おっす! 

 おいらの名前は春原颯太ってんだぜ!

 花の高校生活を送る思春期真っ只中の健全な男の子なんだぜ!


 今日から一人暮らしを始める為に、遠路はるばるここまでやって来たのだけれど……蓋を開けたらさあ大変!

 自分を河童だと言い張る美少女が目の前に現れて!?

 こんな無茶苦茶な出会いだったけど、俺達は次第に惹かれて合って——。

 種族の壁を超えた純愛ラブスストーリー、ここに開幕!



「って、なると思ったのに! なんで携帯壊しちゃうの!」

「お前が警察呼ぶっていうから。致し方ねぇよ」

「あーあーあー、我慢バッキバキだよ。どうすんのこれ」

「だって俺、警察殴りたくないよ……」

「いや、殴んなよ」


 しかしビジュアルって本当に大事だと痛感した。

 気色の悪い河童に同じことをされたら見世物小屋に売り払って携帯代を回収するところだが……。

 情けないことに、こいつのことを許してしまいそうな自分がいるんだよな。

 女に甘くなってしまうのは男の性……ふっ、俺も罪な野郎だぜ。


「それはお前が童——」

「おい」

「なんだよ、童——」

「それ以上口を開くんじゃあないぞ。これはお願いじゃない。命令だ」

「なんでだよ」

「単純に傷つく」

「……そうか。繊細な問題に首突っ込んじまったな。悪かったよ、童貞」

「てめえ」


 性格がクソ過ぎる。

 少しでも気を許しそうになった俺が馬鹿だった。


「とりあえず案内するぜ」

「おい、待てよ。頭はそのままでいいのかよ」


「……俺は皿が割れた頭になぞ興味は無い」河童は夕陽を眺めながら、瞳に涙を浮かべた。


 でも確かにこの皿……良く見るとプラスチックなんだよなぁ。

 細かい傷が多すぎて少し黄ばんでるし、使用感がすごいんだよ。


「あ、あのさ。良かったら皿使うか?」


 少しだけ、河童がいたたまれなくなった俺は、河童に皿を提供することにした。

 流石に女の涙は見過ごせない。

 変なやつだけど。


「……い、いいのか?」

「ああ、仕方ないからな。ちょっと待ってろよ」

「悪いな。膝の皿くれるやつなんてお前が初めてだぜ」

「誰が膝の皿といった」


 とんでもねえ野郎だな。

 野郎じゃ無いか。

 とんでもねえ河童女だ。

 何食ったら頭の上に青少年の膝の皿乗せて生きていこうなんてサイコパスな発想出来んだよ。


 やっぱり胡瓜か。

 胡瓜なのか。

 お前のせいで胡瓜への風評被害は甚大だぞ。

 

 しかし、本物の河童じゃないとなると、いよいよこいつは本物の不法侵入者だよな。

 本物でも困るけどさ。

 偽物でも逆に困るわ。


 全く……母さんが植林なんてするから根無草がこうやって住み着いちゃうんだよ。


 爺ちゃんのこと知っているのがまだ救いだ。

 腹をすかして俺を頭から貪り食うなんてことはないだろう。 


 それに尻子玉を抜き取るくらいには親交があったらしいし、悪い奴ではないのかもしれない。

 とも思ったが、尻子玉自体そもそも意味分からんし、抜いていいもんなのか分からん。


 とにかく!

 皿を渡したら今日は一旦森に帰ってもらうのが良さそうだ。

 俺も少し脳味噌を休ませた方がいいだろう。


 俺はダンボールを漁った。

 幸い荷物は多く無かったので、お皿はすぐに見つかった。


 「よし、これでいいだろう」


 あいつの頭に乗せる皿なんて、醤油皿で十分だ。

 プラスチック製の皿使ってたんだから、別にこだわりがあるわけでもあるまい。

 陶器製になったことへの感謝をしてもらいたいくらいだ。


「おーい、これでいい——」


 しかし、安心したのも束の間、事態は急変することとなる。

 俺はまだこの庭の恐ろしさを分かっていなかったのだ。


 さっさと河童を森に帰すべく、足早に縁側へと戻ると、そこには目を疑う光景が広がっていた。


「な、なんだそいつは」

「おお、待ってたぜ相棒。この人はここの住民であり、俺の友達の田中さんだ」


 そこには巨大な鳥——ハシビロコウが静かに羽を休めていたのだった。


 って、ちょっと待て。

 本当にハシビロコウ来ちゃったよ。

 近くで見るとすげえ怖いんだけど。


 な、なんだ!?

 くちばしの音うるさくない!?


「クラッタリングはハシビロコウの挨拶だぜ。多少うるさいのはご愛嬌だ」

「……ちょっと待て。そいつ本物か?」

「まるで俺が偽物みたいな言い方だな」

「お前は偽物なんだよ」

「むむっ」

「むむっじゃねえよ」

「やややっ」


 とことんおちょくりやがってからに。

 キリがねえからほっとこう。


 まさかこのハシビロコウまで話し出すんじゃないだろうな。


 う、うーん。

 一応挨拶はしておくか。

 初対面だし、印象は大事だよな。


「えっと……田中サンでしたっけ?」

「-・・・ ・- ---・ ・・- ・-・-- ・・ ---・-」

「ああ、なるほど、なるほど。そうですか、そうですか」


 ……今、なんて?


「田中さんはモールス信号の使い手なんだ」

「……めんどくせぇ」

「あ、じゃあ普通に話しますね」

「話せるんかい」

「田中さん。こいつはさっき説明した通りの……ね?」

「確かに、ふふ。河童さんの仰る通りですね」

「お前何言った。正直に言ってみろ」

「ツッコミがいまいちの童貞って話をしてたんだよ」


 ……それはごめんて。

 でも俺、精一杯やってると思うよ。

 お前らって、自分達が思っている以上に異常だからな、このやろう。


 確かにね、確かに田中さんの中から「はあ、はあ」って吐息が漏れてるのは気付いてたよ?

 今年は連日の猛暑日が続いているし、その中暑いんだろうなって思ったけど、だけど確かにツッコミはサボったよ。


 でもね、それは仕方ないよ。

 だってめんどくさいじゃん。

 別に人の趣味嗜好をとやかく言うつもりもないし、ハシビロコウ好きなんでしょ? 

 じゃあもうそれでいいよ。

 勝手に人ん家住み着いてるくらいだから、どうせ何言っても無駄でしょ?


 ちゃんと水分取って熱中症だけ気をつけてくれればそれで十分。

 救急隊員さん達もお前らみたいなの相手したくないだろうから、行政だけには迷惑かけなきゃそれでいいから。


「おっと、いけねえ。もうこんな時間か。帰るわ」

「ええい、さっさと帰りやがれ」

「なんだよ。つれないなぁ。引き止めろよ」

「元々、皿渡したら今日は帰ってもらおうと思ってたんだよ」

「なんだ。じゃ、じゃあまた明日な。……そ、颯太」


 あのさ……いきなり、メス河童出すのやめてくんない?

 ちょっと顔が綻んだだろうが。

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