第5話 本当の俺はこんなんじゃない
「……嫌いになった?」
「え?」
俺は、西島の言葉にすぐに反応できないでいた。駅の喧騒が遠くに聞こえる。
「だから栗須くんのこと」
「…わかんない」
俺は首を振る。栗須は本当に妄想をしている内容があんなじゃなければ、いいやつだし、好きな人の周りにいる人に嫉妬してしまうのはしょうがないのかもしれない。だから、西島の言葉で、好きとか嫌いとか、決められない。
俺の態度に、西島はため息をつく。
「増栄くん、そんなんだから付け込まれちゃうんだよ」
「つけこまれる?」
「やさしすぎてこっちが見てらんない」
可愛い顔がゆがんだ。
やさしい? 俺が?
「…やさしいとか、ないし」
「そういう自覚ないの、めっちゃソンしているね」
損?
俺が西島の言葉に疑問を抱いていると、
「でも、本当に気を付けてね。そのままじゃヤラれちゃうよ」
「ないない」
笑い飛ばすと、西島に睨まれてしまった。かわいい顔に睨まれるとあまり迫力はないけど、ちょっと背筋がぞっとする。西島の忠告はありがたいけど、あれは栗須の勝手な妄想だから、実行はないんじゃないかな。
「むしろ、ヤラれて、幻滅されたほうが手っ取り早いんじゃないかな」
俺の言葉に、西島は怪訝な顔をする。
「危険すぎでしょ」
「いやだってあんなに俺喘がないし、あんなに乙女じゃねぇもん」
俺はあっけからんにいって、笑った。
あんなの俺じゃないし、本当の俺の姿を見たらドン引きするんじゃないのだろうか。100年の恋も冷めるとか、言うし。理想と現実じゃ違うだろう。だってまず、栗須と俺は男同士だし、栗須は現実を見えてないだけなのだろう。
西島は神妙に言った。
「毎日あんなに妄想して、いまさら幻滅はないと思うけどな」
「…毎日、見てんのか」
「見えちゃうんだから仕方がないでしょ」
西島の苦笑いに心が痛む。
毎日人の気持ちがみえるって、ほんとにツライよな…。
今の俺のこの能力でもしんどいのに。
お疲れさま、といえばよかったかもしれないが、なんとなくいうのは気が引けて俺は背中をたたくぐらいしか出来なかった。
自分の部屋に戻ると、俺は疲労からか、制服も脱ぎもせずベットに横になる。またお母さんに制服のまま寝るな、とか怒られられそうだけど、今はそんなこと言ってる場合じゃない。とりあえず疲れた。
目を閉じると、静寂が訪れる。いつもわきあがるイメージもまわりにひとがいないから、はいってこないし。
…ねむい……。
俺は、自分の睡魔にあらがうこともなく意識を飛ばした。
外が真っ赤に染まっている―――。赤い夕焼けが、教室を覆い隠す。
教室には俺と、栗須がいた。放課後で、誰もいない教室。
どこかであったようなデジャヴがある。俺はぼんやりと思い出した。
これは、栗須と初めて話した日の出来事だ。まだクラスがはじまって間もないころ…―――。俺は、教室の窓がわの席でひとりで座っている栗須が気になって声をかけた。その時の彼はどこか寂しそうだったから、どうしたのだろう?と思ったからだ。
「栗須?だっけ、どうした?」
俺が話しかけると、栗須はびくりと肩を揺らす。
そうしてゆっくりと、俺のほうを見た。武骨な印象をもつけど、精悍な顔をしている栗須に目を奪われる。その表情は、どこか怯えたようで、どこかほっとしたようなアンバランスなものだった。
「窓、見てた」
窓?と疑問に思うと、外は真っ赤な夕焼けに染まっていた。カラスの群れが飛んでいるのがみえる。
「夕焼け綺麗だな」
「…あぁ。これ、見るの好きだから」
そういった横顔は、とてもやさしいものだった。同じ男だっていうのに、ちょっと見つめてしまった。真っ赤にそまった教室とあいまって、ノスタルジックな印象が栗須にはあった。ふとして、消えてしまうような―――そんな危機感。
やさしく笑っている栗須を、そのままにしたくて、いつの間にか俺は声をあげていた。
「栗須って名前なんだっけ」
間はあいたけど、栗須は従順に答えた。
「公宏」
キミヒロ―――…。
「なんかすごい武士っぽいな。かっけぇ」
栗須は、俺の言葉に瞬きを繰り返す。
「増栄は?」
「ん? 俺は、州将だけど」
「お前も、武士っぽいじゃん」
クニマス、と言うと栗須は一瞬かたまったが、ははっ、と栗須は笑っている。乾いた笑い声だったが、とても栗須は楽しそうだった。
栗須は仏頂面っていうイメージがあったけど、笑う表情は年相応の成年だった。俺もつられて笑うと、栗須はしばらくじっと見つめていたが、ふいに目をそらすと、また楽しそうに笑っていた。
―――これが俺たちの、初めての会話をかわした日のことだ。
懐かしい…。
俺で妄想するのはやめてくれ! 元森 @moru2060
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