第6話 先輩、デートしましょ?
深夜12時20分。
夢咲とのTo Doリスト作りを終えた僕は、山手線と私鉄を乗り継いで到着した最寄り駅の改札を出た。
東京の郊外にあるこの街は、私鉄の特急停車駅ということもあり割と栄えている。
昔は地上を電車が走っていたと不動産屋の営業が教えてくれたが、僕がここで一人暮らしを始めたころには駅も線路も地下化され、駅前には真新しい商業ビルが建っている。
そこから徒歩10分強。駅前の賑やかさからは想像できない普通の住宅街に僕の住むアパートはある。
申し訳なさ程度についている簡素なオートロックドアを開け、一階にある自室の鍵をひねる。
(はぁ、やっぱり家は落ち着くな)
家に着くとどっと疲れが押し寄せてくる。
今週は本当にいろいろなことがあった。
週初めから会社でこっぴどく怒られ、耐えられなくなった僕は週半ばに死を決意した。
そしてそこで夢咲と出会った。
こうして言葉にするとたった数十文字のことだが、もしかしたらこれまでの人生で一番激動の一週間だったかもしれない。
そんな僕は気付けばスーツのままにベッドに横たわり、点けた電気もそのままに睡魔を受け入れ眠りに落ちた。
*
ウー。ウー。ウー。
(なんだ、うるさいな……)
ウー。ウー。ウー。
(ん、目覚まし? ……朝??)
ハッとして僕は起きた。
あぁ、会社に行かなきゃ。嫌だな、行きたくないな。
(待てよ、今日って土曜じゃ……)
ウー。ウー。ウー。
僕は知らぬ間にベッドに放り投げていたスマホを探し、画面をタップした。
『あ、先輩! おはようございま――』
テロン。
僕は再び目を閉じた。
ウー。ウー。ウー。
「……なに?」
僕は下がりに下がった血圧でなんとか脳に血を送り込んでその一言をひねり出した。
『なにじゃないですよ! なんで切っちゃうんですかー?』
電話の相手は夢咲だった。
「朝から電話しないでくれよ。せっかく気持ちよく寝てたのに」
『だって先輩メッセージ送っても既読すらつけてくれないんですもん!』
「メッセージ?」
そう言って僕はスピーカーモードに切り替えてトーク画面を開いた。
《先輩、今日はごちそうさまでした!》
《これから一緒に頑張りましょうねっ》
《先輩、おはようございます!》
《いいお天気ですね! ちなみに先輩今日は予定ありますか?》
《先輩? 起きてます?》
《先輩??》
《センパーイ!!!》
どうやら昨日の夜から何通もメッセージを送ってくれていたようだ。
「ごめん、寝てた」
『どれだけ寝てるんですか!? もうお昼ですよ?』
「あれ、ほんとだ。もう12時か」
『さすがに寝すぎです! もう、勝手に死んじゃってないか心配したじゃないですか!』
そっか、心配して電話してくれたのか。
そういうところは本当に面倒見がいいというか、やっぱり優しいんだな。
「大丈夫だよ。夢咲に黙って死んだりはしないから。だぶん」
『たぶんじゃダメです! ちゃんと約束してください。勝手に死なないって』
「努力するよ。でもまたとっさに死にたくなるかもしれないから、そうなったら……ごめん」
『そうなる前に私に連絡してください! そうじゃないと私のミッションは未達成のまま終わっちゃいます!』
「やっぱり新手のコンサルかなんかだったの? 最期に法外な金額請求されたりしないよね?」
『ちがいますしそんな請求しませんよ! 勝手に死なれちゃうのは嫌だなって私が思ってるだけです! せっかく一緒に頑張ってるんですから……』
「わかったよ。何かあったら連絡するようにするから」
『絶対ですよ? 約束です!!』
「……約束する」
『はい、オッケーです! それで先輩、今日は予定ありますか?』
そういえばメッセージにもそんなこと書いてあったな。
「そうだなぁ。とりあえず洗濯したり掃除したりくらいかな」
『じゃあ予定ないってことですね!』
フットワークの軽い男友達みたいなことを言ってくる。
「まぁないといえばない」
『わかりました! じゃあ私とデートしましょ?』
「え? デート?」
『はい! 先輩が住んでるのって確か調布ですよね?』
「そうだけど……ってデートってどういうこと?」
『じゃあ調布駅に14時集合でお願いしますねっ!』
そう言って夢咲は一方的に通話を切ってしまった。
(いきなりデートってなんだよ)
僕はようやく働き出した頭をフル回転させる。
確かに夢咲はデートと言った。
デートってカップルとか、そうなりそうな男女がするアレ……だよな?
(それにしてもデートなんて何年ぶりなんだろう)
僕はその単語に思わず、これまでのデートと呼ばれるものの記憶を辿った。
高校生の頃に彼女と行ったファストフード。
大学のゼミの女の子から誘われたショッピングモール。
社会人になって参加した合コンのあと一回だけ行ったちょっと良さげなレストラン。
(それにしても僕って本当に一回きりでその後が続かなかったんだよな)
高校時代にいた唯一の彼女も、結局カップルらしいことは何一つできないまま一ヶ月ほどして突然別れを告げられた。
その後も女の子に誘われて遊びに行っても結局その一回きり。
やっぱり僕は人間生活に向いていないんじゃないか。
そんな僕の不安を嘲笑うかのように夢咲との待ち合わせの時間が迫ってくる。
(まぁ相手は夢咲だしな。デートなんて言ってるだけでもしかしたら色々買わされるのかもしれない)
《昨日のファミレス代だけで私が手伝うとでも思ったんですか? 甘い! 甘いですよ先輩》
《ってことで、先輩? 私、このバッグ前から欲しかったんですよねー?》
うーん。言いそうなセリフではあるけれど夢咲に限ってそれはないと信じたい。
なんだかんだ言って僕は彼女を少し信頼し始めているのかもしれない。
それでもやはりデートという単語はいささか僕らの関係にはしっくりこなかった。
(悩んでても仕方ないしとりあえず行くか)
そうして急いでシャワーを浴び、適当に目についた長袖のTシャツとジーパンに着替えて家を出た。
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