第5話 クーリングオフを適用します!

 深夜22時のファミレスに若い男女が二人。



 「――ダメですよ、センパイ?」


 「どうして?」


 「もっと、優しく――」


 「だってそれじゃずっといけないでしょ」


 「ダメです……」

 

 


 To Doリストの作成に取り掛かっていた。




 「そんな難しい内容ばかり詰め込んだらダメです」

 「でもそれじゃいつまでも逝けないから……」

 「まずは仕事だけに絞ったらどうですか? じゃないとストレスで先に死んじゃいますよ?」

 「いや、それで死ねるならもういい気がしてきた……」

 「それじゃ結局みんなに迷惑かけちゃうじゃないですか! 先輩はそれが嫌だから死ねないんですよね?」

 「そっか、そうだった」


 なんとも異常な会話である。


 ということで夢咲ゆめさきのアドバイスをもとに、まずは一番のネックになっている仕事の整理をすることにした。

 本当は貯金三百万円とか実家のリフォームとか、親孝行もしておきたかったんだけどな。


 あれ、そういえば自殺って生命保険下りるんだっけ?


 「先輩。何か変なこと考えてませんか?」

 「いや、今から生命保険入ったら死んだときに親にお金が支払われるのかなって」

 「無駄ですよ。そう考える人が多いので基本的には支払いの対象外です」

 「なんだ、じゃあやめとこう」

 「はいはい、じゃあリスト作りますよー」


 半ば強引に話題をそらされながら、再びTo Doの作成を始めた。


*


 「ふぅ。とりあえず今日はこんな感じにしておきましょう!」


 僕らは結局一時間くらいかけてTo Doリスト(初回版)を作り上げた。

 その際、僕の業務について色々と説明したり相談したのだが、その度驚くほど夢咲は的確にアドバイスを返してくれた。彼女はそのキャラクターとは裏腹に頭の回転が速く呑み込みがいいらしい。


 夢咲はうーんと言いながら思いっきりその小さな体を伸ばす。すると嫌でもそのブラウスのある一点(いや、この場合二点なのか?)が強調されてしまうのがわかる。それにしても小柄なのに意外とあるんだな。


 「先輩。今、私のこと変な目で見てませんでした?」


 うわ、バレてる。やっぱり男の視線はわかりやすいってのは本当なんだな。


 「そ、そんなことないよ……」

 その時の僕はきっとアカデミー賞大根役者賞を受賞できるくらい下手な芝居だっただろう。


 「でも残念でした! さすがに下にインナー着てますから透けませんよ? 凝視して無駄ですよー!」

 

 「いや、透けるとかじゃなくてただ、小柄なのに意外とあるんだなって思って」

 想定と違った返しに思わず僕は思っていたことを口走ってしまった。


 「えっ、そっちですか? 先輩そんなこと考えてたんですか? ……バカ」


 「はい……すみません」

 なんだかもうすっかり主導権を夢咲に握られてしまっている。

 

 「はぁ、先輩が思ったよりもむっつりさんだということはわかりました。でもその煩悩があるうちは頑張れそうですね!」


 「煩悩って……でも僕は頑張るのはあくまで心残りなく死ぬためだからね」


 「ちゃんとわかってますよー! でも先輩のそういう真面目で頑張り屋さんなところ、私はもっと評価されてもいいと思ってるんですけどね」


 「そうはいっても夢咲は僕の仕事ぶりとか知らないでしょ? 僕は言われたことも当たり前にできないような無能な人間だよ」

 そうだ、彼女は僕のことを褒めてくれているがそれはお世辞だとかメンタルケア的な物に違いない。だって出会ったばかりの彼女に僕の落ちぶれ具合がわかるわけないんだから。


 「そんなことないですよ。頑張っている人にはちゃんと見てくれている人がいるんです」


 何故だろう。彼女のその言葉には不思議と説得力があった。

 しかしそれもきっと彼女の頭の回転の良さが成しているまやかしなんだろう。その言葉に縋りたくなる気持ちを抑え、僕は惑わされまいと改めて気を引き締めた。


 「それにしても先輩、初めて私の名前呼んでくれましたね?」


 真面目な顔から急に腑抜けた笑顔になる夢咲。本当に表情も言葉もころころと変わる子だ。まぁその振れ幅の広さが彼女の奥深さ、言ってしまえば魅力なのかもしれない。

 魅力? いや、畏れの間違いだきっと。


 「そうだっけ?」

 「そうですよー。今まで呼びかけるのはほとんど私からでしたし……もういっそのこと奏絵かなえって呼んでくれてもいいんですよ?」


 そういって彼女はその笑顔を今度は蠱惑的なものに変えた。

 奏絵――心の中でイメージしてみたがとても自分がその言葉を口にする姿が想像つかない。


 それにしても夢咲奏絵か。


 夢、咲き叶え。


 とても素敵な響きだな。僕はふとそんな事を思った。



 「奏絵」


 「へっ?」


 「呼んでみただけ」


 「……急にずるいです」

 夢咲は顔を少し赤らめてもじもじとしている。これも演技なのだろうか。


 「呼んでくれてもいいって言ったのはそっちじゃないか」


 「そうですけど……まさか本当に呼んでくれるとは思わなかったので……」


 「ごめん、さっきのは口が滑った。夢咲」


 「な、なんで戻しちゃうんですかー!?」


 「だってやっぱり出会ったばかりの子を下の名前で呼ぶのは抵抗があるし、なにより……」


 「なにより?」


 「夢咲が照れてる感じが胡散臭い」


 「ひ、ひどいです! ひどいですよ先輩っ!!」

 夢咲は今度は別の意味で顔を赤くしてこちらを捲し立ててくる。本当に忙しい人だ。


 「私のドキドキ返してください!」

 「ノークレームノーリターンで」

 「クーリングオフの適用を申請しますっ!」

 「そしたらこの関係も解消になるの?」


 「それは……嫌です」


 「うん、僕もそれは……ちょっと」


 「あれ、先輩もなんだかんだこの関係を気に入ってたり??」

 夢咲がニヤニヤと僕の顔を覗き込んでくる。


 「勘違いしないでほしい。あくまで僕がちゃんと死ねるように手伝ってもらいたいだけだから……」

 自分に言い聞かせるように少し冷たくその言葉を発する。


 「そう言って案外楽しんでませんか?」

 そんな僕の言葉はお構いなしに夢咲はこちらを見つめ続けてくる。


 「そ、そんなことない。とりあえず改めて僕が死ぬまでサポート頼むよ!」

 危うく流されるところだった。僕は僕の目的を忘れちゃいけない。

 例え今この状況を少し楽しいなと感じてしまったところで、僕らの終着点ゴールはあくまで僕の死なのだ。


 「今日のところはそういうことにしておいてあげますよ。川崎遥人はると先輩?」

 

 ……そっちこそ僕の名前を呼んだのは今が初めてじゃないか。


 ふと熱をもったこの顔を早く冷したかった僕は、会計をそそくさと済ませて夢咲とともに店の外へと出た。


 「先輩、ごちそうさまでした!」


 夢咲が満面の笑みでお礼を告げる。 

 気付けば夢咲が頼んだ爆盛りポテトフライも一緒に会計に含まれていた。

 まぁ、コンサル代と考えれば破格だから良しとしよう。


 少し暖かさを孕み始めた夜の風が心地よく僕を包む。

 

 どうか僕の終活が上手くいきますように。


―――――――――――――――――

(作者からお礼とひとこと)

いつも本作をお読み頂きましてありがとうございます。

少しずつ近づく二人の関係性、次回はなんといきなりデートです!

果たして川崎遥人は無事に終活できるのでしょうか……


どうぞお気軽にご感想やレビュー、ご評価など頂ければ嬉しい限りです!


(夢咲かわいい! と一言だけの感想も大歓迎ですよ。ね、先輩?)

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