第19話

 山岳地帯も俺のものになった。

 ここでも勝利の宴だ! ということにはならなかった。だって山の中には食えそうなものが何もない。


「おまえらは何食って生きてんだ?」

 俺は体育座りしているガンギランの膝の上に座って、純粋な疑問を訊ねてみた。なんとなく俺も体育座りになる。ガンギランの周りには他の巨人たちも座っていて、みんな無表情で体育座りだから、なんか絵面がシュールだ。


 巨人が大きさに見合った量の生き物や植物を食べるとすると、自然あふれる魔界も荒野に変わるだろう。

 しかし、巨人にまともな食糧が必要だったら、とっくに魔界は食いつくされているだろうし、そもそもこんな岩と土しかない山中には住み着いていない。ただのズボラな巨人族が他の種に配慮して低燃費な生活をしていたわけもない。


 まさか霞でも食んで生きてたりして、と思ったら、まさかの似たような生活をしていた。

「岩を食べている」

「いわぁ??」

 流石の俺もビックリ仰天だが、ガンギランは本当にそこらの岩を掴んでバリボリ煎餅みたいに食べ始めた。


 ちなみに、さっきの相撲で地形が変わってしまった山は、俺が土魔法でだいたい元通りに戻した。元の地形がどんなだったか正確には覚えていないから、山肌になんとなく水平な広場を作っただけだ。


 そして、ガンギランがボリボリ食べているのは俺が成形した岩だ。

 曰く、この山自体が魔力の塊のようなものなので、その山の岩を食べて魔力を吸収しているという。つまり、巨人も俺みたいに、自然魔力を自分の魔力や体力や生命力にすることができるというわけだ。

 俺の場合は、普通に生きているだけで自然魔力使い放題だが、巨人は食べるという行為で魔力を体内に取り込む必要があるらしい。


 ついでに、ここらにある土は巨人のウンコだ。だから巨人は岩しか食べない。そこらに落ちてるものを食べてる連中だって、流石に自分たちのウンコは食べたくないよな。

 こんな草も生えない、他の生き物もほとんどいない高地にしっかり土があるのは不思議だと思っていたが、巨人の生命活動の産物だったわけか。


 俺はなんとなく土からは距離をとる。どこの土だって生物のウンコ混じりだとはわかっているけれど、みなまで聞いてしまうと近付きたくない。

「俺は……岩はいいかな」

 別に勧められてはいないけれど、宴だと言ってご馳走に岩を出されても困る。


 とりあえず、巨人たちに食糧問題がないことだけはわかった。奴隷みたいに扱き使わないと言っておいて飢えさせるわけにいかないからな。

「あ、岩食ってるなら、岩石についても詳しい?」

「岩に味の良し悪しはない」

「味はいらん」

 俺だって岩の味を説明されてもわからん。でも、岩食ってる巨人族も一応味覚という概念は知ってるんだな。


 味はどうでもいいが、噛んで飲み込んでいるなら、食感とかで岩石の種類はわかるんじゃないかと思ったのだ。

「硬さとか、水に強いとか、火に強いとか」

「それなら、食えばわかる」

 それはいい。俺は岩石の知識も乏しいから、石材に適した岩石なんかわからない。巨人に任せれば魔王城に相応しい頑強な石材が見つかるだろう。


「あと金属とか、ただの石じゃないやつとかもある?」

「向こうの山の岩は鉄臭いな」

「鉱山あるっぽい!」

「黒い岩は臭くて食えん」

「それ石炭じゃね!」

 巨人の食レポから想像以上に宝の山がわかってきた。まあ、鉱石とか採っても今のとこ加工方法がわからないけど、資源があるのは僥倖だ。


「いいじゃんいいじゃん、人間界なら製鉄技術とかあるかな」

「製鉄とは、ドワーフがやっている石を解かして固めるやつか」

「ドワーフがいるのか!」

 そりゃあエルフがいるというなら他の亜人だっているだろう。人に近い種というならオーガだって巨人だって亜人だ。この世界での魔物と亜人の区別はまだ知らないけど。

「西の人間の国にいると聞く」

「そっか、ドワーフは人間と一緒に暮らしてるのか」

 これはいずれ会いに行かねばなるまい。俺の魔王城建造計画に鉄は絶対に必要になる。


 しかし、今はまだ時じゃない。

 やっと魔界をだいたい掌握できただけだし、こんな原始的な状況から、いきなり巨大建築を始めたらみんなで飢え死にだ。国家運営の知識がない俺だってそれくらいわかる。

 そもそも設計の知識もないし、魔王城建築はまだ先の話だ。


「あと気になってたんだけど、おまえらの腰に巻いてるのって何でできてんの?」

 巨人を見た時からずっと気になっていたのだ。

 巨人たちが腰に巻いている布みたいなもの、近くで見れば爬虫類の皮みたいだったが、縫い合わせているようにも見えないし、あのサイズの爬虫類がいるなら恐竜並みだ。


「岩蜥蜴の皮だ」

「え、本当にそんなデカい魔物いるのか」

 俺はちょっとそわっとした。ビビったのではなく、恐竜がいるなら見てみたい。絶対に格好良い。


 だが、俺の期待はすぐに打ち破られた。

「大きくはない、おまえと同じくらいだ」

 ガンギランがそう言いうと、近くに座っていた巨人が徐に立ち上がり腰巻をとって見せてくれた。

 脱ぐことに恥じらいはないようだ。まあ、下から見れば腰巻一枚で股間を隠せてもいなかったし、巨人の腰巻は股間を隠すというより、ただの習慣らしい。


 しかし、そんなデカいもん渡されても困る、と思ったけれど、巨人の手を離れた瞬間、腰巻はしゅるしゅると小さくなった。ガンギランの言う通り、丁度俺の身長くらいの長さのなめし皮になる。

「ああ、魔法で大きくしてたのか」

 俺は感心した。巨人たちはみんな物を大きくする魔法は幼い頃に覚えるという。

 日常生活に必要なものが腰巻と、簡単な刃物くらいだとしても、いちいち自分サイズの道具をこしらえるのは材料を探すのが一苦労だ。それに、まったく他の種族と交流がないわけでもないから、巨人たちにとって物を大きくする魔法は息をするように使えるという。


 もしかして、この魔法を使えば魔王城建造なんて容易いのではないかと考えたが、そう都合のいい魔法でもなかった。

 魔法の効果は使用者に触れている間だけ、生き物には使えない。だからミニチュアの魔王城を作って魔法で大きくしても、俺が外に出ればミニチュアに戻ってしまうわけだ。


 たぶん、俺のチート過ぎる能力を駆使すれば、触れていなくても魔法の効力を維持することは可能だろうが、魔王城の大きさを保つためにずっと魔法を維持するなんて馬鹿馬鹿しい。

 しかし、この魔法を応用して、逆に物を小さくする魔法を開発すれば、建築資材の運搬などを巨人任せにしなくて済むかもしれない。

「うん、良い魔法が知れた」

 巨人に腰巻を返したら、なめし皮はまたズズズンと大きくなった。

 魔王城に着手するのはまだまだ先だが、建築資材と建築方法はなんとかなりそうだ。


 俺は大満足で山を下りることにした。食べるものがないところで一晩明かすのは嫌だ。

「あれ、そう言えばルビィどこ行った?」

 行きに乗って来た怪鳥たちは呼べばすぐに飛んできたが、相撲の前にどこかへ逃げていったルビィの姿が見えない。


 魔力を頼りに探してみれば、岩陰に隠れているのはすぐに見つかった。

 まるで地震にあった飼い猫のように縮こまってプルプルしている。毛が逆立って一回り膨らんでいるが、耳も尻尾も丸めて完全に丸い毛玉になっている。確かに、さっきの相撲は地震に匹敵した。

 真ん丸に見開かれた目が俺を責めるように見つめてくるが、何も言わないし微動だにしない。

 猫の姿になっていたし、可哀想だから、俺はそのままルビィを抱き上げてやって、怪鳥に乗って山を下りた。

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