第2話 優しい死神さん

 「それでは改めて質問を受け付けます。どうぞ!」

 

 夜8時過ぎのビルの屋上で、僕の前に立つ彼女はそう告げた。


 「いきなりどうぞって言われても…………えーと、じゃあはじめに、あなたは一体誰なんですか?」

 まだこの状況に追い付いていない僕だったが、とりあえず最初に気になったことをぶつけてみた。


 「いい質問ですねー。お答えします。私は夢咲奏絵ゆめさきかなえです」

 いい質問って……そりゃ普通気になるでしょ。


 夢咲奏絵。

 そう名乗った彼女は明るめのショートボブの髪が似合う小柄な女性だった。身長は150センチちょっとくらいか? おそらく僕よりも年下だろう。

 そう思案してすぐに別の質問が生まれた。


 「そういえばさっき先輩って呼んでたけど、僕は君の先輩なの?」

 「先輩は今おいくつですか?」

 「え、25だけど」

 「ほら、やっぱり先輩じゃないですか。ちなみに私は華の23歳ですっ!」

 なんかめちゃくちゃはぐらかされた気がするぞ。それとそのキャピって感じのやめてくれないかな……


 「……」

 「…………」


 「え、もう質問終わりですか?」

 「いや、社会人っぽいのにやたら学生ノリなんだなって思ってた」

 「そ、それは先輩の前だからですっ! 普段はちゃんと真面目に仕事してますよー」

 「どうだか」


 出会ったばかりなのにいつの間にか砕けた雰囲気になっていた。本当に仕事中は真面目なのかは知らないけど、少なくともこの場では彼女の鬱陶しいそのキャラクターが適していたといえるだろう。


 そして僕はついに核心に触れる。


 「それで、僕のことを手伝うってのは一体どういうことなの?」


 再び僕らの間の空気がきゅっと引き締まる。


 「言葉そのままの意味です。先輩が安心して死ねるよう、私がお手伝いします」

 「えっと、それは僕を殺すこととは違うの?」

 「ちがいます。あくまで私は先輩を殺したくはありませんし、殺すつもりもありません」

 「つまりどういうこと?」



 「先輩、死にたいのに死ねないんですよね。あれこれ気になりすぎて」


 まだ寒さの残る四月の風が屋上を吹き抜ける。

 

 「何で知ってるのさ」

 「今重要なのはそこではありません。先輩、死ねないんですよね」

 「そうだよ。悪いか」

 図星を突かれつい口調が荒くなる。


 「そんなことありませんよ。むしろ私は先輩にはもっと生きててほしいと思ってます」

 「じゃあ何で手伝うなんてこと言うのさ」

 「それは先輩が死を望んでるからじゃないですか。先輩を助けるのも立派な後輩の役目ですよ?」

 「じゃあ君は僕がそこで立ちションしてって言ったらするの?」

 「やんっ、先輩ってそういう趣味だったの? …………変態」

 例えのつもりで言ったのにそんなに顔を赤くしないでほしい。つい想像してしまいそうになる。


 「いや、そういうことじゃなくて」

 「もう、とにかく私は決めたんです! 先輩の望みを叶えようって」

 僕のツッコミに夢咲は食い気味で返してくる。


 「でも一体どうやって叶えてくれるのさ」


 「私と一緒にシュウカツしましょう!」

 

 「え、就活? 転職活動じゃなくて?」

 「ちがいますよー。終わるに活動でです」

 そのシュウカツか。確かに聞いたことあるぞ。死を迎える前にお墓とか相続とか諸々の準備を始めるっていう。


 「でも終活ってお年寄りとかがやるもんじゃない? 僕はまだ親も生きてるし相続するほどの資産もないんだけど」

 「そんなことないですよ。終活って『自らの死を意識して、人生の最期を迎える準備をすること』だってネットにも書いてあります」

 確かにその定義でいえば、まさしく僕に必要なのは「終活」なんだろう。それが済んだら心置きなくこの世を去れるってことか。


 「ちなみにあと二つ聞いてもいい?」

 「なんですか、まだ納得できませんか?」

 夢咲がムッとした顔でこちらを覗き込んでくる。


 「いや、まずその終活ってのは二人でやるの?」

 「そうですよ。先輩一人じゃ多分ムリですから」

 なんだ、随分と舐められたもんだ。……と言われた直後は少しヒートアップしかけたが、僕が今もまだこの世に存在していることこそがその答えだということにたどり着き、反論するのをやめた。

 

 「二人でやるのは一旦理解した。でもそれだと夢咲も一緒に死ぬことになるの?」

 理性を取り戻した僕は本来聞きたかった内容を改めて口にする。

 

 「いえ、死ぬのは先輩だけです。私は生きたいですもん。だって自分が可愛いですし」

 なんとも非情な。まぁいきなり知らない子と無理心中なんてのも気が進まないしそっちの方が都合がいいか。それに自分が可愛いって言い切れるかは別として、生きたいって思うのが普通の人の考えだろうし。


 「それに、この命は大事にしないとですから」

 うつむきがちにそう話す彼女の表情は、先ほどまでの勢いを少し欠いていた。まぁ親からもらった命を大切にするのはいい親孝行だろう。

 

 「わかった。それじゃ二つ目の質問だけど、なんで君は僕を手伝いたがるの?」

 状況が少しずつ整理されてきた中で、今これが一番気になっていたことだった。終活をすれば僕が死ねるのは道理が通ってる。でも彼女にとって僕を助けるメリットや動機がまったく見えない。


 「さっきも言ったじゃないですか? 先輩を助けるのも可愛い後輩の役目なのです」

 表情から陰りが消えた夢咲はまた自信満々にそう話す。さっきは可愛いなんて言ってなかったような……


 「それは一般的な話でしょ? 君とは今知り合ったばっかりで年齢だけの先輩後輩なんだし、何より手伝うことのレベルが重すぎる」

 「それは……神のみぞ知るってことでっ」

 いや、君はその理由を知ってるでしょ! もしかして夢咲は神なの?


 「ってわけで先輩。私と終活しましょ?」

 「はぁ。もうわかったよ。どうせ死ぬんだから、もうどうにでもなれだ」

 「ありがとうございます! これでやっと先輩のお役に立てます!」

 「それにしてもこんな見ず知らずの人のために尽くすなんて、夢咲は優しいんだね」

 「いやぁ、それほどでも……あります!」


 「これからよろしく。優しい死神さん」


 「だから死神じゃありませんー!」


 こうして僕と夢咲による僕のための「終活」が始まった。

 (そういえばツボ押ししてきた理由は聞きそびれてしまったな……)

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