第30話 REM

 微睡みの中に居るみたいだった。


 現実へとはみ出してしまいそうな浅い眠り。その時に見る夢。


 そうだ、これは妙に現実めいているけど、現実じゃない。わたしは夢を見てるんだ。


 だって、そうじゃなきゃおかしいよ。


 荒唐無稽な夢の中でしか味わえないような、身体が飛び上がってしまいそうな感覚。そんなのが現実である筈がない。

 ましてや、それを美景とのキスの最中に感じるなんて有り得ない。


「っ、ふ……」


 大きく息を吸い込んだ。口が塞がっているので鼻呼吸をするしかない。でも大きな鼻息を立てて呼吸したらなんか変態みたいだし、いや変態というより牛みたいだし。だから呼吸を荒立てないようにしていたのだが、そうしたら上手く息が出来ないし、でも脈が速くなっているせいか、身体はいつもより酸素を欲していて、窒息してしまいそうだった。死因がこいつとのキスなんて最悪すぎる。なので仕方無く少しだけ唇を離して、口を開いて呼吸をした。


 閉じた口に、またすぐ美景の唇が重ねられる。


「〜〜ッ」


 驚きは声にならなかった。


 何なの、これ。


 頭がどうにかしてしまいそうだった。

 キスってこんな感じなんだ。


 ただ肌と肌を触れ合わせるのとは違う。この間、美景と恋人繋ぎをして指を絡ませた時とは比べ物にならない。

 彼女の存在を強く感じる。何のフィルターも無しに感じているみたいだ。唇の表面じゃなくて、魂で感じている。


 凄い。凄くて、もう頭がくらくらしてしまう。酸素が足りないのもあるけど、絶対それだけじゃない。


 目を閉じているから辺りが見えなくて、それでいて頭がくらくらしているので平衡感覚が胡乱になる。わたしは倒れてしまいそうになり、とっさに美景の身体に掴まった。多分、腕の辺り。


 彼女を掴む手に自然と力がこもる。ただ身体が支えられれば良い筈なのに、過剰な力が入ってしまう。


 すると、不意に胸の辺りに感触があった。


 美景がわたしの衣服をぎゅっと掴んでいた。わたしが美景に対してそうしているように、強い力が込められていた。


 お互いがお互いを強く掴んで、最早離れる事は出来ない状態だった。共有結合みたいだな、とわたしは化学の授業で習った事を思い出した。とにかく、今のわたしたちの結び付きは強いものだった。


 その事にぞくぞくするような感覚を覚えた。


 何でこんな気持ちになるの?


 変な感じだ。凄く変な感じ。でも……嫌じゃない。何で嫌に感じないんだ。美景と――嫌いな女とキスをしてるのに。嫌悪感でいっぱいにならなければおかしい筈なのに。


 やばい。このままじゃまずい。わたしの頭の中で警鐘が響く。でも、どうにも出来ない。いや、なんで。やめればいいじゃん。キスするのを。


 でもそうは出来ない。なんでなのか分からないけど、やめられないんだ。


 ああそうだ――百合の為だからだ。わたしは百合をやり遂げなきゃいけない。だから、キスをやめるわけにはいかないんだ。そう。百合の為だから。ただ、それだけ。


 わたしは今、百合をしている。


 全身が高揚しているような感覚だった。満たされているような、でもなんだか足りなくて、もっと欲しくなるような。だからなのか、疼きのようなものを覚える。


 身体が切ないような感じがする。


 特に……特に……下腹部の辺りが……。


 これが百合なのか……?


 もしかして、百合ってエロいのか……!?


 やっぱり、本当にまずい。このままじゃわたしはどうかしちゃう。戻れなくなっちゃう。だから、何とかしないと。


 もう、手遅れなのかもしれないけど。

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