第26話 殺すぞ
そして二日後。
四時限目の授業中。わたしはいつものように板書を取ると見せかけてノートに百合を描いていた。やはりいつもより調子が良い。身体が百合力で満ちている。わたしの百合力は53万だ。
ノートから視線を上げる。黒板の上に設置された時計の針は垂直に重なろうとしていた。
一二時になる。
それはつまり、昨日に予約投稿されたスニミア絵に対しての評価が集計され、その結果――昨日分のランキングが公表されるという事だ。
わたしは今までに無い自信に満ちていた。
わたしは百合をした事によって百合というものの理解を成し遂げたのだ。そうして生み出された百合は至高のものだ。
だからこそ、ランキング入りは確実だ。これまでに随分と長い時を費やした。だが、ようやく今までの苦労が精算される時が来たのだ。この栄光を掴む事によってわたしは過去の全てを許す事が出来る。
早くスマホを確認したい気持ちはあった。しかし授業中にスマホを見ているのがバレてスマホを没収されてはかなわない。だからわたしは授業が終わるその時をじっと待った。
約一〇分後、日直の号令が響き、ようやく授業が終わった。
昼休みになり、皆が弁当箱を取り出す中、わたしはスマホを取り出した。わたしの心に不安は無かった。余裕に満たされていた。
勝ったな。
ランキングに入っている事は確実。だからわざわざ確認をする必要は無いのかもしれない。けれど、自分の百合が一体何位になったのかは気になる。どこまでいけたかという事を認識する事が更に上を目指す為の第一歩だ。
わたしはスマホの画面を点けた。
特に何の通知も無かった。
「?」
一度消してもう一度画面を点けるがやはり何も現れない。
まあ、通知ONにしていても通知が来ないという事はままある事だ。なのでわたしは『ポクシブ』のアプリを開いた。アプリ内の通知欄を確認すればそこにはしっかりと通知が記されている筈――。
と思ったのだが、何の通知も届いていなかった。
いや、おかしい。
わたしは画面を下に引っ張り更新をかける。だが、表示される画面は変わらない。一度アプリを落としてもう一度開く。
でもやはり何の通知も表示されない。
これが意味する所は、即ち――。
「春佳ー、お昼……って春佳? どしたん?」
いつの間にかわたしのすぐ隣に弁当箱を持ったすみれが立っていた。だが、わたしは最早彼女に構っている余裕は無かった。
「あの……」
「あの?」
不思議そうにわたしの言葉を繰り返すすみれ。わたしのスマホを持つ手は大きく震えていた。
「あんの
わたしは椅子から勢い良く立ち上がり、全く事情の飲み込めていないすみれをその場に残し、教室を出て行った。
†
校舎裏。当然のように人は居ない。もし告白とかしてるやつとかが居たら骨を折ってやろうかと思ったのだが、手を汚す必要は無さそうだった。
スマホを操作して『NINE』を開く。そして美景とのトーク画面を開いて彼女に電話を掛ける。
発信音が鳴る。三コール目でようやく電話が繋がった。一コールで出ろって習わなかったのか?
『はい、どうしましたの、お姉さま――』
「殺すぞ!!!!!」
わたしはスマホのマイクに殺意を叩き付けた。
『……お姉さま、電話を掛けて開口一番に「殺すぞ」は人間のコミュニケーションではありませんわ……』
「うるさい! わたしは神だ! 神は割としょっちゅう人間殺してるだろ!」
返答は無かった。美景は何を思ってるのか。そんな事はどうでも良かった。言わなければ気が済まなかった。
「お前言ったよな? 百合をすれば百合が描けるようになるって。なぁ?」
スマホを握る手に力が入る。ミシッって音が鳴ったような気がした。
「入ってねえんだよ! わたしの描いた百合が! ランキングによぉ!
わたしはお前と百合をして! それで百合を描いたんだ! 結果はこれだ!
なんの成果も!! 得られませんでした!!
どういう事なんだ、えぇ!?」
『落ち着いて下さいまし、お姉さま。「百合は一日にして咲かず」という言葉がありますの。たった一回百合をしただけで良い百合が描けるようになるという事ではないのですわ』
「誰の言葉だよ」
『わたくしの言葉ですわ』
「だと思ったよ!」
カスみたいな格言を生み出しやがって。
「けど、前よりも良い百合は描けてた筈だ。それなのに何でわたしの百合がランキングに入らない? わたしの百合が尊くないからか?」
怒りは到底すぐに収まるものではなく、美景を問い詰める。
『ええ……まぁ……』
歯切れの悪い返事。
「なんだよ『尊い』って……!
その『尊い』ってやつを具体的な言葉で説明してみろよ! それだけじゃ分かんねえんだよ!
ほらよぉ! ちゃんと言えよ!
どいつもこいつも鳴き声みたいに『尊い』『尊い』言いやがって! それしか言えねえのか!? ピカチュウの方がボキャブラリーが豊富じゃねえか! あぁ!?」
矢継ぎ早に怒声を放ち、流石に息の切れたわたしは暫く荒い呼吸を繰り返した。
電話の向こうでは美景が沈黙を続けている。それが許せなかった。
ここまで来たら美景には最後まで付き合って貰う。途中で降りるなんて許されない。
「テメェ、今日の放課後ツラ貸せや」
『会うのは構いませんけどその言い方はやめて下さいまし……』
美景の要請を無視し、わたしは通話終了ボタンを押した。
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