熱中症対策には塩分と水分をこまめに補給し、体調不良の際は頭部を冷やしてできるだけ涼しい所で安静にしましょう。

「小松屋のおばちゃんは不死鳥だぜ。自ら炎の中に身を投じ、灰の中から復活する。この村一番のご長寿……それが小松屋のおばちゃん——麗子れいこさんだ」


 へえー、そうなんだ。

 あ、このオイキムチ美味しい。

 隠し味のニンニクがアクセントになってるんだね。


「麗子さんは先週チャーハンを作っていた際に持病の腱鞘炎が再発し、致し方なくガスコンロの火に頭から飛び込んだんだ。中華鍋って重いからな。苦渋の決断だったと思うぜ。そして燃え尽きた白米の中から生まれ変わったばかりなんだ。今ではすっかり手首も良くなり元気に中華鍋を振っているよ。苦渋の決断は英断だったというわけさ。チャーハンの味の決め手はなんと言っても火力だからな。ここだけの話、麗子さんの家のガスコンロは違法に改造を施されていて業務用のコンロの火力をゆうに超える。これ内緒だぜ。俺が怒られちまうからな。尚且つあの全身に纏っていた銀色の全身タイツも、駅前の大型ディスカウント店舗で購入したペラッペラの安物だ。着火剤代わりには十分な代物。髪をカッチカチにスプレーで固めてたのも功を奏したのだろう。それは見事な燃えっぷりだったらしいぜ」


 うざ。


 よくもこうペラペラと嘘を捲し立てられるものだ。

 口から生まれたとは正にこいつみたいな奴のことを指すのだろう。

 口からこんなのが生まれてきたら親御さんに同情するしかない。


「なんだよ。やけに褒めるじゃねえか」

「褒めてねえんだわ」


 しかも今、この自称河童は全身河童スーツを脱ぎ捨てており、俺のシャツとハーフパンツを身に纏っている。

 人がいないのをいいことに勝手にタンスを漁るのは空き巣かゲームの主人公くらいのものだろう。


 シャツにはご丁寧に河童と書かれている。

 しかも草書体だ。

 フォントにまでこだわるところは流石と言わざろうえない……って——。


「感心してる場合か! 俺っ!」

「おいおいおい。急に台パンするなよ。お前はどこぞの配信者か。ほら見ろよ、シスターがびっくりしてるだろ」

「ああ、すいません、つい。こうでもしないと色々と現実が受け入れられなくて——」


 …………だれ?


「だれなのっ!?」


 日傘は分かるけど、なんでこの炎天下に真っ黒な外套ほっかぶって庭に佇んでるの?

 あ、暑苦しいなぁ……。

 見ているだけでも汗が出てきそうだ。


 それに……足元のスモークは演出なのだろうか。

 どうなってんだあれは。

 ドライアイスか?


「シスターだって。どこから見てもシスターだよ。ブラザーには見えないだろ」

「そういうこと言ってんじゃねえ!」


 でもっ!

 だけどっ!

 ……すっげえ美人だ。

 金髪赤眼なんて初めて見たかも。

 肌も透き通るように白くてまるで豆大福みたいだ。

 

「ははっ。お前って本当に気持ち悪いよな」


 くっ、何も言い返せない自分が憎い。


「あ、あの。そんな所に立ってないでこちらにどうぞ。何も無いですけど、水とオイキムチと座布団くらいはありますので」

「……お、お邪魔します」


 シスターと呼ばれた女性は掠れた声でそう言うと、おぼつかない足取りで縁側へと上がってきた。

 大丈夫なのだろうか。

 呂律が回らず顔が白いのは熱中症の初期症状なのかもしれない。

 気にせずに上がってくれば良かったのに。


「ちゃんと家主が招き入れるまで待っていたなんてシスターは相変わらず律儀だな」

「誰かさんにも見習って欲しいものだ」

「おいおい。俺は颯太の爺ちゃんと遺伝子レベルで繋がった、言うなれば魂の盟友だぜ? むしろお前が俺にもっとへりくだってもいいくらいだ」


 まじでうざすぎるからシカトしよう。

 胡瓜食わせとけば基本大人しいから袋ごと渡しておけばしばらく静かにしていることだろう。


「あの、わたし、ラミア・ツェッペシと申します。お招き下さってありがとうございます」


 す、すげえ。

 なんていうか普通の人だ。

 いや、普通では無いんだけど、普通に会話出来ることに今俺は感動している。


「先日、大腿骨を遺失品としてお巡りさんに届けていたんですが、手違いでこちらに届いたと耳にしまして……」


 あ、普通じゃねえや。


 なんだよ大腿骨の遺失品って。

 考えれば考えるほど恐怖だわ。

 受理する方も大概だろ。

 素人の俺でも事件性しか感じないわ。


「お巡りさんったら大腿骨ってワード聞いた瞬間から尻尾振りまくってヨダレで遺失届びちゃびちゃにしちゃって。少し心配してたんです」


 あのア○ボ、そこまで高性能なのか。

 会話も出来ていたし、恐らく遠隔操作していることは間違いないだろう。

 しかし科学の進歩にも驚かせるばかりである。

 初めてアイ○を見た時は所詮オモチャの類かと思ったが……いやはや、まさかヨダレを垂らすほどの性能を保持するとは夢にも思わなかったぞ。


「何はともあれ良かったです。大腿骨お預かりしてますよ。えーっと、どこ置いたっけな」


 危ない、危ない。

 明日生ゴミの日だからギリギリセーフだわ。

 あと一日遅かったら今頃ごみ収集車の中だっただろう。


「あれ、おかしいな。掛け軸の下に置いといたんだけど……。河童、ラミアさんの大腿骨ってどこにいったか知ってるか?」

「zzzz。zzzz」


 なんて古臭い寝息を立てるんだろう。

 きゅうり食ったら直ぐに寝るなんてお前は牛か。

 お前が牛に川に引きずり込まれてしま——。


「おまえ、その枕はなんだ」

「なんだよ、うるさいな。これ丁度いいんだよ。窪みの部分が首の後ろにフィットして寝心地抜群なんだよ」

「人の大腿骨を枕にするんじゃありません」

「今枕に使ってる鉄アレイを代わりにあげるから勘弁してくれよ」

「鉄アレイ枕にするのも大概だし、大腿骨の代わりに鉄アレイ使う奴もこの世に存在しねえんだよ」

「あ、あの、最悪鉄アレイでも……」


 いや、ダメだろ。

 この人何言ってんの?


「あの、起きたら必ず取り戻しますんで。良かったらゆっくりしていって下さい。なんか顔色も悪いみたいだし熱中症かもしれません。オイキムチで塩分補給して少し休んだ方がいいと思いますよ」

「ありがとうございます。……えっと、春原さんのお孫さんさんなんですよね?」

「颯太っていいます。ラミアさんも爺ちゃんを?」

「はい、生前は大変お世話になりました」


 爺ちゃんってこんな美女と知り合いだったんだ。

 河童も普通の格好して一切口を開かなければかなりの美少女だ。

 それなのになぜ俺は灰色の青春を送っていたのだろう。

 俺も爺ちゃんの歳になれば薔薇色の人生が待ち構えているのであろうか。

 そう考えると老後が少し楽しみってものである。


「わたし少し体質が変わっていまして。春原さんにはよく相談に乗って頂いてました……うっ!」

「ラミアさん!?」


 一体どうしたっていうんだ。

 オイキムチを口にした途端、もがき苦しみ始めたぞ。

 

「ま、まさかこのオイキムチを!? 麗子さん特製オイキムチにはご存知の通りすりおろしニンニクが使用されているんだ! シスターはニンニクを食べると——」


 ……おい。

 もうやめてくれ。

 金髪赤眼、透き通る白い肌。

 日光を避けるように被った外套。

 家主に招かれるまで部屋に入らない。

 そして極め付けのニンニク嫌い。

 河童に不死鳥ときて、今度は吸血鬼とか言い出すんじゃないだろうな。


「口臭を気にして一切話さなくなるんだ」

「普通かよ」

「普通ではないだろ。乙女なら気にして当然だ」

「お前はペラッペラ喋ってんじゃねえか」

「おいおいおい。勘弁してくれ。俺は河童だぜ?」


 だからなんだ。

 そしてそれ以前にお前は人だ。

 夏休みにやることが無くてダラダラしてる只のぐうたらな人間に過ぎないんだよ。


「こうなったらテコでも喋らないぞ。うーん、仕方がない。可哀想だから大腿骨だけでも返してあげよう」

「……」

「あ、あの、気にしなくてもいいんですよ」

「……」


 頑なだ。

 本当に喋る気配が無い。

 それになんだろう……若干煙たいんだけど。


「ラミアさん。あの、足元から煙が……」

「あれ、シスター。日差しが当たってる所が蒸発してきちゃってるじゃないか」

「……!」

「ははは、おっちょこちょいだな。シスターは吸血鬼なんだから日差しには細心の注意を払わなきゃダメだぞ」

「……吸血鬼?」

「そうなんだよ、笑っちゃうよな。今時吸血鬼だなんて。でも安心しろよ。頭に太陽光が直撃しなければ何度でも復活するから。颯太、押入れ貸してやってよ。本当は棺があればいいんだけどさ」


 ……どこまでが本当なのかいまいち分からん。

 だけど一応ラミアさんがきた時は銀製のカトラリーを出すのは今後控えることにしよう。


「あ、あと補足だけど銀の杭を心臓に刺すのも禁止だぜ。あっという間にあの世行きだ」


 一つだけ言わせて。

 そんなことしたら誰でも死ぬわ。

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