第3話 私は、いつも独りでしたもの

 どんな街でも、華々しい表通りがあれば裏路地があるもので。そして、どんな街でも、裏路地というものは得てして薄暗く、荒れているものだ。


 ・・・カツ・・・カツ・・・カツ・・・カツ・・・

 そんなフィレツィアの裏路地の中を進む、黒いサマードレス姿の女性の影が1つ、マリアライゼである。

 観光客が腹ごなしの散歩で歩くには些か不釣り合いなその路地を、ハイヒールの踵で打ち鳴らしながら進んで行くその足取りに迷いや躊躇いは一切見えない。

「ヒュウ、女だ」

「へへっへ、嬢ちゃん俺たちとイイコトしない?」

 こんな場所だからか時折、通りすがる野卑な男がナンパめいた言葉を投げかけてくる。しかし、そうした連中は彼女からの怜悧な一瞥を受けるや否や、忽ちに尻尾を巻いて逃げ去っていった。

 こんな裏道を脇目も振らずに歩いていることといい、チンピラ崩れを目力だけで追い払う眼力といい、このマリアライゼという女、ただのお嬢様では無いようだ。

 ・・・カツ・・・カツ・・・カツ・・・カツ・・・

 そして、路地も半ばまで来たくらいだろうか。流石にここまで来ると大通りからの灯りも喧騒も遠くなり、路地を照らすのは月照りと、ポツリポツリと設けられている外灯の仄かな光だけとなる。

「う~い、ひょう。い~い月だぁ」

 そんな薄灯りに照らされて、男が1人、路地に足を投げ出して寝そべり管を巻いていた。

 その男の周りには数本の酒瓶が転がっており、更にその右手にもまだ中身が半分も減っていない角瓶を持って管を巻いている。誰がどう見てもただの酔っ払いだ。

 普通、こんな人気のない場所で自分を失うくらい酔いつぶれていれば悪党どもの格好の好餌食なのだが、その男には手を出すどころか誰も近づこうともしない。

 その理由は、彼が纏う外套にある。流石に勤務時間外なので剣までは佩いていないようだが、身分の証として身に着ける赤い外套は、彼が国家の公僕である警邏官であることを示していた。

「おお~い、誰か。誰か来てくれたら酒を奢るぞお!」

 ただでさえ厄介な酔っ払い、それも警邏官とくれば、近づこうとする物好きはいない。厄介ごとは御免だし、やれ財布を盗られただの蹴られただの、記憶違いによる冤罪を押し付けられては堪らないからだ。そうして、いつしかその一画には彼以外、誰も寄り付かなくなっていたようで、彼女の目には他人は誰も見受けられない。

 と、天を仰ぎ見ていた男は近づく足音に、ギロリと彼女の方を睨めつけると瓶の中身をグイと呷り、

「お、おおう・・・ようやく~ようやくかあ~?」

 ゲフウ、と下品な吐息を漏らすのにも委細構わず、マリアライゼの足音は怯む様子も止まる様子も無い。そして、彼女が彼の脚を跨いで通り過ぎ、路地の奥へと行こうとした、その時。

「ところで・・・採石場について、何か知らないか?」

 ・・・カツリ

 後ろから投げつけられたその言葉に、路地に入って初めて、マリアライゼの脚が止まった。

「酒場にいますわ」

 そうして、彼女が囁くように呟いた言葉は支離滅裂で、男の質問へは何の回答にもなっていないように聞こえる。が、

「やっぱりやってきたか」

 男は納得したように頷くと、酔っ払いとはとても思えない身のこなしでスッと立ち上がり、一片も酒毒に冒されていない澄んだ目で彼女をまじまじと見定めるように見つめ回した。

「・・・こんな時間まで働かせやがって。待ちくたびれたぜ」

「なら、こんな所に呼びつけなくても宜しかったでしょうに。悪い子はノスフェラトゥに襲わる時間ですわよ?」

「ノスフェラトゥ?不死身の吸血鬼なんているわけないだろう、オカルトやメルヘンじゃねえんだから」

「あらあら。魔法石や亜人種奴なんてものが存在するこの渡世に、今更オカルトも何もありませんわよ」

「にしても、ノスフェラトゥはねえだろう。『良い子は早く寝ないと夜歩くナイト・ヲーカーに襲われるぞ』ってな、今どきガキでも真に受けやしねえよ」

 男はカラカラと酒瓶で壁をなぞりながら、愉快そうに喉を鳴らす。

「にしても・・・お前さんがそんな諧謔を言うとはな。お堅い特別執務局員さんが、変われば変わるモンだ」

「男子三日会わずんば、はそちらの台詞でしょうに。さて・・・こんな人気のない闇暗闇に何の御用かしら、ベルチーノ警邏官主任チーフ、サマ?」

 そう言ってニヤリ、とシャム猫のように笑うマリアライゼに、男もニヒルに口角を歪めつつ嘯いた。

「こんな闇夜こそがアンタらの仕事場だろう。なあ、夜陰仕事人ナイト・ワーカーサン?」


 国家の責務。それは、言うまでもなく国民の安寧秩序の維持である。

 他国からの侵略を防止するというのがその一義だが、ある意味でそれ以上に大切なのが、国内で起こる事件への対応であることに異議は生じまい。国民が他者からの危害を気にして夜も眠れない毎日を過ごすようなことが常態化すれば鼎の軽重を問われようし、そうならない為の警邏官だ。

 しかし、そういった市井の治安維持職官では手に負えない案件というのは、それこそ王国が亜人種を征服して魔法石という文明が持ち込まれ、発展して以降増えこそすれ減る様子は微塵もない。

 そのような、一般官吏では対処不可能な事案への対処の為に王国中を飛び回り、介入し、事件の解決や犯人の逮捕を司る非公認の特別部署、それが特別執務局だ。

 その素性は限られた関係者しか知らされず、隠密裏に仕事を熟し、時には表沙汰に出来ない事態への対処を行う。そんな、闇夜に紛れる仕事ぶりから人は彼らをこう呼んだ。


 『夜陰仕事人ナイト・ワーカー』と。


「それで?」

 その夜陰仕事人の1人、マリアライゼは建物と建物の間の小道へと潜り込んだ後、後に続いて来たベルチーノにそう投げかけた。勿論、人目を避けるように動いたのは言うまでもない。

「まあ待て、その前に・・・」

 しかし、このベルチーノという男も大したもので。睨めつける彼女の威圧にも怖気づくことなく、潜り込んだ先の壁にもたれかかってマッチを1本擦り灯けると、懐から取り出した紙巻き煙草をさも美味そうに燻らせる。

「ふう、生き返ったぜ」

 それに対し、マリアライゼは煙草の匂いが嫌いなのだろう。露骨に眉間へ皺を寄らせると、

「なら、死んでいてくれませんこと?」

「ご挨拶だな、久しぶりに会ったってのに。あれは・・・1年前になるのか、変わらないな、アンタ」

「ホンの1年前と比べて、そんな大仰に言われても困りますわ。それに、それを言うなら貴方の方でしてよ」

「俺かい?」

「ええ。あの時はヒラの警邏官でしたのに、今では街の警邏官たちの監督役、チーフ様でしょう。一体、どんな手品を使って昇進あそばれたのかしら?」

 クツクツと揶揄うように喉で笑るマリアライゼに、ベルチーノは慌てたように反論する。

「お、おい、待て待て待て待て、待ってくれよ。俺は別に、疚しい手段を使ってなんかは・・・」

「勿論、知ってますわよ。あの時の大手柄でご昇進あそばれ、おめでとうございますわね、主任サマ」

「・・・・・・趣味が悪いぜ、まったく」

 脱力し、ぐったりと壁にもたれかかるベルチーノだったが、彼としては当然のリアクションだ。何せ、マリアライゼたち特別執務局は王国官吏の監査も職域の1つ。不正だ汚職だと疑われては、それこそ首に縄が回りかねない。

「それより」

「あ?ああ、分かってるさ」

 マリアライゼからの促しを受けて、ベルチーノはマッチの火を掻き消すと、忽ちオレンジ色の火の光で映し出されていた横道は彼の咥える煙草の周辺意外を再び、闇夜が黒色に塗り替えた。

「これで良し、と」

「この小道の奥は?」

「信頼のおける部下に見張らせてある。抜かりはないさ」

「結構。では・・・お伺いしましょうか。私をこんな所にお招きした、訳というのを」

 そう言って、彼女は暗闇でもハッキリと分かるくらいに鋭い眼光を差し向けた。が、それを受けたベルチーノは「へ?」と素っ頓狂な声を漏らすと、

「おいおい。冗談は止してくれよ」

「え?」

「こちとら、アンタの姿を見かけたから、慌ててコンタクトを取ったんだぜ?知らせてもないのに、よくもまあ嗅ぎ付け・・・失礼、察知したもんだと感心したくらいだ」

 その言葉に小首を傾げるマリアライゼに、それを見て、まるで鏡写しのように小首を傾げるベルチーノ。

「・・・若しかして、仕事じゃない?」

「え?・・・ええ。私がこの街を訪れたのは休暇の為ですわ」

 それを受けて尚、ベルチーノは「本当かよ」と胡乱気な視線を崩さない。しかし、そう疑われても彼女にはどうしようもない。

「こんな王都から遠い辺境にバカンスだと?それも・・・言いたかないが、奴隷市が開かれるような、こんな街に」

「・・・まあ、休暇をとる条件として各地を廻って様子を見てこい、とは言われましたが。でも、私がここに来たのは只の偶然ですわよ?」

「アンタはな。だが、お偉いさんは別かもしれねえ」

「だったとしても、私には関係の無い話ですわ。しかし・・・」

 頭痛を抑えるかのように蟀谷を軽く指で押すと、

「来てしまったからには、聞いておく方が良いのでしょうね。・・・聞かせ貰いましょうか、この街で、何が起こっているのかを」

「藪蛇かよ、ったく」

 自分の運の無さと疑心暗鬼のバカバカしさに一しきりボヤいた後、「ま、良いだろう」とベルチーノは軽く頷いて語り出した。

「あれは・・・ことの発端は数ヵ月前に遡るか」

「そんなに?」

「もっとも、事件だと分かったのは最近だがな。・・・こんなことになるなら、初めからそっちに依頼を投げときゃ良かったぜ」

 自嘲気味に声を潜めて笑うベルチーノへ、マリアライゼは「続けて」と促した。

「じゃあ、話の腰を折るんじゃねえよっと・・・分かった、分かった。ちゃんと話すから、大人しく聞いてろよ」

 それは、今日から遡ること数ヵ月。

 フィレティアの警邏官窓口へ1通の通報があった。それは、街を訪れた旅人の1人の行方が分からなくなった、というものだった。

「初めは、それほど重要視はされてなかった。ウチの街を訪れた記録と、出た記録。そこに相違は無かったんでな。大方、道中で野盗か害獣に襲われたか、さもなくば・・・」

「失踪した、と?」

「そういうことだ。どちらにせよ、対応すべきは国家の大事に関わる連中で、俺たち地方の治安維持部、特に警邏官が対処すべきとは思われなかった」

 軍隊と警察、というのはどんな国家においても縄張りが難しいものだ。それに加えて都市間の街道で起こったらしい事件とあれば、更に国家と地方自治体との綱引きもある。勿論、その上でどこの部署からしても「自分たちはしたくない」という、相手の管轄に押し付けたい思惑も絡まってくる。

「・・・でも」

「ああ。そうもいかなくなったのは、今月の初めだ。狩猟官が仕留めた熊の腹の中から、行方不明となってた旅人の所有物が発見されてな。そいつが住みかとしてた洞穴を調べたら・・・バア、だ」

 その洞穴から、数多の遺骸が発見された。その殆どは食い荒らされて舎利と化していたが、数体の遺骸はいまだ原型を保っており、それらから身元が明らかとなったのだ。

「・・・ふうん。それは、発見した係官はお気の毒なこと」

「まったくだ。数日は、飯も喉を通らねえってボヤいてたな」

「ご愁傷様。でも・・・でしたら、そちらには好都合では?害獣の巣の中となれば、それは即ち街道で・・・」

「と、なったら、俺もお前もハッピーだったんだがな。その遺骸から検出された傷跡は、どう見ても爪や牙によるものとは思えないとの結果が出た。・・・見るか?」

 懐から取り出した写真をヒラヒラと靡かせるベルチーノへ、マリアライゼは「結構」と首を左右する。

「ま、俺の目から見ても明らかに刀傷にしか見えん。その傷の深さから、凶器はナイフのようなものだろうと検視官もアタリをつけてるから、まず間違いはあるまい。それに、その巣穴の位置から考えると、そいつらが襲われるか遺棄された場所はこのフィレティア近郊としか考えられん。つまり・・・」

「つまり・・・貴方がた街の警邏官のお仕事、と。それで、そちらのご意見は?」

「色々ある」

「色々とは?」

「色々は色々さ。・・・おい、怖い顔をするな。冗談だよ、冗談」

「おふざけは止して頂きませんと」

 スッと、彼女の手がドレス越しに大腿へと伸ばされるのを見て、ベルチーノは真面目な顔に戻して話を進めた。

「まず、この辺りで野盗に襲われたって通報は入っちゃいないから、その線は無い。もっとも、それはその発見された旅人連中が皆、同じ犯人に襲われたと仮定しての話だがな」

「でしょうね。それと、その遺骸は亡くなられてからどれくらいの時間が?」

「舎利になっちまったのは判別不能だが、形が残ってる連中についちゃあ、報告では数ヵ月から1ヵ月だとよ」

「それですと・・・姿形が残っているのは不自然ではありませんこと?」

「ああ。この春先の時期とか、遺骸が埋められてたってことを勘案しても、とっくに骨になってなきゃおかしい。つまり・・・」

「殺された後、どこかで保管されてた、と」

「そうなる」

 渋い顔でベルチーノは首肯したが、マリアライゼは合点がいかない様子で「それにしても・・・」と顎に手を当てて独り言ちる。

「・・・どうした?」

「え!いえ、何でもありませんわ。続けて」

「そうか?ま、そっから先は予想できるだろう。どっかで殺されて、仕舞い込まれてたって線が濃厚だってんなら、そっから先は俺たちの仕事だ」

「大変ですこと」

「まったくだ。本格的に動き出したのが先週からだが、そっから働きっぱなし。加えて得られた成果も無しとくりゃ猶更な。・・・とまあ、ここまで言えば、俺がお前をお招きした訳も分かるだろう?」

「ええ。若し私が貴方と同じ立場なら、こうして丁重にお招きさせて頂くでしょう。意味深な招待状に、酔っ払いと裏路地で密会・・・後は、素敵な贈り物でも頂けたら文句なしですわね」

 当て擦るようなマリアライゼの発言に、少し気分を害したように眉を顰めたベルチーノだったが、今更そんなことを気にしても意味がないことは昨年一緒に仕事をした折に痛いほど分からされていた。

 だから、不満も不平も一切合切、腹の奥に飲み込んで話を続ける。

「それで?」

「それで、とは?」

「本件に関して、本当にお前は関与してないってことでいいんだな?」

「・・・しつこいですわね」

 むう、と口を尖らすと、

「第一、若し私がこの街を訪れた目的がその事件の捜査に関することなら、あんな娘と相部屋になんてしませんわよ」

「そうだ、それも聞きたかった。あの娘、何者だ?」

「ただの連れ合い・・・ではご不満で?」

「大いにな。一緒に仕事をした感触だとアンタ、誰かと仲良しこよしを好む質じゃないだろ。・・・訳アリか?」

「見くびらないで貰いたいですわ。私だって独りが寂しいと思うことだってありますわよ」

 似合わねえよ、と喉で笑うベルチーノへ言い募ろうとしたマリアライゼだったが、そう口が動く前に目線が入って来た路地の方へ走る。

「お、おい・・・」

 一体?と言いかけたベルチーノの口も、マリアライゼが自身の口の前に立てた人差し指の動きに遮られる。そして、続いて聞こえてきたザリ・・・ザリ・・・という足音を聞くや否や、吸い残しのある煙草を地面へ落として靴で踏み消した。

「敵か?」

「シッ」

 しかし、その足音は確かな足取りでこちらへと向かって来ているようで、2人は忌々しそうに眉を顰める。

「・・・つけられまして?」

「俺か?」

「貴方以外にいまして?」

「お前は?」

「ノン、ありえませんわ」

 マリアライゼは自身満々に言い放つ。

「・・・ただし相手の目的が『私』では無し、ただ女性を狙っていたのなら、分かりませんけれど」

 そう、小声で付け加えるのは忘れなかったけれど。

「つまり、相手は路地に迷い込んだ女性狙い。と、くりゃあ・・・」

「お目当ての犯人さん、かも」

 ゴクリ、とベルチーノは生唾を飲み込む。

「逸るのはお止しに。それよりベルチーノ主任、貴方はさっさとどこかへ行ってくれませんこと?」

 へ?とまるで鳩が豆鉄砲を食ったような顔をするベルチーノを小道の奥へ押しやりながら、まるで当然のことを教示するように彼女は伝える。

「若し相手が犯人なら、見るからに警邏官の貴方がいては逃げ出しかねませんでしょう?さ、早く」

「あ!お、おう、そうだな。だが・・・」

「何か?」

「大丈夫かよ、独りで?」

 心配そうに―もっとも、その心配が『彼女の身』では無く『彼女が傷ついたことに由る自分の馘』にあるのは明白だが―そう呟く彼に、マリアライゼはグッと親指を立てるというその姿形には些か不釣り合いなジェスチャーを見せて、

「問題ありませんわ。私は、いつも独りでしたもの」

 そう、自信満々に言い放った。


「・・・ふう、ふう」

 一方その頃。

 サタリャーシャは荒い息を吐きながら大通りを歩いていた。レストランを出てからここまで、足取りこそしっかりはしているものの、お腹を抱えて歩くその姿はいかにも苦しそうだ。

 そんな彼女を出会った通行人はチラチラと心配そうに見遣るものの、彼女の容姿や格好には親切から声をかけるのを思い止まらせる何かがあるのか、そのまま皆通り過ぎて行った。

「・・・ふう」

 そして、更に幾許か進んだ所でとうとう耐えられなくなったか。

「一寸、休、憩」

 彼女は煉瓦造りの壁にドサリと背中を預けて小休止をとることにした。煉瓦の表面と目の粗い外套が擦れ合って、ザリザリとした雑音を立てる。

「・・・マリアライゼさん、かあ」

 血が臓腑でフル回転させられているせいで呆となった頭で、星空を見上げながらふと呟く。

「変わった人、だったな・・・でも、良い人だった」

 でも、きっと。あんなに良い人でも、きっと私の中身を知ったら離れていってしまうに違いない。きっと、友達なんて出来るはずがない。血の巡りが悪くなったサタリャーシャの頭にはそんな悲観的なメンタリズムが溢れかえる。

「きっと・・・・・・ん?」

 スンと悲しく鳴きだしそうだったサタリャーシャの鼻腔を、ある匂いが擽った。

 それは、かつて嗅いだことのあるような、体が求めたいるような。

「良い・・・匂い?」

 お腹が苦しいことも忘れて。

 心が悲しいことも忘れて。

 無意識にシャラン、シャランと揺れるチェーンの袂にある、鎖骨の間に突き刺さった『それ』を掴みながら。

 サタリャーシャはクンクンとその匂いのする方へと足を進める。そして、

「・・・・・・この、奥からだ」

 薄暗い路地の中へと、その身を潜り込ませて行った。

 

 



 




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