第31話 左打ちに戻して下さい
どれだけの間唇を重ねていただろうか。
突如として、わたしの頭の中で稲妻のように理性が瞬いた。
何をしてるんだわたしは。
いつまでこの女とキスをしているんだ。もうええでしょう。十分過ぎるほどに百合をした筈だ。
「も、もう終わりっ!」
わたしはそう言って美景から唇を放した。目を開くと、蕩けたような表情の美景が見えた。なんだその表情。変な感情がまた掻き立てられる。
美景はゆっくりと、薄く瞳を開いた。
――それからまたゆっくり瞼を下ろし、こちらに唇を近付けて来た。
「ストーーップ! ボーナスは終了でーす! 左打ちに戻して下さーい!!」
わたしは腕を突き出し、近付いて来る美景を阻んだ。しかし、わたしの衣服を掴む美景の手に更に力が入り、わたしの抵抗を押しのけて近付こうとする。力強っ。服が伸びるだろ、やめろ。
それから数秒、熾烈な攻防が繰り広げられたのだが、何とかわたしは凌ぎ切る事が出来た。
「はぁ……はぁ……」
ようやく美景が手を放し、わたしは肩で呼吸をした。まだ心臓がどくんどくんと煩い。
キスを、してしまった。
よりにもよってこいつと初めてのキスをしてしまった。
わたしの胸にある感情は後悔――その筈だ。それなのに、わたしが感じる事の出来るのは不可思議な熱だけ。
この感情は一体何なの?
考えても分からない。
でも今言える事は、美景の方を見る事が出来ないという事だ。さっきまでは別に平気だったのに、今は彼女の方を向く事が憚られた。ネカフェの個室の、白い壁だけが視界に入る。
声を掛ける事も出来なかった。そっぽを向いて、黙り込んだまま。家庭内別居してる夫婦みたいだ。いや、なんだよその喩え。夫婦ってなんだよ夫婦じゃないし。
じゃあこのまま何をするでもなくずっとネカフェの壁を見ているのか? 一体どうすればいいんだと思った時、背後から声が聞こえた。
「有意義な百合が出来ましたわね、お姉さま」
その声があって、ようやくわたしはようやく美景の方を見る事が出来た。
いつもの涼しい笑みを浮かべている美景。相変わらずのムカつく表情。
「……そうかもしれないね」
わたしは小さく笑みを作って言った。その笑みは自分は余裕なのだという虚勢だった。
その後で思い直し、わたしは自らの言葉を訂正する。
「いや――有意義だったかどうかはこの後次第だよ。わたしの描く百合がランキングに入らなかったら何の意味も無い」
わたしは強い口調で、その事を強調するように言い放った。
「そうでしたわね。お姉さまの仰る通りですわ」
同意を示す美景。
そうだ。わたしは百合を描く為に百合をしたんだ。
それ以上の意味なんて、無い。
☆
唐突なおまけコーナー
春佳の七つの大罪チェッカー
◎…良く当てはまる ○…当てはまる △…あまり当てはまらない ×…当てはまらない
傲慢 ◎
強欲 ◎
嫉妬 ◎
憤怒 ◎
色欲 ○(思春期相応)
暴食 ○(月一で二郎に通っている)
怠惰 △(生来の気質は真面目。百合を描く事に関しては勤勉だが、現在勉学が疎かになっている)
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