第4話 怖い人

 追い剥ぎ騒ぎがあった日、なかなか眠りに就けず、真夜中に目を覚ましたマックスは、礼拝堂に向かう渡り廊下を就寝した姿のままトボトボと歩いていた。


「どうしたね、マックス。」

 ベンチに座るブラザーヨハンソンが静かに声をかける。


「お兄ちゃんがいないの。」

 マックスは、寝ぼけているのか少し愚図るように答えた。


「ソニーなら、2時のお祈りの為に、さっき礼拝堂に入ったから心配いらないよ。」

 ブラザーヨハンソンは、優しく答え、マックスの頭を撫でた。

「さぁ、安心してベッドにお戻り。すぐにソニーも戻るよ。」


「本当に?怖い人いない?」

 マックスは、目をこすりながらブラザーヨハンソンの服を掴む。


「あぁ、いないよ。ここには神様がいらっしゃるからね。大丈夫だよ。」

 ブラザーヨハンソンは、マックスの背中を撫でベッドに戻るように促した。

 マックスは、またトボトボとベッドがある部屋へと歩き始めた。



 詩篇の唱和が、静かな夜に心地良く響いている。



「修道院にお泊まりの方かね?」

 渡り廊下のベンチに座るブラザーヨハンソンが、声をかける。


 礼拝堂からの詩篇の唱和が、まだ続いている。渡り廊下には、今はブラザーヨハンソンと渡り廊下の外にいる知らぬ男だけだった。


「はい、眠れないもので、……美しい詩篇の唱和に惹かれて来てしまいました。」

 男は、ブラザーヨハンソンの目が見えないのに気が付くと、渡り廊下に近づき始めた。


 ブラザーヨハンソンは、ゆっくり立ち上がった。


「いけないよ。神は今、神の子供達の声に耳を傾けている。」

 ブラザーヨハンソンは、杖を付きながら、渡り廊下を上がろうとしている男に近づく。



 男は、苦虫を噛み潰したような顔を目の見えないブラザーヨハンソンに向けながら剣の柄を掴んだ。


 渡り廊下を降り立つと、礼拝堂の横にある高い壁との間には、旅の者が宿泊出来る施設へと続く道が、修道院の門から続いている。


 すでに、門は午後6時に閉ざされ、起きているのは、午前2時のお祈りをする者達だけだ。




 ブラザーヨハンソンの前に来た男は、剣を引き抜こうとしたが出来ず、地面にゆっくりと崩れ落ちた。



 宿泊施設の方から、ひとりの男が慌てた様子で、ブラザーヨハンソンに駆け寄り、小さな声で話した。

「申し訳ございません。1人取り逃がしたようで。」


「老体に無理をさせんでおくれ。」

 ブラザーヨハンソンは、細く短い剣を持っていた。


「目は効かないのでね。私に血は付いているかね。」

 ブラザーヨハンソンの問いに、男は失礼と言いながら、剣に付いた血を拭き、剣を鞘に戻すと、さっきまで使っていた杖となった。


「服は大丈夫でございます。」

 男の声に、ブラザーヨハンソンはため息をつき、手に持っていたブランケットを男に渡した。


「お気に入りのブランケットが、返り血で駄目になってしまったよ。後の始末を頼む。」

 ブラザーヨハンソンは、ブランケットを男に渡すと、渡り廊下のベンチに戻って行った。




「ソニー、マックスが寝ぼけてここまで来て、君を探していたよ。早く戻っておやり。」

 ブラザーヨハンソンは、礼拝堂から渡り廊下を歩くソニーに声をかけた。

 ソニーは、すぐ戻りますと足早に立ち去った。


「やぁ、ブラザーキンブル、神との対話は良きものだったかね。」

 渡り廊下のベンチに座る、ブラザーヨハンソンの横に、ブラザーキンブルが座った。



 血の匂いがするな。

 ブラザーキンブルは、渡り廊下の前にある、いつも通りの何も無い外とブラザーヨハンソンを見た。


 やはり、只者ではないか…。


「ここで神と対話出来ましたか、ブラザーヨハンソン?」


「あぁ、もちろんだよ。神は、いつでも私達神に仕える者達と共にいる。」

 ブラザーヨハンソンは、ゆっくりと立ち上がり、杖を突きなから寝所に戻るよとブラザーキンブルに伝えた。


「杖など持っていたのですね。良い杖だ。」

 ブラザーキンブルは、ブラザーヨハンソンの後ろ姿に声をかける。


「施設にいた方が亡くなってね。頂いたんだよ。良い杖で、とても便利だよ。」

 ブラザーヨハンソンは、振り向く事無く、杖を振るとまた杖を突きなから歩き出した。



「……誰付きかな。」

 ブラザーキンブルは、杖の突く音を聞きなから呟いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る