第7話 普段着デートはまだ早い

 土曜日の13時55分。

 僕はアパートの最寄りである調布駅の中央改札に来ていた。


 「あ、先輩! おはようございます!」


 夢咲は僕を見つけた瞬間にふわっとした笑顔とともに駆け寄って来た。


 白のトップスを薄緑色のロングスカートにインして、小さめのハンドバッグを携えたその姿はなんとも春を体現したような装いだった。


 「もうおはようって時間でもないけど」


 「12時まで寝てた先輩が言います? それに社会人たるものいつ何時なんどきたりとも、おはようございます! です」

 果たしてそれはどの業界、どの業種の礼儀なんだろうか……


 「それよりも先輩、何か言うことがあるんじゃないですか?」

 そういうと夢咲はしきりに体を左右にひねって何かをアピールしているようだった。 


 「もしかして…………痩せた?」


 「いえ、むしろ最近ちょっと太……ってもうっ!!」


 夢咲が小さな体をバタバタ動かして怒りを表現している。

 華奢すぎて全然太ったようには見えないけどな。


 「ごめん、わかってるよ。……その服、似合ってる」

 さすがに僕も普段は営業をやってるからこれくらいは理解しているつもりだ。

 まぁそれでも色恋には恵まれずにここまできてるけど。


 「はぁ……わかってるなら最初からそう言ってくださいよ。今から言われたって素直に喜べないです。減点です!」


 「え、減点? 今日って僕のデート力を測るみたいな企画だったの?」


 「ちがいますよ、ちゃんとデートです! なので、私のこともっと可愛がってくださいよ……」

 夢咲はわかりやすく肩を落とす。確かにちゃんとオシャレもしてきてくれたのにちょっと失礼だったかもしれない。


 「夢咲はちゃんと可愛いって……服だって春っぽくていいなって思ったし、駆け寄ってきた時の笑顔も眩しかったし、それにいつも――」


 「ストップ、ストップです! これ以上は止めてください……」

 夢咲が慌てるように僕の言葉を遮る。褒められたいんじゃなかったの?


 「もう、どっちなのさ?」 

 「そりゃ褒められるのは嬉しいですけど……褒められすぎるとさすがに――」

 「夢咲!」

 「は、はいっ!」

 


 「本当にちゃんと可愛いから」



 「えっ!?」


 それを境に夢咲の顔は急激に赤くなり、ついには俯いてしまった。

 でも夢咲は僕がふざけて過剰に褒めてると思ってたみたいだし、そこはちゃんと伝えてあげたかったんだ。


 「先輩のバカ……褒められすぎると本当に恥ずかしいですから……」


 あれ、実は本当に耐性なかった??

 もしかしたら僕はものすごく恥ずかしい程に夢咲を褒めまくってたってこと?


 「でも……ありがとうございます。先輩にそう言ってもらえて私、すごく嬉しいです!」


 照れながらも必死に作るその笑顔は普段よりも少し崩れた顔で。

 でもそれが凄く夢咲には似合っていて、素敵だった。


 「……さっ、そんな可愛い私とデート開始ですよ! 行きましょ、先輩?」


 夢咲はそう言って僕の手を強引に引っ張り、僕らのデートは始まった。

 

 (なんか本当にデート……なんだな)


 「でも先輩。その前に」

 「その前に?」



 「そのヨレヨレのTシャツ! さすがにそれでデートはさせませんからね!!」


 あ、バレたか……これ、部屋着兼コンビニ用。

 だって本当にデートだと思わないじゃん。


*


 「先輩はいつもどこで服買ってるんですか?」

 「うーん、最近は仕事用のスーツとかYシャツしか買ってないからなぁ」

 「ダメですよ、休日だって少しはオシャレしないと」

 「だって最近はもうそんな気力なかったから。休みの日は家事だけで精一杯だったし」

 「まぁそうだっと思って今日は無理やり誘ったんですけどね?」

 「そうだったの?」

 「はい。だって先輩休みはずーっとゴロゴロしてそうですもん」


 なんとご明察なことで。

 確かに僕はここ最近、仕事で疲れた心と体を言い訳にして休日はなるべく省エネに徹していた。


 「少しは仕事以外でも外に出てリフレッシュした方がスッキリしますよ?」

 「確かに久しぶりに昼間から外に出たけど、駅前ってこんなに賑やかだったんだね」

 「いいですね! そうやっていつもと違う雰囲気を感じるのも大事なことです!」


 そんなことを話しながら僕らは駅ビルにあるメンズファッションのフロアに到着した。


 「とりあえずここならベーシックなものから少し遊び心を加えたものまでありますので、ちょっと見てみましょう!」

 「へぇ、夢咲はメンズの店もよく知ってるんだね」

 「このお店はレディースも扱ってますから、私も買いに来ますので!」

 そう言いながら夢咲は早速平置きされたTシャツを漁り始めた。

 

 「Tシャツ? でもジーパンに合わせると今と同じような感じにならない?」


 「いえ、先輩が着てるそのヨレヨレのやつよりも少し厚手の無地がいいかなって」

 相変わらずヨレヨレを強調してくるな……これ割と気に入ってるんだけどなぁ。


 「でもそれだけだとシンプル過ぎない?」


 「ジーパンに白Tシャツはシンプルだけど王道ですよ? でもまだ春先ですし今日は初デートなので、上にカーディガンを合わせて少しキレイめコーデにします!」

 

 初デートねぇ。

 そんなに大事そうに思ってくれるならもっと事前に言ってくれればよかったのに。

 まぁ僕の場合、逆に時間を与えられたら理由をつけて断っちゃいそうだけど。


 「あ、これなんかどうです? 先輩似合うと思いますよ!」


 「え、これ!? ちょっと派手すぎない?」


 夢咲が渡してきたのは先ほどの無地の白Tシャツに加えて鮮やかなオレンジのカーディガンだった。


 「いえ、これくらいがちょうどいいです! 先輩のジーンズはかなり暗めの色ですから、白Tと合わせるとほぼモノトーンです。なのでそこに明るい色を足してあげるんです!」


 そう自信満々に言い切る夢咲。

 これまで僕が選ぶ服はどれも黒とか紺とかグレーとか、そういう落ち着いた色だったからこんなカラフルな服を着ている自分が全く想像つかない。


 (本当にこれ似合うのかな?)


 そう半信半疑になりつつも、夢咲に背中を物理的に押されてそのまま試着室へGO。


 (うわ、やっぱりオレンジは派手だよ……)

 

 そう思いながらヨレヨレから新品のTシャツに着替えてカーディガンを羽織ってみる。すると夢咲の言う通り案外悪くないバランスなのかもと思い始めた。

 そして僕は恐る恐る試着室のカーテンを開けた。


 「どう……かな?」


 すると夢咲はぱぁーっと顔を明るくして目を輝かせる。


 「いい! すごくいいです! 先輩とても似合ってますっ!!」


 「そうかな? 派手じゃない?」


 「そんなことありません! とても私好みですっ!」


 ……私好み?


 「これって夢咲の好きな感じなの?」


 「あっ……すみません、つい心の声が漏れてしまいました」


 まぁ実際自分で着てみても悪くないって思えるからいいか。


 「それにしてもこんな明るい色の服なんて大人になってから初めて着たよ」


 「じゃあ今日は私と一緒に来て正解ですね! 先輩は多分シックなのも似合いますけど、こういう明るい色の服もとても似合いますから!」


 そう言う夢咲の笑顔はこのオレンジ色のカーディガンに負けないくらい明るくて存在感があった。

 これからこのカーディガンを見るたびに夢咲の笑顔を思い出すのだろうか。


 「どうですか、私のコーディネート! ね、どうです? いいでしょ、先輩っ?」


 いや、やっぱり思い出すのはやめにしよう……

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