第2話 本指名

 その日のお客さんは、珍しく初見しょけんであたしを本指名して来た。


 うちのお店には、指名料と本指名料の設定があって、両方とも二千円なんだけど、何が違うって、お店に電話して女の子を選ばずお店任せのチョイスにすると指名料、ネットとかで見て名指しで女の子を指名すると本指名料が発生する。指名してないのに指名料ってなんかしっくりこないけど、この普通の指名料はキャンペーンやイベントフェアの割引対象になる事が多い。だけど本指名料はその割引対象にはならず、うまく使い分けられている。それに本指名だと原則、女の子のチェンジは出来ない。


 その初老の優しそうなおっさんは、裸になったあたしの下半身を見てこう言った。

「あれ。君は経産婦かい」

 はは。見る人が見るとバレちゃうのよね。そう言う時は悪びれずに言う。

「そうですが……お気に召さなければチェンジOKですよ」

「いやいや。全然嫌じゃないよ。むしろ女性の勲章見たいなものだろ。まあ、君の店だと珍しいんだろうけどね」

 このおっさん、相当遊び慣れてるな。でも実はそう言う人の方が仕事はやりやすい。こちらの意図もくみ取って貰い易いし、お客の要求もはっきりしていて対応しやすいんだ。若いあんちゃんだといきなり指突っ込んで来て……濡れてないと痛いんだって!

 

 でも……この人、マジやばい。あんっ! ……結局二回もイカされた。

 お返しじゃないけど、あたしも全力で一生懸命ご奉仕する。

「うおっ!!」 どうだ。ちゃんとイカせたぞ!!


「いやー。君、うまいねー。この僕をここまで手玉に取るとは……気に入った。オキニ登録するから、また会おうよ。今度はお金貯めて来るから、もっとロングでお願いするよ」

 いや、ロングはちょっと……と言いかけて、久々にイカされてちょっとポーっとしている自分に気が付き、「はいっ。宜しくお願いします!」と営業トークしてしまった。


 その初老のおっさんはサガワさんという既婚者で、もう子供さんも独立され、自営で手広く商売をやっているらしいが、奥さんが、いい歳をしてと言ってすっかり夜のお相手をしてくれないそうで、仕方なく奥さんに内緒で、たまにこうして風俗に通っているらしい。

 若い頃から結構遊んできた様で、彼の昔話や冒険譚も聞いていて面白いものが多かった。あたしも、いつもの調子で自分の身の上をつい語ってしまうのだが、彼はそれを聞いて、「お互い、生きてくのって大変だよな」などと肯定的に捉えてくれた。


 自分の父親よりかなり年上だとも思うのだが、いっしょにいて楽しい人だなと思い始めていた。それにめちゃくちゃテクニシャンだし……。

 

 サガワさんがあたしの常連さんとして月に二~三回本指名してくれる様になってから三ヵ月位した頃、サガワさんがあたしにパパ活を持ちかけて来た。要はセックスもしようと言う事だが、もちろんお店には内緒だ。

「もちろん無理にとはいわないよ。でも僕も君と一緒にいると楽しいし、男女としてもっと親密になりたいとは思うんだ。だけど、情が先行しちゃうと不倫になっちゃうし、お店との兼ね合いもあるだろうから、その関係はあくまでもお金の行き来を前提とした割り切ったもので構わないさ」

 

 正直、悩んだ。サガワさんとは相性もいいみたいだし、一緒にいて素直に楽しい。ウリはやらないという自論はあるんだけど、娘もこれからますますお金がかかる様になるはずで、正直、今以上にこの仕事の勤務時間を増やすのは体力的にきつい。それにサガワさんは、昔の男とは違い、惚れた好いたとか不倫とか浮気でなく、お金での肉体関係だけを求めていて、こちらとしても何かと都合がいい。あたしとて生娘でもないし、昔は数多の男の間を転々としてたし……まあ、あとでこじれないとは限らないのだが……。


 悪い頭で考えてこう答えた。

「子供の迎えがあるんで今日はもうすぐ上がらないといけないけど、次回、ロングで予約入れていただければその時にでも……」

「ああ。ありがとう。でも……そうと決まったら、なんか我慢が効かなくなっちゃうね。どうだい、これから延長で一戦だけ……お手当はずむからさ!」

「でも子供の迎えが……」そう言うあたしの脇腹をサガワさんが、サワサワくすぐってくる。あっ、そこダメ! もう……人の弱点知り尽くしてるわ。


「ふうっ。それじゃサガワさん。託児所に延長保育のSMSメール打ちますね。そしたら十九時までなら……」

「ああ、まかせとけ。延長保育の代金も払ったげるよ」


 こうして、あたしは、こっそりサガワさんと十九時まで男女の行為に没頭した。


 ◇◇◇


 すっかり遅くなってしまった。急な延長保育頼んで、託児所怒ってるだろうな。顔なじみのデリドラさんに送ってもらって託児所に着いた時は、二十時を過ぎていた。


「すいませーん。遅くなりましたー」

 心の底から済まなそうな声で託児所に入ったのだが、顔見知りの保母さんが血相を変えている。

「あれっ? リンちゃんのお母さん⁉ 

 遅くなるなら先に連絡いただかないと困ります」


 えっ⁉ SMSで連絡いれたはず……ありゃ、送信押し忘れてる?

「ああー、すいません。送信押してなかったぁー。それでリンは?」

「ええ。お母さんの携帯に連絡入れたんですけどつながらなくて、仕方がなかったので緊急連絡先を見て、親戚にご連絡を……」

「へっ⁉」確かに慌ててて着信もロクに確認してなかったけど……親戚?


「はい……それで先ほどおばあちゃんがお迎えに……」

 おばあちゃん? あー、そうだ! あたし、どうせ連絡が行く事なんてないだろうって、託児所の緊急連絡先に実家の電話番号書いたんだっけ⁉ 


 あ、あ……じゃあ、リンは……母さんに拉致られた⁉

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