第15話 B級じゃないですよ?

 「先輩先輩っ!」

 「なんだよ、そんなに引っ張るなって」

 「だって今日は映画館デートですよ? はやく行きましょっ」

 「わかったからそんなに焦らなくても……」


 土曜日、昼下がりの新宿。

 向日葵のような微笑みで彼の手を引っ張る茶色いショートボブが似合う小柄な女子と、それに振り回されるけどまんざらでもなさそうな男子。

 傍から見れば微笑ましいカップルのデートだろう。


 しかしその実態は自殺できないサラリーマンと謎の終活コンサルタントである。


 「それにしても先輩、やっぱりその服に合ってますね!」


 無地の白Tに濃紺のジーンズ、それに鮮やかなオレンジ色をした薄手のカーディガンを組み合わせたその服は、先週夢咲にコーディネートしてもらったものだ。


 「ありがとう。でもこれしか着ていける服がなくてごめん」

 「いえ、いいんですよ。私が選んだ服を着てきてくれるのはやっぱり嬉しいですから」

 

 夢咲のこういうところがいちいち優しくて、家でさんざん悩んでいた僕がバカみたいに思えてくる。


 「でもやっぱり少し暑いね」

 「確かにそうですよね、もう来週から五月ですからね」

 「そろそろ夏用の服も買わないとな」

 「先輩、服を気にするようになったんですね!」

  

 (そりゃ誰かさんがこうして誘ってくれるようになったからだよ)


 「まぁ家にある服を改めて見てみたらだいぶ着古しちゃってるなぁって思って」

 「じゃあよければ今日も少しお買い物しましょう」

 「あぁ、またコーディネート頼むよ」

 「はいっ! お任せください!」


 もし夢咲に名刺があるなら終活コンサルタントの後ろにファッションアドバイザーとでも付け加えておこう。


 「それで今日はなんの映画を観るんだ?」

 映画館に着いたはいいが、肝心なことにまだチケットも取っていない。


 「それなんですけど、候補が二つあって先輩と一緒に選びたいなって」

 夢咲はスマホで動画サイトを開くと、僕の左耳にイヤホンを差し込んで予告編を見せてくれた。

 彼女の耳に合わせたイヤーパッドのせいか僕の耳にはあまりフィットしなかったが、軽く映像を観る分には十分だろう。


 「一つ目の候補がこれです」


 そういって夢咲はお気に入りリストから動画を再生し始める。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 ――全米を震撼させたあの映画がついに日本上陸!


 「ねぇ、知ってる?」

 「え、なに?」

 「旧校舎4階の廊下。出るらしいよ……?」


 夏休みの直前。耐震偽装問題が発覚した旧校舎で補強工事が行われることになったため、僕たちは業者が入る前に大掃除をすることになった。

 『4階の廊下を端から端まで雑巾がけすると幽霊が出る』なんて噂があるけど誰が信じるか!

 僕らはちょっとふざけながらも一生懸命雑巾がけをした。


 掃除を終えた僕らは、誰が言い始めたのか肝試しをすることになった。

 警備員の目を盗んで僕らは夜になるまでトイレの掃除用具入れに隠れた。


 まさか幽霊なんて出るわけがないだろ?

 しかしそんな僕らの前に現れたのはなんと……


 「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 オジサンだった!?

 

 「ねぇ、オジサンはこんなところで何してるの?」

 「それはね、大事なものを探しに来たんだ」

 「大事なもの?」


 夜も更ける旧校舎で過ごすオジサンとの時間。

 なんだ、やっぱり幽霊なんていないじゃないか。

 しかしそんな矢先。


 「ソレヲワタセッ!」


 突然現れた黒い影に僕らは必死で逃げ惑う。

 あいつらは何なんだ! 何でオジサンの大切なものを狙うんだ?


 「オジサン、それってそんなに大事なの?」

 「あぁ。これは俺が生きた証さ」

 「じゃあ何としても守らなきゃね!」

 

 こうして始まるオジサンと僕らの脱走劇。

 やつらに負けてたまるか! 僕たちはここから無事に抜け出すんだ!


 「でもオジサン、なんで体が透けてるの?」


 怖いのは幽霊か、それとも果たして人間か!

 衝撃のラストがあなたを襲う!



 『ゾーキン The Movie』


 前売り券を買うと、今なら雑巾ストラップをプレゼント!


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 「どうです先輩? めっちゃ面白そうじゃないですか?」


 (おいおい、これどう見てもB級映画じゃないか! てかそのストラップどこに需要があるの!?)


 「一応聞くけど、これってホラーだよね?」

 「いえ、ヒューマンドラマです」

 「え!?」

 なんだかもう訳が分からなくなってきた……


 「そもそもなんで日本の映画なのに全米が震撼してるの? 逆輸入なの?」

 「なんかハリウッドに企画を持っていたらみんな震えてたらしいですよ」

 「それ失笑じゃなくて? しかも『The Movie』ってことはドラマシリーズもあったの?」

 「それはその方が響きがいいから付けただけだそうです」


 (これはやめておこう。地雷臭がプンプンする)


 

 「ちなみにもう一つの候補は?」


 まさかこっちもB級じゃないだろうな。

 僕は半ば諦めながら夢咲にもう一つの方の映画予告を見せるよう促した。


 「ちょっと待ってください。……はい、再生しますね!」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 ――西暦2038年、日本。


 身の回りにある様々なものが当たり前にインターネットに繋がるようになった時代。高度に情報化が進んだこの国では各国民に割り当てられた個人番号「マイナンバー」が命と同じくらいの価値を持つまでになっていた。

 生まれてから死ぬまで、手続きという手続きほとんどがこのマイナンバーで行われる。


 しかしその便利さとは裏腹に、情報犯罪の手口も高度化していた。


 〈マイナンバーの脆弱性露呈か。果たして対策は?〉

 〈またしてもマイナンバー流出。政府は緊急対策を発表〉

 〈マイナンバー悪用により被害者死亡。殺人罪適用も視野に?〉


 そんなニュースを嘲笑うかのように眺める男がいた。


 「シン」と呼ばれるその男。

 彼の特殊能力にかかれば盗めない情報モノなんて何もない。


 しかし、そんな彼にも唯一盗めなかったものがある。


 「神野かんの優里奈……なぜ君のマイナンバーは俺に見えないのだ!」


 シンは彼女のマイナンバーを手に入れるべく奔走するが……


 「私のマイナンバーを盗もうとしても無駄よ?」


 何故だ! 俺に手に入れられないものなんてっ!!


 葬り去られた「シン」の過去。

 神野優里奈に隠されたとある秘密。


 それらが解き明かされるとき、奇跡は起こる。



 『マイナンバー・ユアナンバー』


 ――私の心、あなたに盗めますか?


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 「どうですか? こっちも面白そうじゃないですか?」


 (おっ、こっちなんだか面白そうじゃないか)


 「これちょっと面白うそうだな」

 「先輩はこっちが見たいですか?」


 (そりゃ『ゾーキン The Movie』は選択肢に入らないでしょ……)


 「うん、これにしよう」

 「はいっ、じゃあさっそくチケット買いましょう!」


 券売機の列に並んだ僕らは、手を繋ぎながら順番を待つ。

 

 「あ、そこ空きましたね!」


 やはりこうしてデートしていると本当のカップルなんじゃないかと思えてきてしまう。


 「先輩は真ん中と端っこどっちがいいですか?」

 「僕はトイレが近いから通路が近い方がいいかな」

 「わかりました。まとめて買っちゃいますね!」


 チケットを買うその間も僕と夢咲の手は繋がれたままだ。

 相変わらず恋人つなぎではないけど、逆にそれが少し照れくさかったりもする。


 (夢咲って案外しっかりしてるし、年下にリードされるってのも悪くないのかもな)



 「すみません、間違えて『ゾーキン The Movie』買っちゃいました……」



 ダメだ、やっぱり僕がもっとちゃんとしなきゃ。

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