第3話 夢から醒めても
「おい川崎! この式合ってんのか? 数字おかしくねぇか?」
「え、どこか間違ってましたか?」
「保守案件向けでこんなに注文くるわけ無いだろ! もっかい見てみろよ」
「あ、すみません。参照するセル間違えてました……」
「はぁ。あのな、式間違えることはあるかもしれないけど金額見ておかしいって気付けよ……新人じゃねぇんだからさ」
「はい、すみません……」
(課長にまた怒られた。言ってることは正しいけど言い方キツイんだよなぁ)
「あ、もしもし、川崎さん? あのさぁ、見積いつになったら回答してくれるの?」
「すみません! 今すぐにやりますので!」
「今すぐって、蕎麦屋の出前じゃないんだからさぁ……」
「え、蕎麦屋ですか……?」
「もうとにかくもうこっちは一週間も待ってるんだから早くして! 頼むよ!」
「はい、わかりました。急いでやります」
(このお客さんいつも嫌味っぽく煽ってくるんだよなぁ。まぁ僕が遅いのが悪いんだけど)
「川崎くん大変よ!」
「え、どうしたんですか?」
「注文が入ってない! 客先から納期過ぎても物が届かないって連絡が入って」
「え、うちが注文を登録し忘れてたってことですか?」
「そうなのよ。川崎くん机に注文書眠ってたりしないよね?」
「ちょっと探してみます…………あれ、もしかして……これですか?」
「これよ! なんで注文貰ったらすぐに渡してくれないの? 私たちアシスタントも注文書を渡してもらわなければ動けないのよ、わかる?」
「はい、すみません……」
「謝ってる暇があったら早く工場と調整して! 急がないとマズいわよ」
「はい、すみません…………」
(もう何でこう次から次に……なんで僕はこんなにも仕事が上手く回せないんだろう)
「なぁ川崎! この前のあれだけど」
(なんだ、僕は忙しいんだ。後にしてくれよ)
「川崎さん、先日メールした件なんですけど……」
(メールってどの件? もうどれのことだかわからない)
「おい川崎ー! 一緒に飯でも」
(今は一人になりたいから誘わないでほしい。仕事だって溜まってるんだ)
「川崎ー! 報告がねぇじゃねぇか!!」
(そんなことはわかってる! それでも報告する気力なんてもうないんだよ)
「川崎くん」
「川崎さん」
「川崎!」
(あーうるさい! やめてくれ!! もう僕のことを追いかけないでくれ)
「先輩。観念してくださいね」
慌てて体を起こした僕が次に見た光景は見慣れたベッドの上だった。
(はぁ…………なんだ夢か)
あまりにもリアルな内容の夢に、僕の部屋着は酷く汗で湿っていた。枕元に転がるスマホを開くと、ちょうど目覚ましアラームの時間の三分前だった。
とりあえず汗とともにへばりついたその不快感を流すべく、シャワーを浴びることにした。
(よく考えると今週の総集編みたいな内容だったな……)
今日の夢は、夢という形をとりながらも実際には僕が今週体験した内容と同じだった。
もちろん夢なので完全に一致しているというわけではない。むしろ僕からしたら嫌だった部分がよりハイライトされた形で――きっと第三者からすればインパクトがあり見ごたえのある――そんな夢だった。
(そういえば、あの子は結局何者なんだろう……)
そんな嫌な記憶の中でも、最後に残ったのは
「観念してください」なんて映画やドラマでもなければなかなか耳にすることはないし、決してポジティブな場面で使われる言葉でもない。
しかし何故だか彼女のその言葉には不思議とわずかに暖かさのようなものが感じられた気がした。
いや、きっと気がしただけだ。なにせそれを聞いた瞬間僕は殺されると思ったのだから。
(それにしても終活なんていったい何をするんだろうか)
夢咲はあの後「じゃあ早速金曜日から始めましょう! 夜は時間空いてますか?」と尋ねてきた。
僕がそれに同意すると「わかりました! それではまた金曜日に!」と言ってすぐに帰っていった。
その時は状況を理解しきれていなかったのでそのまま帰してしまったが、今思えば彼女のことは外見と名前以外は何も知らない。それは連絡先も含めてだ。
次に会う約束も、金曜日の夜という情報以外は一切ない状態である。
(やっぱりからかわれただけなのかな。それか、もしかしたら本当に人間じゃないのか?)
彼女は死神じゃないと言っていたが果たしてどうだろうか。死神でなかったとしても人外の何かである可能性は捨てきれない。例えば……妖怪とか?
(だとしたら随分と可愛いらしい妖怪だな)
口裂け女も口元以外は美人だというし、それもあり得なくはないか。夢咲は見た目に関しては正直に言えばかなり可愛い部類に入ると思う。しかし謎が多すぎるうえにあのキャラだから間違っても惚れるようなことはないけれど。
まぁ全ては金曜日になればわかることだ。とりあえず今はあまり深く考えないようにしよう。そう思いながら僕はシャワーの蛇口を閉めて、身支度を整えた。
(はぁ。会社行きたくないな)
当たり前だが、昨日の事があったとしても自分が今置かれている状況が変わったわけではない。しかし何かを変えることができない僕は、やはり今日も電車に乗って会社に行き、やはり今日もこっぴどく怒られ、やはり今日もまた死にたいと思うのだった。
僕はいつになったら死ねるのだろうか。
そんな疑念とともに夢咲との約束の日を迎えるのだった。
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