僕は死ねない
ぼん・さーらⅡ世
第1話 僕は死ねない
『僕は死ねない』
死ねない。といっても不死身というわけではない。
きっとナイフで腹を刺せば死ぬだろうし、トラックに轢かれても死ぬだろうし、今この屋上から飛び降りればまさにすぐ死ねるだろう。
『僕は死ねない』
それはただ、死ぬための踏ん切りすらつけることのできない愚かな僕を僕自身が嘲笑う言葉なのだ。
僕は決して死にたいわけではない。
ただ「もし明日地球が滅びるとしたら?」なんてよくある質問をされようものならきっと
「どうぞ滅びてください」
と考える間もなく答えてしまうくらいには生きていることに辟易している。
〈死にたい〉よりは〈消えたい〉という表現が僕の感情に対しては適切かもしれないが、消えることなんてできないので結局〈死にたい〉に帰結してしまうのだ。
せっかくなら楽に死にたい。でもこの国では安楽死は認められていない。それならもう手っ取り早く飛び降りてしまえばと思ってビルの屋上に来てみたものの、いざ直前になると色々と考えてしまう。
明日は客先へのクレーム対策報告書の提出日だっけか。さすがに誰かに引継ぎしておかないとみんな困っちゃうよな。
あとは来月の売上が確実に落ちるだろうからそのことも報告して……
あ、そういえば田中にこの前の飲み会の代金まだ払ってなかったっけ。
それから週末の高校の集まりもキャンセルしてもらって、借りてたマンガも返して、それからえっと……
なんだよ。せっかく死のうと思ったのにその前にやらなきゃいけないことがたくさんありすぎる。これじゃ死ぬに死ねない。僕は死んだ後でも「あいつが死んだせいで」なんて言われなきゃいけないのか?
『先輩。死ねないんですか?よければ私が手伝ってあげますよ?』
誰だ!?
声がした方を振り返ると、そこには一人の若い女性が立っていた。
「死ねないなら私が手伝ってあげますよ」
不気味なほどに優しい声でそう言うと彼女はこちらへと向かってくる。
「やめろ!僕を殺すのか?」
「人聞きの悪いこと言わないでください。私はお手伝いをするだけです」
お手伝いってなんだ?殺人じゃなく自殺ほう助だといいたいのか?
思考を巡らせている間に彼女と僕との距離はみるみると縮まる。後ろには先ほどまで飛び越えようとしていたフェンスが僕から逃げ場を奪っている。
「やめろ!こっちに来ないでくれ!」
僕は必死にそう叫ぶが彼女は遠慮することなくこちらへと向かってくる。
死にたいとは思ったが、殺されるのはまた話が違う!
そしてついに僕と彼女との距離が手の届く範囲まで来てしまった。
「先輩。観念してくださいね」
僕はとっさに目を瞑った。
思えば僕の人生の歯車はどこから狂ってしまったのだろうか。
学生時代はそれなりに勉強もできたし部活もやってた。友達もいた。そして4年制大学を卒業して上場企業にも就職した。
それのどこに間違いがあったのだろうか。
僕の職場は正直今の時代でいえばブラック企業に該当するのかもしれない。みなし残業はあるし飲み会は多いし課長はいつも怒鳴るし。
それでもブラックだと一言線引きできないのは、純粋に根が真面目な人が多いからだ。仕事中は厳しい課長も人格否定こそしないし飲み会ではむしろ若手に煽られている。一昔でいう愛のある指導が得意なだけだ。
そんな典型的な日本の会社なのになぜ僕はこんなに苦しんでいるのだろう。
やはり僕はこれ以上生きる必要はないのだろうか。
(ふにふに)
そっか、死ぬ時って痛くないんだ。むしろ柔らかくてあたたかい。
(ふにふにふに)
でもなんで右手だけなんだろう。って痛っ!!
「もう先輩。はやく目を開けてください!」
目を開けるとそこには下から僕の顔を覗き込む女性が立っていた。
なぜか僕の右手の
「死神!?」
「ちがいます」
「じゃあ誰?てか何でツボ押し?そもそも手伝うって何!?」
「あーもう!一度に質問しないでください」
しびれを切らした彼女は2歩ほど後ろに下がり僕の目を捉えて話し始める。
月明かりに照らされた彼女の頬には涙の流れた跡が微かに見えた。
それが僕と彼女、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます