第二話/違和
転生してから早三年、ふと尾骨辺りの違和感から尻尾が生えていたことに気が付いた。テンニに聞いてみれば、多分7歳くらいまで成長するらしい。だから尻尾にしては小さいのか。
……そもそも尻尾って生えてくるものだっけ。
そんな奇妙な発見もあったりしながら、少年少女の二人組に幼女と俺で相部屋暮らしを続けている。身体が少しずつ成長して、舌足らずながら会話も始めるようになった。
それでようやく、ほんっとうにようやく聞ける。
気になっていたのは俺自身の名前。今まで
結果は案の定、ただの呼び名であった。一男は嫌だからちょっと一安心。とはいえ結局どんな名前なのだろうか。
「そろそろ名付ける」
伐られた細木を切り揃えながらテン兄は返事してくれた。
ちなみに少年少女の名前を間違えていたことがちょっと前に判明した。テン、ツルスがそれぞれの名前だ。テン兄とツルス姉って呼んでと言っていたから勘違いしていたっぽい。ただもうその呼び方に慣れてしまったから言い直すことはないだろうな。
数日後、俺と幼女は名付けられた。
俺達が属する集団では古語辞典から命名するらしい。この本がやたら分厚いのだ。
分厚い辞典を持ってきたテン兄は早速パラパラと捲っていく。名付けられる人が指を突っ込み、そのまま差し示している単語が名前になるルールである。名前に適さない単語だとやり直し。
どきどきしながら指を紙に押し付ける。
紙が曲がっても差し示す。破れなければ大丈夫なんだから、多分。
……もう一回差し示す。
…………。
十回繰り返した俺は相当運が悪かったんだろう。文字がまだ読めないのは不幸中の幸いか。隣から眺めていたツルス姉に慰められたんだけど一体どんな意味だったんだ。聞きた……くないな。
そうして俺の名前はようやく決まった。
名前はノユ、意味は星空。前世と違う名前が
同じく獣耳幼女も命名された。
名前はロノフェニア、月と太陽を表す言葉とのこと。こちらは一発で決定した。獣耳幼女、もといロノフェニアはよく分かっていない顔ながらも、周りのほっとしたような雰囲気は感じ取っていたのか得意気にしていた。
話せるようになった恩恵は他にもある。物の名前の摺り合わせが出来たのが大きかったのだ。
そこで浮かんだ疑問があった。
電子機器や自動車が一切見当たらない。飛行機が飛んでいる所さえ一切見ない。そういえば前に木箱で運ばれた時も馬車だったし、今居る村には当然の如く家電が無い。
「ツルスねぇ、うまがいないばしゃってないの?」
「んー、聞いたことないなー。読み聞かせの絵本にあったかな?」
「ううん」
「そっか、あったら便利だろうけどねー」
昔の時代にタイムスリップしているんだろうか。
まあでも、家電は無いなら無いでいずれ慣れるかな。
そうして昼寝を始めた、転生して三年目のある一日だった。
◇
「そうそう、上手だよ!」
ロノフェニアことロノが柔らかくされた地面に文字を書き連ねるのを玄関脇からたまに眺める。
テン兄やツルス姉から読み書きを教わって只今、俺は絵本読み中。ただでさえ数少ない絵本の文字が、妙にミミズがのたくったようで読むのが大変です。まあ大変なだけで一応は読める。
文字を意外に早く覚えられたのはアルファベットみたく表音文字なのが幸いだったからだ。会話は二年前に習得しているんだから、あとは読んでくれる言葉をそのまま文字に変換するだけなんだ。たまに発音しない文字を単語に含んでいる時もあるけど、そういう単語は少ない分マシである。
ところでこの絵本、もう少し読みやすい字体は無いのかな。流石に読みづらい。
「あるよ、読めなかったけどね……」
ツルス姉によると、ミミズじゃない文字で書かれた絵本を村人が持っていたとか。後ろから読もうとしてすぐに追い払われたと語るツルス姉の顔は怯えていた。テン兄に怒られたとかなんとか。
なにかと派手な絵本だったらしい。装飾無しで字体が読みやすい中間の本はどこに行ったんだ。
そんなこんなでの五歳のノユだったんだが、自分の足で動けて会話も出来て読み書きも出来るとなれば、自ずと現状も分かってきた。
今自分が居る集団は、家が二、三十軒建つ村で暮らしている。外出した時に見た景色から、ここは草原にある村だと判明した。村の周囲は土壁に囲まれているのが窺える。
村の端、入り口から最も遠い場所にある一軒家に俺達は住んでいる。住人はテン兄とツルス姉の二人と、俺ノユと獣耳幼女ロノフェニアの計四人。この家は所々空いた穴を急拵えの板でどうにか塞いでいる。他の家は大人が修復しているのか目立たないようになっているのに対してだ。嫌な特徴である。
そして大人はなぜかこの家に余り関わってこない。
村人の家に住んでいる子供もいるが、その子供達がツルス姉と争う姿を何回も見た。
多分、この家とそれ以外で何かが違うのだろう。その違いである「何か」の検討は付いていなかった。
……少し前までは。
獣耳を傾けられたり向きを変えたり出来るようになって集音性が上がったのもある。それで盗み聞きをしていた時、耳に入った物々しい会話。二人の村人が話をしていた。一人は男で、もう一人は昔怒鳴り男を殴り付けていただろう女だと思う。曖昧な記憶だが、それでも冷めているような声の印象が似ていた。
「食料は?」
「アイツのとこのガキが食いまくったせいで予定より少ないな」
「なら南の村から奪ってこい。約束破りやがった村なんだから女かガキを二人殺しとけ。連れてく奴は――」
どう考えても盗賊の類いの会話だった。
危害を加えられるかもしれない、そうふんわりとだが感じ取れた。それからも予防の意味を込めて二人から、特に指示を出すことの多い女の話を中心にしてこっそりと盗み聞いていた。別に隠している様子でもなかったが、バレないに越したことはないと思いながら。
そうして情報を集めるにつれ、俺達とそれ以外の違いが判明した。
――奴隷の子供。
他の村から食料を奪うこの村――もう盗賊村で良いや――、盗賊村では人を襲って奴隷にすることもあるらしい。
盗賊な村人と奴隷の子供なのか、村から誘拐してきたのかは分からないが、どちらにしろ差別されうる立場だろう。
それもあって俺達は大きく孤立しているんだと考えられる。
とはいっても深く関わらないだけで、伝えられた仕事をすれば危害は加えられないし食料だって配られている。
村人からすれば、どうやら十年前に人数が大きく減ってしまって猫の手も借りたい状況らしい。当然子供を育てる手も足りていなくて、結果俺達と村人は最低限の関わりを保ったまま一時の小康状態となっている。労働力を害する余裕は無いようだった。
今の環境が絶妙なバランスの上で成り立っていると知った現在五歳の俺ノユ。早朝、水運びの仕事が終わってすぐ。
「うとうとしたい……」
「ね、ね、あそぼーよ!」
同じく仕事を終えたロノフェニアことロノがぴょこんと現れて、遊びに誘われている。そういえば今日の文字練習は仕事前に終わっていたな。
「はこ、ぶのにつか、れたから、うと、うとさせ、て……」
正直、盗賊村の村人が危害を加えてこなければどうでもよかった。このまま関わり続けたいわけじゃないから、いずれ出ていく必要はある。
……今はまだ大丈夫だけど、そのうち言葉通り奴隷扱いされそうだからね。
「おいかけっこしよー?」
俺よりも背が伸びていて、力も強くなったのか大きく揺さぶられる。俺の嘆きが聞こえていないのかい、ロノフェニア。
昔だったら体が勝手に泣いていたけど、もうそんなことは起きない。体が勝手に泣くあの強制力は去年の四歳頃から弱り始めたからな。
ひと欠伸して寝ぼけ眼を擦りつつ振り向けば、金髪をツインテールに纏める、水色の眼の持ち主が見えた。頭には金色の獣耳が生えている。恐らく犬耳。腰にも尻尾が垂れ下がっていた。
いつの間にやら、手が無意識にもふもふしようとして躱される。うとうとに丁度良いからだろうか。
楽しそうに笑いながら逃げ出すロノ。その揺らす尻尾をもふもふしようと後を追った。
◇
「っ……うぅ、ロノとノユが可愛い」
「何言ってんだ」
くしゃみを堪えてはそう呟いたツルス姉に、テン兄は甲斐甲斐しくパン粥を口に突っ込む。ロノは心配そうにツルス姉の顔を覗き込んでいた。
「だってロノとノユが二人で作ってくれたんだよ!?」
「……おいしい?」
「美味しいっ……」
「おい泣くな、二人が心配するだろ」
現在風邪を引いたツルス姉を固いベッドに寝かせて、俺達三人で看病しているが……意外と元気そうで一息吐いた。
こんな村に医者は居ない。居るには居る賊の薬師が薬を用意してくれたけど、当然の如く診察とかは無し。本当に風邪なのかも気になるけど……。
「――魔物だ!」
窓の向こうから大声が響く。俺達全員の体がびくっと震えたように思う。
「……え?」
ツルス姉がふと声を漏らす中、テン兄はいち早く木窓を上げて外を覗いていた。俺達もそれに続く。
村の周囲に作られた土壁の入り口近くで村人が集まっているのが、家々の隙間から辛うじて見える。騒がしさもあって内容は聞き取れなかったが、どうやら村長が指示を出しているようだ。
入り口から真っ直ぐ先に土煙が立ち上っている。それを発見したから村人が慌ただしいのか。
村人から数人、壁の外へ走って出ていく。
恐らく土煙の方向に賊が向かっていて。その先に居るだろうモノは――真っ黒な不定形。
なんだそれ、確かに絵本に出てきたけど……ただ塗り潰された敵じゃなかったのか。
聞いてみようとテン兄に向き直ると、間にいたロノがこちらを見つめていた。
「…………」
その目は怯えに包まれていた。
なんとなしに背伸びしながらロノの頭を撫でる。ロノは成長してるからね、もふもふ。ベッド横に戻ったテン兄もツルス姉を撫でている。
「あれって、魔物?」
俺はロノを撫でているままに、テン兄へと尋ねた。
「いるだろ?」
その答えは至極当然のようだった。
遠くから見守っていると地に響く低い歌声が渡ってきた。走っていった数人の村人達は立ち止まっている。彼ら村人が歌っているようだ。
ふと思うに、今まで勘違いしてたのだろう。
電気も無い農村染みた盗賊村。土壁と、こっそり外に出た時に見つけた堀に囲まれている。剣を携えた村人も居て、危険に満ちた昔々のある何処かに転生したんじゃないかと思ってたけど実際は別世界だったんだろうか。それなら魔物の存在も腑に落ちる。
考えに耽っていると、歌う村人達から突如耳に障る音が鳴った。
キーンと耳鳴りがする。
耳をさすりつつ、びっくりした表情のロノを撫でながら外を見つめる。
土煙が、この村を避けるように通りすぎていく。
これが絵本に出てきた魔法歌……魔法も実在していたことを示す証拠。
ただ、そこまで考えておもむろに首を振った。
この世界が別世界だったとしてもどうでもいい。ぐっすり眠れたり気持ちよく微睡めたりする魔法歌があれば尚嬉しいだけだ。
…………。
その場から動かずにいると、ツルス姉が咳をしていることに気が付いて傍に駆け寄った。
風邪を引いても悪化しないように薬学を学ぼうかな。一応薬師は居るんだから。
壊れ多世界と獣耳 ayayori @ayayori_
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