第7話

「ギルバンドラ様のもとへ下ります」

 流石は弱肉強食の世界、あれだけ偉そうだったザランも力を示せばあっさりと配下になった。ザランが下れば勝手に部下たちも俺に従う。


「うん、よろしく」

 上機嫌にそう言った俺はザランの鬣に埋もれていた。恭順を示したザランは、ごめん寝の態勢で大人しくしているから俺のやりたい放題だ。

 真っ赤な鬣は見た目ほど柔らかくなかった。一本一本はごわごわして固いけれど、手入れはちゃんとしているのか綺麗だし、大量の毛の上に寝転ぶとフカフカで気持ちが良い。


 ここでひと眠りしてもよかったけれど、忘れかけていた俺の第一子分どもが今頃のこのこやって来た。

「お見事でしたギルバンドラ様」

「俺はギルバンドラ様が勝つって信じてたっす」

「遠くからしっかり見守っておりました」

 口々によいしょよいしょするし、うちのボスどんなもんだいと獣たちの前で胸を張っているけれど、おまえらは草原の連中にビビッて遠くにいただけだろうが。


「言っとくけど、俺の配下でも実力主義は変わらないからな、先に子分になったからって優遇されると思うなよ」

 俺が背中から降りると、ザランは立ち上がり集まって来た雑魚を見下ろした。

 それだけで俺の第一子分たちは震え上がって平伏せた。相変わらず変わり身だけは一級品だ。

「わわわわかってますよザラン様は最強だ、魔王様の次に」

「我々はか弱いムシケラでございます~」

 ザランの部下たちにも睨まれて、雑魚どもは可哀想なくらいに縮こまっている。こいつらはここに何しに来たんだ。

 あまりに可哀想なので、俺は第一子分どもを連れて次なるボスを倒しに行った。




 次は魔界のだいたい中央に広がる沼地にいる幽霊シクランだ。

 ジメジメとした湿地帯は常に霧に包まれていて、寒いし薄暗いし、まさに幽霊の住処だ。住み着いているのも幽霊とか歩く骨とかゾンビとからしい。

 ここは薄気味悪く、食い物になりそうな魔物もいないから、他所から攻め込まれることもなかったという地域だ。

 だから、ボスであるシクランの実力は未知数。


「彼女は元人間ですじゃ、大昔に不死の呪いをかけられ、肉体が滅んだ後も魂がこの世に縛られているのじゃ」

 物知り爺さんのポロックが教えてくれたが、なんで呪いをかけられたのか、どんな力があるのかはわからないから、やっぱりこの爺さんの知識はあんまり役に立たない。


 シクランは沼地に入っても現れてはくれなかった。別に縄張り争いをするつもりはないらしい。

 霧の中ではカタカタと硬いものが動く音とか、ズルズルと何かが這い回る音は聞こえるけれど、気配があるだけで何にも遭遇しない。たまに霧の向こうにぼんやり光るものがふわふわ通り過ぎるのは、火の玉というやつだろうか。

 歓迎はされていないが、排除される気配もない。


「ここはいつもこんなもんですわ、骨もゾンビも外のやつらとは会いたくないみたい」

 肩に乗っているルビィが不快そうに眼を細める。黒猫の姿をしていれば俺が何も言わないと思って、地面を歩かずにずっと俺の肩に乗っている。

 気持ちはわかる。仕方なくシクランを探して霧の中を彷徨っているが、俺だって裸足なのだ。

 岩場や草原なら裸足でもよかったが、地面がべちゃべちゃの沼地は気持ち悪いし冷たくて、靴を履いていてもなるべく歩きたくなかっただろう。裸足で歩くなど以ての外だ。


 だから俺も、ピーパーティンを元の怪鳥の姿にさせて背中に乗っている。

 自分でも飛ぼうと思えば飛べるのだが、俺は魔王なのだから子分を遣うことを覚えていかねばなるまい。ザランの風格を見て思ったのだ。

 ボスを探しながらの移動だが、霧の中では見通しが効かないので、俺を乗せて地面すれすれをゆっくり低空飛行しろと言ったのに、ピーパーティンはそれは無理だと言うから、地面を歩いている鳥の背に乗っての移動になった。

「揺らすな」

「無茶言わんでください」

 泥の上をべちゃべちゃ歩くピーパーティンの背中は、羽毛がモコモコしている以外は乗り心地が最悪だ。

 しかし、他のやつは俺を担げそうになかったり、形状が気持ち悪くて乗りたくないやつばかりだ。今度から背中に乗るならザランを連れて来よう。


 しばらく霧の中を彷徨っていると、大きな水溜まりのような湖があった。そのほとりに奇怪にねじ曲がった大きな柳の木が、だらりと枝を垂らしていた。

「おお、幽霊いそう」

 そう言った途端、本当に柳の枝の下にゆらりと幽霊が現れた。

 俺が呼んだわけではない。たぶんここが彼女の住処なのだろう。


「静かな霧を荒らすのは何者?」


 鈴を鳴らすような可愛らしい声が響いた。しかし、抑揚がなく、まるで人の声には聞こえない。綺麗な声なのに気味の悪い不自然さがある。

「おまえがシクランか?」

 湖の畔に丁度良い岩があったので俺はそこに上った。これなら泥で汚れないと思ったが、岩肌は霧でひんやりしていて裸足にはちょっと冷たい。

 しかし、戻ろうにもピーパーティンは俺を下ろした途端そそくさと湖から距離をとったし、ルビィもちゃっかりピーパーティンの頭に乗り移って一緒に避難している。

 他の奴らも一様に離れたところから「応援してますよ」という顔をしているが、俺を手伝う気はないらしい。


「そう、私はシクラン、沼地の王と呼ばれている、あなたは先ほど生まれた強いものだな」

 枝の影からひらりと出てきたシクランは、真っ白いベールを被り、古めかしい真っ白なドレスを着ていて、一見すると美しい花嫁だ。でも、よく見ればドレスの裾はレースではなく破れてほつれているだけだし、ベールに見えたのは異様に長く白い髪の毛だ。

 外見は人間の女性で、角度によって若く美しく見えたり、骸骨のようにやつれた老婆にも見える。

 黒い湖面の上に音もなく浮いている姿は、まさに絵に描いたような幽霊だ。


「俺は魔王ギルバンドラ、この国の王だ」


「あら、魔王なんて久しぶり、千年ぶりくらいか、懐かしい、煩わしい、とても不愉快だ」


 シクランの少女のようだった声はだんだんと年老いていく。縄張り争いをする気はないけれど、黙って縄張りを明け渡す気もないらしい。

「不愉快でも俺はもう生まれちゃってるからな、不満があるなら相撲で決着付けよう」

 相撲を申し込むのも慣れてきた。俺は言うのと同時に結界を展開して土俵を作った。

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