び込んできた。


「これは……?」


描かれていたのは、一人の戦士が巨大な影のような存在と戦っている場面だった。戦士の手には大きな武器、どこかで見覚えのある形状の大鎌が握られている。その後ろには数人の仲間たちが描かれ、全員が必死に何かに立ち向かう様子がわかる。


さらにその隣には、巨大な破壊神のような存在が刻まれていた。その禍々しい姿は、まるでこの空間そのものを支配しているかのような威圧感を放っている。


アルノアはその絵に近づき、慎重に指でなぞるように触れた。


「この絵……どこかで見たことがある気がする。いや、まさか……」


幼い頃、村で聞かされたおとぎ話を思い出す。かつて破壊神が現れたとき、勇者とその仲間たちが立ち向かい、命を賭して世界を救ったという伝説。しかしその話はあくまで伝説であり、誰も真実として受け取っていなかった。


「勇者の話と……似ている。でも、ただの偶然にしては……」


アルノアはさらに壁画を観察した。破壊神と戦う場面の下には、いくつかの古代文字が刻まれているようだ。しかし、読み解くことはできなかった。ただ、その文字が彼の心に奇妙な既視感を与える。


「……エーミラティス。この壁画に描かれているのは、お前と関係があるのか?」


当然返事はない。大鎌は静まり返ったままだったが、アルノアはその場を離れようとはしなかった。むしろ、その絵の意味を知りたいという衝動に駆られていた。


ふと絵の隅に、かすかに輝く部分があることに気づいた。近寄ってみると、そこには大鎌に似た形状のアーティファクトらしきものが描かれ、光のような筋が大鎌から伸びて破壊神へと届いていた。


「……破壊神を倒す鍵、ってことなのか?」


そのとき、背後で微かな音がした。周囲を見渡しても何もいない。しかし、空間そのものが彼の行動を監視しているかのような感覚が全身を包む。


「……まずはここから出る方法を探さないと」


アルノアは慎重に足を踏み出し、さらに奥へと進む。頭の中では、壁画に描かれていた光景が何度も繰り返し浮かんでいた。


 ――――。


一方、ロイは教えられた場所に到着していたが、そこに魔物の姿はなかった。


「B級の魔物が逃げた?そんなことあるのか」

「いや、まあ助かったからいいじゃねぇか」


不審に思いながら戻ろうとしたその時、慌てた声が響いた。

「大変だ!アルノアさんが罠でどっかに飛ばされた!」


ロイは焦りながら罠のあった場所へ急行する。

だが、罠はすでに作動せず、何の反応もない。


「これじゃ、どこに飛ばされたかわからない……ギルドに報告するしかないな」


ロイは険しい表情でギルドに向かう。

(嫌な予感がする……頼む、無事でいてくれアルノア)


ロイたちはギルドに戻り、アルノアが転移した原因を探っていた。転移罠がどのような仕組みで発動したのか、そして彼がどこへ行ってしまったのか――その答えを見つけるべく、周囲の冒険者たちや受付員に情報を求めていた。


「このダンジョンにそんな転移罠があるなんて話、聞いたことがない。何か特別なアイテムが使われたんじゃないか?」


ギルドの受付員が首をひねりながら答えると、ロイは苛立ちを隠しきれない表情で続けた。


「確かにアルが転移した場所は何度も踏破されたダンジョンだ。それなのに突然、未発見の罠が発動するなんて、誰かが仕掛けたとしか思えないだろ?」


周囲で話を聞いていた別の冒険者が、ふと口を開く。


「そういえば、最近ギルドに登録されてないアーティファクトが出回ってるって話を聞いたぞ。転移系の効果を持つものらしいが、詳細は不明だ」


「アーティファクト……。そうか、あいつらの仕業かもしれないな」


ロイは拳を握りしめた。心当たりがある。アルノアのB級ランクに不満を抱いている連中だ。あいつらがアルノアを陥れるために仕掛けた可能性が高い。


「そいつらの顔は分かるか?何か手がかりでもいい。俺たちで追い詰めてやる」


ロイの隣で話を聞いていた冒険者の一人が小声で答える。


「直接は見てないが……あの連中が何か持ち出したのは確かだ。」


ロイはその情報をもとに、捜索を急ぐことを決めた。

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