第4話 波乱の予感

「なんで角川が俺を誘うんだよ」

「え~? ひっどいなぁ、俺は誘いたい人を誘ってんだよ」

 肩を組まれて、俺は少しびくつく。先ほどの刺激が、身体に残っていないかと心配になったからだった。

「あと、西島誘って、あとは栗須だろ? 女子はどうしよっか、入れる?」

「…なにそのメンバー」

 近くに角川の息を感じた。俺の身長は170ほどだから、それよりも大きい角川に肩を組まれるのは、少し苦しい。

「だって、西島はお前と仲いいじゃん? で、栗須は俺と仲よしこよしだから」

「角川が言うとなんか…嘘っぽい」

「嘘じゃねーよ、仲いいもんな…なぁ? 栗須」

 俺はその言葉に、飛び上がりそうになるのをぐっとこらえた。だが、角川はその様子をみて、けらけらと笑っていた。いつの間にか俺たちの後ろにいた栗須は、普段通りの無表情でこちらを見ていた。

 先ほどのこともあるので、なんとなく顔を合わせるのが気まずい。

「仲いいかっていわれると、微妙だな」

 栗須の言葉に、角川は笑った。俺が見ている限り、たしかに普段すごしている様子を見ると、二人で行動していることが多いから、仲がいいのだろう。

「ひっでぇ。お前も小便?」

「いや、手を洗いにきた」

 栗須は隣の洗面台で、水をだし、手をていねいに洗っていた。その手で、先ほどまで俺のことをいじくりまわされたと思うと妙に恥ずかしかった。栗須は手を洗うのをやめ、水をとめると、ハンカチで拭きながら聞く。

「なんの話だったんだ?」

「修学旅行の話」

 角川は俺と肩を組んだまま、トイレから出て行った。その隣を栗須が歩く。長身の二人に囲まれて、なんだかちっちゃくなったみたいだった。

「俺と、栗須と増栄と、西島で班くまねーかって話してたんだけど」

「俺はいいけど、増栄と西島はどうなんだ?」

「今から話す」

 西島にいったら、どんな反応をするんだろう。角川は強い能力者だからか、それとも同じく人を心を読む力なのか、一切角川の心を読むことはできない。もちろん俺も、角川の妄想は見たことはない。だから、なお一層角川は怖かった。

「増栄は一緒に組んでくれるのか?」

 無表情で言われた栗須の言葉。

「あ…えっと…」

 俺は戸惑った。栗須は、俺のことを明らかに好いている。

『俺は行きたい』

 栗須の願望が頭に入ってくる。その強い感情に揺さぶられ、俺はうなづくしかなかった。

「…行くよ」

「おっ! やりぃ、栗須よかったな」

「……」

 ニヤニヤと言っている角川に、栗須は肩を小突いた。

「寝る班もいっしょでいいべ?」

「あ…うん」

 この状態で断るほうが、不自然だ。俺はうつむきつつ、答えた。角川はやった、と喜んでいる。栗須は無表情のまま、

『やった。増栄と一緒だ…最高の思い出づくりしなきゃな』

 なんて考えている。

 俺は、早くも先のことに、振り回されそうな予感がして心の中でため息をはいた。



 結局、西島も角川に押される形で修学旅行で、4人で行動することになった。就寝班は、この4人プラス2人の男子がくることに決定した。行動班は、栗須、角川、西島というクラスの三大モテる3人組がそろったことで女子の中で誰が組むかある意味戦争になったので、男だけの4人で行動することになった。

 その間に挟まれる俺の気持ちったらなかった。

 就寝班も、男子の中でも人気がある西島がいたので、教室内は静かな戦争になった。

 結局クラスの無害そうなおとなしそうな男子2名が加わることになった。

 俺はあまり関係ないのに、ひどく疲れた。心が読める西島はもっとげっそりしていた。

 修学旅行先は、京都と奈良だった。3泊4日の大がかりな旅行で、あと1か月ほどで出かけることになっている。

 2つの行く場所も行ったことはない場所だったので、どんなところなのかとても気になった。

 班が決まって、放課後の帰り道、西島と下校していたが、ふいに彼がげっそりとした声でいった。

「修学旅行…楽しみだけど行きたくないよ…」

「…気持ちはわからなくもない」

 夕焼けの沈む空は、秋にふさわしいものになっている。底冷えする寒さも、今の二人には身に染みた。

「…増栄くん、よくあの二人と班組む気になったね」

「えっ」

「俺だったら、もう断ってたよ……。角川くん、何考えているか一切わかんないし、栗須くんはいろいろとぶっ飛ばしてるし」

 いろいろぶっ飛ばしているという表現に笑ってしまいそうだったが、たしかに栗須はいろいろとぶっ飛ばしているな、と思った。

「なんか、付き合わせちゃってごめん…」

 俺が謝ると、西島は首をぶんぶんと振った。

「いや! 俺は、別に大丈夫なんだけどさ…、本当に、栗須くんには気を付けたほうがいいと思うよ」

「気を付けるも何も、本当にヤるわけじゃないでしょ」

 俺がけらけらと笑っていると、西島は可愛い顔をゆがめた。

「…だって、本当に、増栄くんのこと好きそうなんだよ…」

「…わかってるけど…。なんで、そこまで俺のことが好きかわかんないからさ」

 本当に、なんで、栗須がここまで俺を好いているのかわからない。かわいい、というがあれは妄想の俺の話だろうし。妄想の俺はこっちが恥ずかしくなるぐらいに、乙女なのだ。きっと、栗須は俺に幻想を抱いている。

「きっと、俺に、願望抱きすぎなんだよ」

 俺が本音をいうと、西島は神妙な顔つきになる。

「…そうかな…」

「え?」

 驚いていると、西島は目を細めながらいう。

「たぶん、明確に好きになったから、ああなってんだと思うよ。今日も教室で妄想してたし…」

「えっ?! まさか、西島内容みちゃったの?!」

 びっくりしていると、西島は顔を真っ赤にさせた。俺も、顔が真っ赤にさせる。あんなの見られたなんて、ちょっとどころじゃなくて、めちゃくちゃ恥ずかしい。すっかり黙り込んでしまった西島に、俺は懇願するように話す。

「マジかよ…なぁ、誰にも言わないでくれよ?」

「…、いっ、いうわけないじゃん! あんなの、言えるわけないじゃん!」

「…、だ、よな…」

 西島のはっきりした言葉に、俺は喜んでいいのか悲しんでいいのかわからなかった。西島は顔を真っ赤にさせたまま、うつむいた。しばらく駅に着くまで無言だったが、ふいに西島は言った。

「あんまり、俺と一緒にいないほうがいいかもね…」

「…なんで?」

「だって、俺何回栗須くんに殺されているかわからないから…」

「こ、殺される?!」

 思わぬ物騒な言葉に思わず足を止めた。

「…心の中の話だよ…? 俺、相当邪魔者だと思われてるか…」

「マジかよ……」

 西島の告白に、栗須の本当の姿がわからなくなっていった。


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