第3話 妄想、ダメ絶対

 目の前の栗須は、ちゃんとシャツを着ていた。俺だけが全裸だなんてひどすぎるだろう。

 きっとホテルなのか、外の窓には綺麗なビルの夜景が見えている。それに目を奪われると、ふいに胸に刺激がくる。

『あ、あ…っ、ん』

 俺が俺も聞いたことのない声で、声をあげた。

 俺の胸に、濡れた感触がした。栗須の顔が俺の胸にうもれて、舌をだし、胸の尖りを舐めているのだ。胸にくる刺激は、頭を麻痺させて、腰が揺れた。

『きもちい…? 腰ゆれてる…やらしいな』

『ん、やらしく、ない…っ!』

 男が胸を舐められて感じているなんておかしい。

 なのに、俺も現実世界で腰を揺らさないようにするのが、精いっぱいだった。

 栗須は、にやりと笑うと、もう片方のあいているほうを親指と人差し指でつかんだ。ピリッとした刺激が、俺の脳内にスパークする。

『いじってやるよ。寂しいだろ?』

『や、やぁ…』

 俺はいやいやと首を振る。乳首をいじられて、俺は半泣き状態だった。栗須は言葉でも、行動でも俺を追い詰めていく。

『硬くなってきた。女の子みたいだ』

『あ…ちが…』

 俺の声は媚びを売る女みたいな声だった。そんな声、一回もあげたことがない。

 栗須は、嫌だと言っている俺を無視して、尖りをひっぱたり、転がしたり、いじくりまわしている。武骨で大きな指が、俺の脳内を穢していく。何分も甘噛みをされたり、指の腹でこすられて、俺は泣きそうになった。

 妄想の俺はもう我慢が出来ない様子だった。全裸なので反応している男の象徴を栗須にこすりつけていた。

 そのたびに現実にいる俺のところにも刺激がきて、やめてくれと懇願する。

 机の下だからばれてはいないが、股間はすっかり硬くなり、下着は染みが出来ているだろう。

 俺の一番の悩みは、これだった。

 妄想がそのまま刺激になって、俺も反応してしまうのだ。男にいじられて、勃ってしまうなんて最悪だ。しかも、授業中に妄想されると最悪で、反応しないように努めるが、俺は不感症ってわけじゃないから無理な話だ。

 誰にも相談できないし、困り果ててしまう。

 俺の懇願を無視して、栗須の妄想は進んでいく。

『自分でこすりつけて……。そんなに、ここ気持ちいい?』

 舌で、乳首をつつかれて俺はコクコクと頷く。

『イキたい…、いかせて…』

 馬鹿、妄想の俺、やめろ…―――!

 俺はそう叫んでしまいたかった。今ここで刺激されて、どうなってしまうか…。

『駄目。今日はここだけでイッてもらうから…』

 両手で、両方の乳首を引っ張られて俺は冷や汗をかく。栗須の声は、本気の声音だった。表情も、本当にそうしようとしていて、俺は首を振る。妄想の俺は、そんなの無理だって、と身体を揺らす。

『乳首イキっていうらしいな。…お前ができるかどうか、いま試してあげるからな』

『む、むりだって…や、あっ』

 いやいやと言いながら、俺は敏感に反応していた。何度もいじくりまわされたそこは、硬く尖っており、赤く色づいている。栗須の長い舌が、乳首をなめるたび、俺の身体はびくびくと震え、感じていた。

 さんざん噛まれて、引っ張られて、俺のあそこはもう限界が近そうだった。

『乳首だけ触ってんのに、もうイキそうだな…。やらしー身体だ…』

『ちがっ、ん…あ…っ―――っ』

 前は触ってないのに淫乱だ、と栗須は揶揄する。

 俺は震えながら感覚に耐えていた。

 いつまでこれに耐えるんだろうか―――…俺は教室の時計を確認する。あと10分で授業が終わる。それまでに先生が雑談をやめてくれればいいが、今の先生のノリノリの語り口調を見る限り無理だ。

『気持ちいいことに集中してればいいだろ?』

 ぞわりと、背中が震えた。

 どうしよう、このままじゃ…。

『んっ、んぅ~…』

 俺の声が一層甘くなる。乳首をさんざんにいじられて、俺はすすり泣いていた。あまりの快感に、腰もがくがくと震えている。敏感に反応する身体は、もう限界だと訴えていた。俺自身も知らない俺の姿は、栗須を誘っている表情をする。

 そんな顔すんな、あんなの俺じゃねぇ…!

 俺は、妄想の俺と、本当の俺のはざまで揺れていた。

『ほら、イけって…っ』

 やめろ―――――!

 俺の叫びは届かず、裸の自分は乳首を思い切り引っ張ると身を震わせて達する。

「…っ」

 白い白濁が飛び散り、脳に快楽の刺激が押し寄せる。俺はその感覚になんとか耐えて、目をぎゅっと閉じる。

 自分の手を見たら、手汗でびっしょりとしていた。はぁ、はぁ…と荒くする息は全力疾走をしたあとの疲労感に似ていた。

 ほっと一息ついた俺の耳に、チャイムが鳴り響く。その瞬間、栗須の妄想も途切れた。俺は解放されたことに、息を吐く。

「はい、じゃあ今日はここまで」

 先生がその言葉を口にした瞬間、クラスはざわついた。俺は、ざわついた教室を、そっと抜け出す。きっと男子が見たらバレるほど、俺の股間は反応し、ズボンのなかで張り詰めていた。教室でこんな姿の俺を見たらきっとみんなは俺を変態扱いする。

 人の妄想で勃起するなんてなさけない…。

 俺は急いで階段を下り、誰にもばれないように男子トイレに逃げ込んだ。そこの個室に入り、急いでズボンをずり下げる。

 さっきトイレには誰もいなかった。ここなら、ばれないはずだ。

「…っ、」

 俺はせかす気持ちで、トイレットペーパーを破り、自身の性器に手をのばす。先ほどの刺激でもう出そうだったものは、数回抜いただけで白濁がペーパーのなかに飛び散った。俺は身を震わせて、息を整える。

 こんなところで抜いた、俺のほうが変態じゃん…。

 自嘲気味に笑うと、処理が終わったトイレットペーパーを流す。洋室のトイレが綺麗になったことを確認し、俺は素知らぬ顔で個室を出た。そこで俺は思わぬ人と出会った。

「あれ? 増栄じゃん」

「…角川」

 声をかけてきたのは、俺のクラスメイトである角川真(つのかわ まこと)だった。人好きしそうな目に、整った顔立ちで女子でも人気の男だった。長身の男で175センチあり、茶髪の髪は彼の軽薄さを表しているようだった。

 俺は、個室から出てことを見られて、バツが悪くなって頭をかく。

「お前もトイレ?」

 俺は洗面台にいって、手を洗った。においとかでばれたら、まずいしな。

 俺の言葉に、角川は綺麗に口角をあげた。

「お前のオナってる様子を確認しに来た」

「…は?」

 俺は、鏡越しの角川の表情をみて、ぞっとする。言葉の内容も、ぞっとしたが、そのことをニヤニヤと話す角川も怖かった。綺麗な男の笑みは怖くて、腰が引けた。その俺の様子すら、角川は笑っていた。

 角川の能力は知らない。だけど、変な噂は聞く。あまり深くは関わっちゃいけないタイプだろう。

「冗談だよ。修学旅行いっしょに班くもうぜ」

 ぱっと気の良い笑顔に変わって、俺はどう反応していいかわからなかった。

「修学旅行?」

「ほら、せんせー言ってたじゃん。修学旅行の班員決めって」

 そう言って角川はし終わった手を洗って、笑った。

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