魔界調査
第20話
さて、俺は魔界全土を掌握して正真正銘魔王になったわけだが、武力で制圧できただけだから、突然魔物たちが文明に目覚めるわけもなく、これからようやく魔界を俺の住みよい国に改造する第一歩が始まるだけだ。
「うーん、国らしくするにはまず法を布きたいよな」
魔王になっても王座がどこからともなく出てくることはないから、俺は今のところ一番座り心地の良いザランの上で、魔界の統治に頭を悩ませていた。
ザランは草原の王でライオンっぽい魔物なので、日がな一日陽当たりのいい場所で寝転がっているのが仕事みたいなもんだ。ダラダラしているのではない。威厳を示し、食糧集めや縄張りの警戒をしている子分たちを監督しているのだ。
そして俺も一番偉い魔王なので、陽当たりのいい場所でふんぞり返って、魔界の今後のことを考えている。
こういう穏やかな時はピーパーティンとルビィも傍でゴロゴロしている。こいつらは子分のくせしてあんまり役に立つことがないから、いつもは好き勝手にブラブラしている。今は小動物の姿をしているのをいいことに草原の獣たちに紛れているが、俺がいなければこれほど暢気にもできない弱小どもだ。
さて、何を以てして生物の群が国家と呼べる集団になるかといえば、まずは国民すべてが守るべき、そして国民すべてを守れるだけのルールがあることだと思う。
しかし、ルールだけ作って従えと言っても従うわけがない。まあ俺なら力づくで従えられるだろうけど、それは俺の目指す文化的な国家にはならない。
さてはて国家とは何ぞや、と考えているうちに瞼が重くなっていく。なんせザランの頭の上は心地良い。ワッサワッサの鬣に埋もれて、ポカポカして温かいし、ザランの呼吸に合わせてイイ感じに揺れているし、今日は絶好の昼寝日和だ。
ついつい意識が遠のいた途端、ザランが寝返りを打ったので俺はごろりと落っことされてしまう。ザランは俺の忠実なる下部だが、如何せんネコ科なので行動は自由だ。
俺はもう一度ザランの上に登って、今度は眠らないように鬣の上に胡坐をかく。
だから、国としての体裁を整えるためには、ルールを作るよりもまず先に生活レベルを向上させるべきだ。
それに、文明的な国家を作るならば、今現在当たり前に横行している殺し合いとか共食いとかも禁止すべきなのだが、今すぐ共食いを禁止しても食糧難に陥るだけだ。ルールを作るためにも、まずは食糧自給の方法を確立するのが最初の課題だろう。
「う~ん、文明化……文明化……そういえば、ルビィって人間の世界に行ったことあるんだな?」
俺は思い出して訊いてみた。今は黒猫の姿をしているルビィは、本人曰く正体は人間の女の姿なのだ。それは人間を騙すためだとも言っていたから、ルビィは人間と遭遇したことがあるはずだ。
「まあ、生まれはあちらですから」
草の上に腹出して転がっていたルビィが、転がって座り直した。
「なんで魔界に来たんだ?」
「……色々ありましたの」
そう言ってルビィは澄ました顔でそっぽを向いた。あからさまに、深くは聞いてくれるなという意味深な顔だ。
「そっか、まあ色々事情はあるだろう、まさか魔界に迷い込んで帰り道がわからなくなったわけもないし」
俺がそう言えばルビィはギックゥという顔をしたから、こいつは迷子になって戻れなくなったらしい。
まあ、悪魔族には親はおらず、ほぼ自然発生みたいなもんだというから、元の場所に戻れなくたって然程の支障はなかっただろう。
「でもそれなら魔物の姿になった方がよくね? 変身魔法は得意だろ」
「ええ、得意ですわ、でも、別に、必要ないことはしませんの、魔界ならそこらで交尾してるやつらも多いですもの、私がわざわざ誘惑する必要はありませんわ」
「そっかそっか、俺はてっきり魔物になっても誘惑できないせいだと思ったが、食うに困らないなら必要ないか」
俺が言えばルビィはやっぱりギックゥという顔をしたから、セクシーな魔物に変身できても魔物らしく振舞うセンスはなかったらしい。だから、そこらで交尾している魔物に忍び寄ってつまみ食いして飢えを凌いでいたのだろう。
ルビィ以外にもサキュバスやインキュバスはたまにいるけど、魔界にいるなら魔物の姿を取っているから、パッと見ただけでは悪魔だとはわからなかった。普通はその場に生息する生き物に成りすまして精気を吸うもんだ。
だが、今はルビィのポンコツっぷりはどうでもいい。重要なのは人間界を知っているということだ。
「人間ってどんな生活してんの?」
「知りませんわ、ずっと前に見たきりですもの」
「役に立たね~」
ルビィはやっぱりポンコツだった。
俺の嘆きにルビィはプリプリ怒ってどっかへ行ってしまったが、どっかでいびられたらすぐに戻ってくるだろう。なにせポンコツ弱々サキュバスだ。
人間界に学ぶのは今すぐは無理そうだから、魔界の中でも文明的と思われる種族をまず視察するべきだろう。
「食料自給と言えば畑、牧場、漁業……そう言えばゴブリンが農耕してるって言ってたな」
「ゴブリンなら樹海の傍に住み着いている」
「行ってみよう」
俺が言えばザランはすぐさま立ち上がり走り出す。獣はボスの言葉が絶対だから従えやすくていい。ザランが駆け出せば、周りに控えていた子分たちも勝手についてくる。ピーパーティンが着いてこれずにどっか飛んでいったが、別に構わない。腹が減ったら戻ってくるだろう。
巨大なライオンの背に乗って駆ければ、草原の際まであっという間だった。
ゴブリンたちの住処は何もなかった。家はなく、地面に穴を掘ってねぐらにしているらしい。道具らしい道具も見当たらない。
ついでにゴブリンたちの姿も見当たらない。獣たちがぞろぞろやって来たから、怯えて穴に籠ってしまったらしい。地面のあちこちからこちらを伺う気配だけはする。
「取って食ったりしないから出て来い、出てこないと殺すぞ」
俺が命令すれば穴から小汚い小人みたいなやつらがわらわらと溢れ出てきたが、やっぱり恐いようで、一塊に身を寄せ合って俺を見上げてきた。
ゴブリンたちに名前はなかった。言葉は通じるが、知能はあまり高くないようだ。
長老みたいなよぼよぼのゴブリンに話しを聞けば、農業と言っても、食べられる草の種を撒いて生えてきたら食べる。半分くらいは次の種を収穫するのに取っておく。それだけだった。
「そのレベルね~、想定の範囲内」
前世でだって、麦とかは種撒いて放置して生えたら刈るだけという地域はあった。刈り取ってから脱穀したり粉にしたり色々加工する過程はあったけど、水田みたいに手間のかかる農業をしている地域の方が少なかったはずだ。
ゴブリンは不味いから他の種族に狩られることはなかったが、弱いので狩猟採集も困難、だから自力で食い物を育てる方法を編み出したらしい。
「とりあえず地道に植物育てられるだけ良し」
俺の考える文明的な魔界は力が弱くても使えるやつは住めるのだ。ゴブリンは今後農民として教育しよう。今のところ俺に農業の知識が無さ過ぎるからどうにもできないけど。
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