第14話 ハッキリ言ってください

 「早速To Doリストの効果を体感頂いた先輩に次にご紹介したいのがコチラっ」


 ご飯を食べ終わった僕らは夢咲が追加で注文した爆盛りポテトフライをつつきながら次なる課題解決に向けて話し合っていた。

 果たしてポテトはデザートなのだろうか?


 「なんか深夜の通販番組みたいだな」

 「同じ映像をずっとリピートで垂れ流してるだけの番組と私を一緒にしないでください!」

 「多方面から苦情が来そうだから今のうちに謝っておこう?」


 夢咲は僕の忠告も聞かずにそのまま紹介を続ける。


 「先輩、もしかしてお客さんに何かを回答するときに出来ないことも無理して『頑張ります』とか言ってないですか?」

 「それは確かにあるかもしれない」

 「でももう大丈夫。そんなあなたにはコレ!」

 「どれ?」


 「『いい人』をやめることです!」


 「はい!?」


 「先輩はすごくいい人です。優しくて真面目で一生懸命で、先輩のそんなところ、私はとても好きです」


 ちょっと待って、しれっと好きって言われたぞ。まぁもちろん性格に対してなんだろうけど……

 でもそもそも僕はそんな風に賞賛されるほど出来た人間じゃないぞ。


 「それはさすがに褒めすぎだよ」

 「そうですか? 私は本当にそう思ってますよ。でも先輩はおそらく仕事においても同じように『いい人』であろうとしてませんか?」


 夢咲の指摘は恐らく当たってる。でも社会人であり営業マンである以上、それは仕方がないのでは?


 「そりゃ僕も営業だし、やっぱり失礼のないようにとか、不愛想にならないようにとかは気にしてるつもりだよ」

 「その考えは正しいと思います。でも私が言いたいのは、出来ないことに対しても無理やりイエスで答えてないかということです」

 「つまり僕はイエスマンだと」

 「端的に言えばそうなります」


 イエスマンってあまりいい響きではないよな。

 でも夢咲の言う通り僕は基本的に客先や上司、社内からの依頼や指示に対してはなるべく頑張って応えたいと思ってる。果たしてそれは間違っているのだろうか。


 「でもさ、もし仮にその無理をやめたらそれはそれでやる気が無いと思われるんじゃないの?」

 「確かに厳しい内容でも対応せざるを得ない状況もあります。例えば物凄く緊急の案件だったり、トップダウンでの指示だったり。でも逆にそういうイレギュラーな時以外は案外逆効果だったりするんです」

 「うーん。具体的にはどういうこと?」


 僕が尋ねると夢咲はその表情を艶やかなものに変えてこう言い放った。


 「先輩、さっき私の身体のこと想像してましたよね?」


 「えっ!?」

 さっきのこと、実は結構根に持ってたり?

 というかなんでこんなタイミングで掘り返すんだ? 


 「私が最初に『見たいならハッキリ言ってください』って言った時、先輩はどんな想像をしました?」


 (そんなこと真面目に聞かれても……)


 「いいから答えてください。怒りませんので」


 「その、夢咲が裸を見せてくれる想像をしました……」

 「それは先輩にとって魅力的だったんですか?」

 「そりゃまぁ……」


 夢咲の顔はみるみる紅潮し、豚チゲうどんと同じくらいの色に変わっていった。

 彼女の可愛らしくて形のいい耳も真っ赤だ。


 「自分で聞いといて照れないでよ」

 「だって……」


 夢咲は火照った顔を冷ますかのようにドリンクバーのウーロン茶を一気に流し込み、その姿勢と表情を正した。


 「すみません、本題に戻りましょう」

 「なんかごめん」

 「いえ、大丈夫です。それで先輩、そのあとに私が水着で入れる温泉を提案したとき正直どう思いました?」


 水着で温泉って聞いて……これって僕が仕事で『いい人』になっちゃうって話と何か関係があるのか?

 そんな疑問が浮かぶが、ここはとりあえず夢咲の質問に答えておく。


 「うーん、正直いうと少し残念というか、肩透かしを喰らった感じだったかな」

 「ですよね。でも実はこれが先輩が仕事でやってしまっていることなんです」


 え、どういうこと?

 僕はお客に水着も裸も見せないよ?


 「先輩は最初に魅力的な言葉を聞いてそれに期待した。でも蓋を開けてみるとそれは期待していたものとは違った。これってちょっとがっかりしませんか?」

 「確かにそう言われてみると……」

 「更に言えば、もしこの順番が逆だったらどうですか?」


 (もしこの順番が逆だったら……)


 ――今日は夢咲と水着で入る混浴温泉デート。


 更衣室を出た僕は夢咲の水着姿を想像しながら待っていた。きっと夢咲は可愛い系に違いない。しかしやってきたのはその想像をいい意味で裏切る大人の魅力を兼ね備えた彼女だった。


 「先輩、どうですか?」

 「う、うん。すごく、似合ってる……」


 それからしばらく温泉ではしゃいだ僕ら。一緒に夕食を取り終えて駅へと向かう途中、夢咲は意味ありげな上目遣いとともにこう言った。


 「ねぇ、先輩。このまま帰っちゃうのって寂しくないですか?」


 こうして僕らは心だけでなく身体の距離さえもゼロになったのであった――



 「って先輩っ! そこまでじっくり妄想してとは言ってませんっ!」

 

 おっと、ご本人様登場だ。

 僕の意識はようやく目黒のガトスに帰ってくる。


 「ごめん、つい……」

 「もう。まぁいいですけど。それで妄想の結果どっちの順番の方が良かったですか?」

 「正直水着からホテルの流れの方がよかったよ」

 「……先輩の妄想の中ではホテルまで行っちゃったんですか?」

 「うっ」

 「まぁ妄想は自由ですから止めませんけど。ただし、初めてはちゃんとロマンチックにお願いしますね、先輩?」


 ん? それはご要望承りましたと返していいのだろうか?


 「でも、これでわかってもらえたと思いますけど、先輩がお客さんなり上司の方に対してやってるのは前者の方です。期待値を上げておいて落とす。これは受け手からしたらがっかりですよね?」

 「まぁ確かにその通りだと思う」

 「ですので、最初からいい顔をせずに難しいことは難しいとちゃんと伝えることも大事なんです」

 「でもそれじゃ相手は怒らない?」

 「そうかもしれませんが、結局出来なければそれでまた怒られてしまいます。でしたら、先に相手に難易度や工数をきちんと伝えて理解してもらい、現実的な回答をする方が相手からしてもメリットがあります」


 「相手も先にワーストケースが想定できるってこと?」

 「その通りです! 先輩さすが飲み込みが早いですね!」


 いや、それは夢咲の説明が上手いのと、僕のモチベーションの上げ方をよく知ってるからだよ。ちょっと悔しいから本人には言わないけど。


 「そのうえで最初に伝えた内容よりもちょっといい対応をしてあげればもう完璧です!」


 「つまり水着で一緒に温泉に行ったらちょっとラッキーなハプニングがあったみたいな」


 「……その例えはちょっとどうかと思いますが、まぁその通りです」


 僕としては結構良い例えだと思ったんだけどな。

 

 「でも凄くわかりやすかったよ。最初は慣れないかもしれないけど、挑戦してみるよ」

 「おぉ、先輩すごく前向きですね。とてもいいと思います!」

 「だって夢咲にここまで教えてもらったんだから」

 「そう言ってもらえると嬉しいです! 私が先輩と一緒にいる意味があったなって思えてきますね」


 このあと僕らはちょっとした雑談をしたりしてこの日の定例会議を終了した。

 今日は夢咲が支払いをしたいと申し出てきたが僕は頑なに断った。だって彼女は僕の為に時間と労力を費やしてくれてるんだから。


 「すみません、今日もご馳走になっちゃいまして」

 「こういう時くらい先輩面させてよ」

 「ではお言葉に甘えちゃいますっ」


 夢咲のその笑顔で、もはやおつりが来てしまう。


 「そういえば先輩、明日は予定空いてますか?」

 「え、早速温泉に行くの?」

 「すみません、それはもう少し先でお願いします」

 「さっきの流れからてっきり温泉かと」

 「それには色々と準備が必要なんですっ!」


 うん、詳しくは聞かないでおこう。きっと女の子は色々と大変なんだろう。


 「それでですね先輩、明日は映画を観に行きませんか?」

 「映画?」

 「はい、映画館デートです!」


 こうしてまたしても夢咲にリードされる形で二回目のデートの予定が決まったのだった。


 (あ、そういえば服どうしよう……)

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