第13話 癒しの定例会議

 「先輩、お疲れ様ですっ!」


 金曜日の20時。僕たちは再び目黒駅のガトスに集まっていた。

 今度は遅刻せずに間に合った。


 ちなみに声の主は今度こそ夢咲だ。決して田中ではない。


 「お疲れ、今日はちゃんと間に合った……ってあれ、夢咲もう頼んでるの?」


 早く着いたので先に入ってますねと言っていた夢咲だが、テーブルには既に爆盛りポテトフライが先ほどまで乗っていたであろう空の皿が残されている。


 「はい、お腹空いたので先に頼んじゃいましたっ」


 相変わらず満面の笑みで答える夢咲。

 前回も一人で二皿食べてたし、よほど爆盛りポテトフライ好きなんだな。

 

 夢咲の向かいの席に腰掛けると僕はタッチパネルを取り、目玉焼きハンバーグを注文した。


 「あ、先輩! 私、豚チゲうどんのライス付き食べたいです!」


 「え、ライス付き?」


 爆盛りポテトフライを一人で完食したあとに、うどん、ごはん……

 いや、指摘したら怒られそうだから止めておこう。


 「はい、これ〆にご飯入れると美味しいんですよー」


 夢咲って本当によく食べるよなぁ。それも美味しそうに。

 それでいて全然太ってないのが奇跡だよな。

 むしろ全体的に華奢で細い感じなのに決してガリガリではなく程よい肉づきというか。


 まぁ服の上からしか見たことないから全部想像でしかないけど……



 「あれ、先輩? またなんか変なこと――」

 「はいよ、ライス付きね。了解ー!」

 「あ、はい。ありがとうございます」


 よし、今回は勝ったぞ。

 メニューを探すふりをしてごまかす作戦大成功!

 夢咲って案外押しに弱いし、こうして流れで――



 「で、先輩はいったい何を考えてたんですか? ねぇ、せ・ん・ぱ・い?」



 夢咲の勘の良さに俺はまだ勝てなかった。

 かつてないほどに小悪魔的な顔でこちらを覗き込む夢咲に観念した僕は全てを吐き出した。


 「はぁ、やっぱりそういうこと考えてたんじゃないですか……」


 「ごめん、つい……」


 「……もう、見たいならハッキリそう言ってくださいよ?」


 「……え?」


 今なんて言った?



 「ということで今度は水着で一緒に入れる温泉に行きましょう!」



 「あ、そういうことね」


 てっきり今夜は私を帰さないでくださいとでも言われるのかと思った。

 まぁ、言われたら言われたでどう反応していいか困るから良かったんだけど。


 「そんな露骨に残念がらないでくださいよー! 水着ですよ、水着!!」


 「水着ねぇ」


 夢咲はどんな水着を着てくるんだろうか。

 身長はそんなに無いからあまりセクシー系ではないだろうな……

 するとビキニよりもワンピースとかセットアップみたいなやつだろうか。


 最近海とかプールとか行ってなさ過ぎて水着のトレンドとか全然わからん。

 SNSとかで芸能人とかが表現しにくいような形のハイセンス水着をアップしたりもしてるけど、果たしてそういうのはそこらのプールとかで着てる人はいるのだろうか。


 「どうです、ちょっとは興味湧いてきましたか?」


 「夢咲はどんな水着が似合うんだろうとかちょっと考えてた」


 「おぉ、それはありがとうございます。水着楽しみにしててくださいねっ!」


 「わかった、楽しみにしておくよ」


 「はいっ! 約束です!」


 こうしていつのまにか夢咲と水着デートの約束を取り付けてしまったのだった。

 それにしても僕も気付けばデートって言うようになってしまったな。


 まぁ今は深く考えるのは止めておこう。あくまで便宜上「デート」としたんだ。


*


 「それで先輩、今週一週間はどうでしたか?」

 豚チゲうどんの湯気の向こう側から夢咲が尋ねてくる。


 「今週もやっぱりずっと怒られてたよ」


 月曜日に課長とお昼を食べた後、今度は僕が注文書を止めてしまっていた件を報告した。

 そしたら何でそっちを先に言わないんだとめちゃくちゃ怒られた。

 お昼はあんなに上機嫌だったのに……


 でもアシスタントも総出で調整してくれて、なんとか客先のデッドラインぎりぎりには間に合わせることができそうだ。


 それからもお客さんや社内からの催促やら、報告書の誤字脱字、会議室の予約漏れなど色々と怒られてばっか……だったんだけど。


 「まぁそれでも前よりは少し進んでる気がする。大きな課題も解決できそうだし」


 「よかったぁ。でも一週間でそれを実感できるのは凄いです! あ、先輩。ちょっとこっちに顔を寄せてもらえますか?」

 

 「え、こんな感じ?」

 僕は言われるがままに腰を折るような感じでテーブルの上に顔を突き出した。


 「先輩。今週も一週間、お疲れさまでした」

 そういって夢咲は僕の頭を撫でる。そういえば先週も同じことされたな。


 「夢咲、恥ずかしいって……」


 「そんなこと言わずに、今は甘えてください」


 僕は眼下に豚チゲうどんを眺めながら夢咲のあたたかな優しさに浸っていた。

 相変わらず彼女の手は小さくて柔らかくて気持ちがいい。


 「はい、お時間でーす」

 「相変わらず切り方が雑だな……」

 「ちなみに5回受けると延長券がもらえます」

 「なにそのマッサージ屋みたいなシステム」

 

 でも本当に凄いのは夢咲だよ。

 だって僕だってこんなにタスクが進むなんて思ってなかったんだから。

 

 僕はそっと心の中で彼女に感謝を告げる。


 (ありがとう、夢咲)

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