第4話 To Doリストって知ってます?

 《先輩おはようございます!》

 《今夜のコト、まさか忘れてないですよねー??》

 《それでは20時に目黒駅前のガトスに来てくださいねー》

 

 以上、友だちではないユーザーからのメッセージ。


 内容と文面から相手は察しはついているけど、なぜ夢咲ゆめさきが僕のLiMOライモのIDを知っているんだろう?

 まぁとりあえずこれで約束をすっぽかされる、もしくは先日の屋上での一件が夢だったという可能性は下がったと言える。


 それにしても夢咲のアイコン、海辺をバックにした自分のシルエットってなんか意識高い系のコンサルの人みたい。勝手なイメージだけど。


 (ある意味コンサルといえばコンサルか。終活コンサルタント)


 コンサルにしてはあんまり頭が……いや、これ以上はやめておこう。


 今夜の予定も確定したことだし、とりあえず今日も出勤するか。出勤が嬉しい訳ないが、やはり金曜日は心持ちが全然違う。あと一日耐えれば終わりだ。


 僕は「かなえ」を友だちに追加すると、早速「了解。よろしく」と返信した。


*


 「センパーイ? 今何時ですか?」

 「21時半です……」

 「待ち合わせの時間は何時でしたっけー?」

 「……20時」

 「遅いっ! 遅いですよ、もう!!」

 「それは……ごめん」

 「遅れるのは最悪仕方ないとして、なんで遅れるってもっと早く連絡してくれないんですか? 私もう爆盛りポテトフライ二周目ですよ? 太ったらどう責任取ってくれるんですか?」


 え、気にするポイントそこ?

 

 「あ、今そんなことって思いましたね……流石にそれは半分、いや1/3は冗談ですけど、それくらい私は一人ファミレスでさみしい思いをしてたってことです! わかりましたか?」


 仕事は終わったのになぜ僕は怒られているんだろう。まぁそれでも課長の怒鳴り声と比べれば全然優しく聞こえるし、なんならちょっと可愛らしい。

 でも僕のせいで待たせてしまったのは事実だ。きちんと謝ろう。


 「……申し訳ない。本当はちゃんと間に合うように来るはずだったんだけど、急遽クレーム対応でずっと会議になっちゃって」

 「わかりました……チーズインハンバーグで許してあげます」

 「え、まだ食べるの!? ……太るよ?」

 「もう! それも冗談ですっ!」

 とても冗談には聞こえなかったけど……


 「でもまぁ……まずは今週も一週間お仕事お疲れ様でした」

 先ほどまでとは変わり子供をあやすような声でそう言うと、夢咲はその小柄な体を精一杯伸ばしてテーブル越しに僕の頭を撫で始めた。

 

 「やめろって……大の大人が店内でこんな……」

 僕は抵抗する素振りを見せるがそれを全力では拒めなかった。きっと内心ではどこかでこうして誰かに認めて欲しかったのかもしれない。


 「先輩、こういう時は素直に甘えてください」


 夢咲は僕のわずかな抵抗をなだめながら、ただひたすらに僕を優しさで包んでくれた。


 (夢咲の手、小さくて柔らかくて気持ちいいな)



 「はい、サービスタイム終了ですっ!」

 「サービスタイムって……」

 急に現実に引き戻される。もう少しこの優しい世界に浸ってたかったな。


 「先輩、忙しくて大変な時もあると思いますけど、次からはなるべく事前に連絡してくださいね? 私それで怒ったりはしませんから」

 「わかった。本当にごめん。あと、ありがとう」

 「わかってくれればいいんです。ってことでパフェ奢ってください!」

 「太るよ」

 「これは別腹ですっ!」

 僕はベルを鳴らして店員を呼ぶと、ビーフシチューオムライスとパフェを注文した。


*


 「それで、先輩は色々とやらなきゃいけないことだったり、心残りがあるんですよね?」

 夢咲はドリンクバーで注いできたホットココアを片手に僕に尋ねる。


 「うん。まずそもそも仕事が全然捌けてないから、それをまとめたり引き継げる状態にしておかないといけないと思ってる」

 「ちなみに先輩が優先的にやらなきゃいけないことって何ですか?」

 「うーん。まず先週来てた見積もり依頼でしょ」

 「はい」

 「あとは注文書を放置してて出荷できてない件と、課長に売上の報告をするのと、製品サンプルをお客さんに出荷するのと、あと人事から来てたアンケートがもうそろそろ期限だったかもしれないからそれもやって、それと……」


 「先輩ストップ! ストップです!」


 「え、多分まだまだあるよ?」

 僕は他にも頭に浮かびかけていた案件を言葉として発することができずにモヤモヤしてしまった。


 「そうじゃなくて、私はにやらなきゃいけないことを聞いたんです。なのに先輩ってば思いついたのから順番に羅列してません?」

 「え、だってやらなきゃいけないことって覚えてるもんじゃないの?」

 「はぁ……」

 夢咲の小さな口から大きなため息が漏れる。


 「先輩。To Doリストって知ってます?」

 「そりゃもちろん知ってるよ」

 「じゃあ作ったことはありますか?」

 「入社したばっかの時は僕だってちゃんと作ってたよ。でも最近はすぐに案件増えちゃうし、時間も持ってないないからやめちゃった」


 入社したての頃は先輩から指示された内容を忘れない為に、そして正確にこなせるようにメモやTo Doなどを毎日作っていた。

 

 「先輩。まずそこからです」

 「え、To Doリスト作らなきゃいけないの? 正直めんどくさいし、覚えてるから大丈夫だよ」

 「じゃあ先輩は何故私からの質問に対して最優先事項をパッと絞れなかったんですか?」

 「そりゃ頭では覚えてても、すぐには答えられないよ。どれが優先かも考える時間も必要だし」


 「それですよ! 先輩!」


 夢咲は前のめりになってその指を僕のオムライスの上空30センチあたりのところに突き出し、ビシッとポーズを決めた。


 「どういうこと?」

 僕はシンプルにそう聞き返す。


 「先輩はそもそも案件に優先順位がつけられていないんです。それに恐らくですけど、やらなきゃいけないことをその時思い出した順に取り掛かっていませんか?」

 「え?」

 思い返してみればその通りだ。僕はきっといつの間にかそれを、その時々でベストな選択をしてるんだと思い込んでいたんだ。


 「そしてさらに言うと、いつの間にか忘れてた……なんて経験も割とありませんか?」

 「うーん、そう言われてみれば確かにあった気がする」

 「頭の中でだけでタスクを管理しようとすると、その時の状況や、場合によっては気分で処理する順番も前後しますし、新しい案件が急に入るといつの間にか記憶から飛んでしまうことだってあります」


 「そういうもんなのかな?」


 「もちろん脳内で全部完結できる人だっています。でも先輩の場合はきちんとTo Doリストを作った上で優先順位をつけることをオススメします。さっき先輩が挙げた内容の中には明らかに緊急性・重要性が高そうな案件と、そうでもない案件が混ざっているように思えました。ですので、まずは何から手をつけるべきなのかきちんと整理していきましょう!」


 正直驚いた。夢咲はヘラヘラとしている印象が強かったが、今話してくれた内容は的確に僕のやり方の問題点をついていた。それに話し方自体もきちんとビジネスモードだった。


 「ってことで先輩、まずは一緒に作りましょ? To Doリスト」


 そういって夢咲はいつもの若干鬱陶しいスマイルをこちらに向けてきた。でもこのギャップはちょっと悪く無いかもと思ってしまったあたり、僕の感性もバグってきてしまっているのかもしれない。


 「わかった、よろしく頼むよ。終活コンサルさん」

 「はい? なんですかそれ?」


 こうして僕らは終活の第一歩としてまず、To Doリストの作成から始めることになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る