このイカれた世界に、祭りは燈るか?《甲》

松葉たけのこ

このイカれた世界に、祭りは燈るか。


 僕たちは、いつから大人になったのか。

 俺たちは、いつから子供をやめたのか。


 どちらにもなれなければ、ダメだ。

 きっと社会に殺される。


 暗闇に沈む街の中、紅葉溢れる公園。

 赤い紅葉が散らかって、敷き詰められた、その地に足を付けて歩く男。

その赤い地の上には、散らかる紅葉の他に、その男と寂れたベンチ。

赤い紅葉、黒いジャケットに白いワイシャツの男、緑色のベンチ。


 あとは、色とりどりの屋台、その残骸。

 祭りの後に残った、幸せの跡だけ、ポツリ。


 男は思う。


 この公園の祭りは1日目が終わった所だろう。

 屋台は2日目の為に残されているのだろう。

人の気配はすっかりと無くなっている。

なのに、小型の携帯発電機が回っている音はするが、撤収作業の不備だろうか。



「少し遅かったな……」



 男は、台詞を吐く。

 冷たくなった息と共に、言葉が空に昇る。

何も成さずに、宙へと消え入る。


 男は、ふとベンチに腰を下ろす。

 ベンチは金属製で、夜の冷たさが染み込んでいる。

なのに、男は、妙な居心地の良さを感じた。



「何だかなぁ……」



 ため息がポツリと出る。

 男は、この祭りを楽しみにしていた訳ではない。

それどころか男は、この街に馴染みが無かった。

なのに、祭りの跡に、哀愁を感じるのは何故か?


 男は、遠くの街からやって来たところ。


 休む暇も無く働き、サボる事もせずに務めた。

 それなのに、男は“弾き出された”のだ。


 その原因は何だったか。

 曰く――彼が、大人に成り切れなかったから。



「大人って何だよ。何で――」



 呟く男。

 それを、背後から木枯らしが撫でる。



「何で、こんなところが“待ち合わせ場所”なんだ」



 止まない晩秋の風。

 その冷たい風と共に、何かが飛び出てくる。

小さな子供。どこか見覚えのある目をしている。



「おじさん、誰?」

「それはこっちの台詞だよ、クソガキ」



 おじさん。

 男はそう呼ばれて、瞬間的に口悪く返してしまった。

まずいと思ったが、取り消すだけの気力も無い。

どうせ、男にとっては、知らない街だ。


 そして、知るまでもない街だ。



「他人に名前を聞くのなら、まずは自分が名乗れ」

「僕? 僕はヒーローだよ! 悪者をぶっ飛ばすんだ!」



 子供は腕をクロスさせ、斜め上を見る。

 多分、流行りの特撮か何かの真似だ。

男は鼻で笑った。



「なんで笑うんだよっ!」

「いや、だって――バカバカしくて」



 最初は小さく笑い、次第に大きく笑い出す。

 なぜ左遷されたのかを思い出しながらも、笑う。


 会社ではイジメが横行していた。

 割と、どこにでもある話だ。


 先輩社員が新入社員を指導ついでに殴る、蹴る。

 時代錯誤も甚だしいが、年功序列を盾にした後、抵抗できない相手をサンドバッグにする。

男だろうと女だろうと、ボコボコだ。


 相手が女ならば、暴力の種類が変わるだけ。


 割と、仕方のない話だ。


 社会というのは理不尽。

 それを割り切るのが社会性である。

社会性を持った“大人”になるには、犠牲が必要だ。

感情を割り切るという犠牲が。


 けれど、男には、それが出来なかった。



「バカバカしくなんかないぞっ!」

「いや、バカバカしいだろ。ヒーローなんて……」



 子供へと返事をする男。

 その男のジャケットのポケットが震える。

スマートフォンのバイブレーション機能だ。

ポケットに入れた携帯が、通知してきた。

新着メッセージが届いた事を知らせた。



『安楽倶楽部:他メンバーは揃いました。あなたは今、どこですか?』



 ロック画面でメッセージの内容を確認する。

 それで、男は溜め息を吐く。


 男は天へと昇る為、この街にやってきた。

 要は、自殺する為に、この公園に来た。


 インターネット、SNSで安楽倶楽部なるコミュニティを発見したのが半年前の事。

 何とは無しにチャットを交わす内、その倶楽部の本来の“活動”に勧誘された。

その倶楽部活動の内容とは、共に特定の場所へと集い、最後には、自殺すること。


 いわゆる集団自殺の為のサークル。

 それが安楽倶楽部の正体だった。



「ヒーローなんて、誰にも望まれてない」



 小さな子供に何を言っているのか。

 男は俯いて、手を組み、祈るように呟いた。



「世界ってのは、“悪者”が回すのさ」



 少年はそれを聞く。

 そして、男へと聞く。



「おじさんにとって、セカイってそんなのなん?」

「おじさんの世界では、そうなの」

「ふーん……」



 木枯らしが吹いて、子供の髪が靡く。

 小さな声が男の耳に届く。 



「そんな世界――放っていけば?」



 ぱっと、辺り一面が明るくなる。

 祭りの屋台だ。

あの祭りの残骸共に明かりが燈った。


 多分、トラブルか何かだろう。

 発電機が回ったまま放置されていたから、きっとそれが原因だ。



「ふっ……ふふっ……はははははっ」



 掠れた声で笑う。

 それから、男は――俺は後ろを見る。

けれど、子供はいない。


 どこか見覚えのある目をした子供。

 俺も、昔はあんな目をしていたか。



「……馬鹿みてえだ」



 木枯らしは収まっている。

 世界は、再び暗がりに戻っていく。

暗く、静止した世界に。



「放って、いくか」



 男はスマートフォンに目を落とし、呟いた。

 彼の世界は、今日死んだのだ。

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