盂蘭盆会 その1

「……」

「すいません。ニンニクが苦手だったなんて」

「……」

「あの、まだ西陽が強いんで、気をつけて帰って下さいね」

「……」


 ラミアさんは大腿骨を外套の中にしまうと、頭を深く下げ、いそいそと玄関から出ていった。

 相変わらず白煙は上がっているが特に慌てた様子もない。

 恐らく、あのくらい日常茶飯事のことなのだろう。


 それにしても……今度は吸血鬼か。

 河童とは違い、ものすごいクオリティの仮装だ。

 あそこまでいくと逆に感心してしまう。

 芸術の域に達しているだろう。


「さて、大腿骨も無事に返却できたことだし、荷解きでも始めようかな」


 実のところ、昨日からのバタバタ続きで家の中は未だに段ボールだらけだった。

 だいぶ時間を食ってしまったが、ここでやらなければいつまで経っても終わらない。

 ここは気合を入れてやるとしますか。


 それに幸いなことに人手はある。

 そう河童だ。

 もはやただのぐうたら以外の何者でも無いのだが、昨日からタダで胡瓜を食わせてやってるんだから、少しくらい手伝わせてもばちはあたらないだろう。


「この罰当たりがっ!」

「え、えぇ……。なんだよ、急に怒鳴るなよ。お前には天罰が下っても何も驚かないが、俺が罰当たりってことは無いだろ」

「お前はそんなんだからいつまで経っても童——」

「やめろ! それ傷つくんだよ!」

「はあ……この時期に田舎に帰省したというのに、お前ときたら、やれ荷解きだ、やれ初見の雌に鼻の下を伸ばしたり。情けないったらありゃしない。この痴れ者め! 恥を知れ、恥を」

「涅槃みたいな格好でオイキムチ食ってる奴にだけは言われたく無いんだよ」

「そんなんじゃあご先祖様に顔向け出来ねえぞ。まさか盂蘭盆会うらぼんえを知らねえなんて言わせねえぜ?」


 え?

 なに?

 う……うらぼんえ?


「てやんでい! かあぁっ、なっさけねえ。お前それでも日本男子かよ。盆も知らねぇなんざご先祖様も呆れちまうぜ」


 ……ぼん? 

 ああ、お盆のことか。

 言われてみればそんな時期だな。


 懐かしいな。

 今じゃそんな風習もやらない家庭も多いだろうが、俺も小さい頃は面白がって胡瓜と茄子で牛馬を作ったものだ。


「盂蘭盆会……それ即ち、この村での一大イベントであり、ご先祖様を迎える大切な儀式だ。巷じゃあハロウィンだか、仮装パーティーだか知らねえが、日本に居を構える者ならば盆こそ盛大に開催するのが筋ってもんだろ」

「誰よりもお前が一番仮装パーティーで浮かれてる人みたいだけどな」


 河童の仮装してる奴が何を言っても説得力ねぇんだよ。


「それな。たまたま都内に出かけた時に仮装パーティーに巻き込まれちゃって大変だったんだよ。交差点渡りたいだけなのに、西洋の化け物やゲームのキャラクターが大挙してるもんだから中々進めなくてよ。そしたらチャラチャラした兄ちゃんが写真いいっすか? とか言ってきてよ。そんなこと言われたら断るのも悪いしよ。何枚写真撮ったか分かんねえよ」

「楽しんでんじゃねえよ」

「河童が珍しいから資料として残したかったんだろうな。勉強熱心で何よりだ。今の若者もまだまだ捨てたもんじゃ……って、ちがーう!」


 テンションがウザったいな。

 どんな状況においても、相手にそう思わせるのは、こいつの突出した才能なのだろう。

 決して羨ましいとは思わないが。


「とにかく、荷解きなんざぁ今は二の次。今すぐに迎え火の準備に取り掛かるぞ! 今すぐ胡瓜買ってこい!」

「お前が食いたいだけじゃねえか!」

「じゃあお前はオイキムチで馬作るって言うのかよ! お前の爺ちゃんのお尻が荒唐辛子まみれになってもいいっていうのかよ! そんなのあんまりだよ……」


 く……減らず口でこいつには敵わない。

 

「必要なのは胡瓜だけじゃ無いだろ。茄子だって要るし、あと藁だって必要じゃないか」

「藁じゃない。『おがら』だよ」

「オカラ燃やしてどうすんだよ」

「お前……まじで言ってんのか? オカラじゃねえよ、『』。麻の皮剥いて、それを燃やすんだよ。麻ってなぁ、昔から神聖な植物として扱われてるからよ。それを燃やすことで辺りを祓い清めて、穢れない空間を作り出すんだ。そうすればご先祖様も安心って寸法よ。焼き胡瓜と焼き茄子作るわけじゃねぇんだから、何燃やしてもいいわけじゃねぇんだよ」


 へえー、こいつ意外と博識だな。

 何をするにも意味はあるって訳か。

 ただ見様見真似でやるだけじゃダメってことね。


「そこら辺は俺が用意しといてやる。ありがたく思え。だからお前は胡瓜と茄子を買ってこい。いいか?は間違っても一本漬けや浅漬けを買ってくるなよ」


 んー。

 何か押し切られた感もある。

 が、俺にとっては爺ちゃんの初盆になる訳だし、やらないって選択は無いだろう。


 悔しくはあるご、こいつに言われなければ忘れてたというのも事実。

 この家で世話になる以上必要なことだろう。


「分かったよ。じゃあ俺は小松屋行って来るから他の準備は頼んでいいんだな?」

「任せときな。最高の会場をセッティングしておくぜ」


 セ、セッティング?


 何やら嫌な予感のする響きが……。

 河童の自信ありげな雰囲気に一抹の不安は拭えないところではあるが、しかし、あそこまで日本の文化を尊重していらのならば杞憂であると信じたい。


 こうして俺はママチャリに跨ると、再び小松屋へと向かうことにした。


「颯太!」

「なんだよ」

「あとさ、マシュマロもお願いね!」


『おがら』を燃やして穢れを祓ったとて、どうやらあいつの薄汚い心は清められそうも無いなと思いました。


「小さいやつじゃないよ! 海外とかで売ってるでっかいやつね!」

「お前が一番海外文化に毒されてんじゃねぇか!」

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