第9話 おみくじバトルです!
階段を上り一礼してから山門をくぐるとそこには厳かな空間が広がっていた。
「やっぱりこういう場所は雰囲気が違いますね」
「確かに」
僕はこういっては何だがあまり信心深い方ではない。
それでも寺社仏閣特有の空気感みたいなものは結構好きだったりする。
ちょっと背筋を伸ばした僕らは再び歩き出した。
途中、
夢咲と二人並んで賽銭箱に小銭を入れ、静かに手を合わせて祈る。
(僕の残りの人生が少しでも良いものでありますように)
僕は自然とそう祈っていた。
絶賛終活中の僕だが、すぐにこの世から去れる訳ではない。むしろその為の終活だ。
だからせめてその日までは少しでも心穏やかに暮らしたい。
静かにそう願った。
目を開けると夢咲はまだ祈りを続けていた。
いつにもまして真剣なその横顔はやはりすごく綺麗だった。
すると夢咲はゆっくりと直り、静かに目を開ける。
「……先輩、もしかしてずっと見てました?」
「い、いや。僕も今まさに終わったところだよ」
「……ホントですか?」
「ホントにホントに」
「怪しい……煩悩退散!!!!」
後ろに人が来たので茶番も早々に僕らは脇へと逸れた。
夢咲と出会ってからたった数日なのに今やこんなにも自然にふざけあっている。
こんな僕に神様(いや、ここでは仏様か)がくれた最後のご褒美なのだろうか。
(……どうか夢咲がこの先も笑って暮らせますように)
*
「先輩、お寺に来たらやるべきことがありますよね?」
夢咲が僕の顔を覗き込むように尋ねてくる。
「え、もう拝み終わったし後は……お守りとか?」
「それもいいですけど、やっぱり……」
「やっぱり?」
「おみくじバトルですっ!!」
ということで、社務所でお金を払った僕らはおみくじを引くことになった。
「いいですよねー! この木箱でくるくる回すタイプのおみくじって」
「まぁ確かにこっちの方が本格的だよね。昔はちっちゃいお守りみたいなのが付いてたりする方が好きだったけど」
「ありますよね! 私もお財布の中に金色の亀いますよ」
「そりゃまた縁起のいいこと」
そして僕らは順番に木箱を振って自分の番号を確認し、それぞれ番号の棚からおみくじを取り出す。
「先輩、まだ見ちゃためですよ」
「わかってるって」
「じゃあいきますよー?」
「「せーのっ」」
<凶>
僕の引いたおみくじには間違いなく、最悪の運勢を表す凶の文字が記されていた。
「先輩先輩っ! 見てください、私大吉です!!」
夢咲が満面の笑みで語りかけてくる。
さすが夢咲だ。君にはその笑顔と大吉の文字がよく似合ってるよ。
それに比べて僕は凶。
ここ最近夢咲のおかげで少しマシになった気がしてたけど、おみくじが改めて今の僕の状況を客観的に教えてくれた。
凄いな。おみくじって当たるもんなんだな。
上司や客先だけじゃなく、ついに天にまで見放されたか。
「先輩……大丈夫ですか……?」
気付けば夢咲がそんな僕の様子を見て顔を蒼くしている。
大丈夫だよ。君は僕にかまわず笑顔でいてほしい。
「うん、大丈夫。ただやっぱり僕にはこれがお似合いだったみたい」
そういって凶と書かれたその紙を彼女に渡す。
「先輩……ふふ」
夢咲はそんな僕の様子を見て笑う。それは微笑みではなく声になった笑いだった。
「……なにがそんなにおかしいのさ」
「先輩、大丈夫ですよ」
「大丈夫って何が?」
「このお寺のおみくじ、凶めっちゃよく出ますから」
「え?」
「ここのおみくじ、凶が三割らしいです」
「…………多すぎじゃない?」
なんとなく凶って一、二割くらいかと思ってた。
「でも、ここのおみくじは元祖おみくじだそうですよ!」
おみくじに元祖も何もあるの?
よくある観光地の銘菓みたいな感じじゃないのか?
うちが元祖ですみたいな。
そう思ったら目の前の張り紙に本当に書いてあった。それもかなり由緒正しい感じで。
さらにはご丁寧にこんなことまで書いてある。
『他のお寺や神社は吉を引きやすくするために凶を抜いてるところもありますが、深大寺はそのままなので凶が多いことで有名です』
……初めて知った。おみくじって寺社によってレアリティの設定が違うのかい。
「それに先輩、その先も読んでみてください!」
『しかし凶は吉に好転する力を秘めています』
「つまり、今ここで凶を引いた先輩の未来は明るいということです!」
「それって良いように捉えてるだけじゃないの?」
だって吉と凶がある以上、どう考えても悪いのは凶の方だ。
「まぁそうとも言いますが、要は捉え方次第でどうとでもなるってことですよ」
「かなり都合よくないか?」
「都合よくていいんですよ。それで事が上手く運ぶなら仏様もきっと大喜びですから」
「いや、そんなので願い叶っちゃったら商売あがったりじゃない?」
「そんな野暮なことは考えちゃダメです!」
またしても夢咲に上手く乗せられてしまった。
この子自身が宗教とか始めちゃったら案外……いや、ダメだ。
ここではセミナーとしておこう。
まぁそれは冗談として、底に落ちかけた僕を掬いあげてくれたのは紛れもなく夢咲のその明るさと優しさだ。それは間違いない。
「そうだな。ありがとう」
僕は素直に感謝を述べることにした。
「はい、どういたしまして。それにですね、先輩」
夢咲が自らの大吉と僕の凶の二枚をこちらに向けてニヤリとする。
「先輩の凶と私の大吉と合わせれば、二人で吉になりますから!」
「…………それはさすがに」
「えー! せっかく良いこと言ったと思ったのに!!」
「そのドヤ顔がなければもうちょっと心に響いたかもしれない」
「ひどい! 先輩ひどいですっ!!」
こうして僕らは境内を一通り周り、深大寺を後にした。
(二人なら吉……ってそれじゃ夢咲の大吉成分を僕が奪い取ってることになるじゃないか!)
僕は先ほどの夢咲論にとんでもない欠陥を見つけてしまったが、もうすでにそれを言うタイミングではなくなっていた。
そして実際問題、僕らの関係もそうなのかもしれない。
『ギブ・アンド・テイク』
ビジネスでもプライベートでも人間社会の根底にあるその概念は果たして僕らの間に成立しているのだろうか。
それでも僕は今日も変わらず彼女の笑顔に甘えてしまうのだった。
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