第24話 逃げちゃダメだ
家に帰って風呂と夕食を済ませ、スマホを見れば『NINE』で美景からのメッセージが届いていた。
『本日はいい百合が出来ましたわね。次回以降もよろしくお願いしますわ』
なんだよいい百合って。いい百合の日でも作るか?
『こちらが動画ですわ』
そのメッセージの下に動画が添付されていた。わたしはその再生ボタンを押す。
すると、わたしと美景の映った映像が流れ始める。
画面の中で美景はカメラレンズから離れて行き、わたしの真向かいに位置取る。そして、わたしと向かい合う形になる。
見つめ合うわたしと美景。わたしの表情は憎しみに満ちているように険しい。
『さあ、早く百合をしましょう――お姉さま』
不敵な笑みと共に美景が言って、わたしの表情は険しいまま微妙に変化する。
だが、意を決したわたしは手を開き、それを美景の手へと近付けて行く。
そしてわたしたちは手を繋いだ。
恋人繋ぎだ。
「死にてぇ〜〜〜〜〜!!!」
わたしは再生停止ボタンを押して、スマホをスリープモードにした。そしてベッドへと飛び込んだ。
「あぁ、クソッ、うがああああああっ!」
掛け布団に頭を突っ込み、わたしは苦悶の声を上げた。
羞恥の感情がわたしを焼き殺そうとしていた。
想像して欲しい。自分が誰かと恋人繋ぎしている様子を動画で見せられるって本当に恥ずかしい。これ以上の拷問があるか?
こんなとんでもないものがデータ化され、『NINE』上にアップロードされてしまっているのだ。それはつまり、この動画を完全に抹消する為にはわたしのスマホ上で削除するだけでは足りず、まず美景のスマホを粉々に破壊し、どこにあるのか分からない『NINE』のサーバからもデータを消去しなければならないという事だ。これは最早デジタルタトゥーなのだ。
何であんな事をしてしまったんだ、という後悔が込み上げる。美景の誘いに乗ってあんな事をしなければ――。
そこではっとした。
「いや、違う。あんな事をしたのは百合の為だ……!」
その事を思い出した。そうだ。わたしは百合の為に苦痛を覚悟の上で美景と百合をしたのだ。
わたしはベッドに伏せていた顔を上げて机の方を見遣る。そこにはスマホが置かれている。
拒絶の感情が生まれる。それでも。
「逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ――」
わたしは何度もその言葉を繰り返し、自身を奮起させる。
ベッドから立ち上がる。そして机へと近付いて、その上に置かれていたスマホを手に取る。画面を点け、わたしは決意を固めて再生ボタンを再び押下する。
恋人繋ぎをするわたしと美景の映像が先ほどの所から流れ始める。
やっぱ死にてぇな。
そう思ったが、今度は何とか再生停止ボタンを押すのを堪える事が出来た。
見つめ合うわたしと美景。
なんかわたしの顔赤くない?
ふざけんなよおい。何で顔赤くしてんだよわたし。もしタイムマシンで過去に戻れたなら顔が真っ青になるまでぶん殴ってやるからな。
いや、緊張と極度のストレスで赤くなってるだけだ。そういう事もある。そうに違いない。美景と恋人繋ぎするのに照れて、とかではない筈だ。そんな事有り得ない。
暫くそのままの体勢で固まるわたしたち。
『体勢を変えますわよ』
美景が言った。
『あ、うん』
録音した自分の声ってなんか思ってるのと違うよね。これは普段自分の声は空気の振動を介して聴こえてくるだけでなく、骨伝導によっても聴こえているけど、録音したものはその骨伝導の分が無いから違って聴こえるんだよ。以上、今日の豆知識のコーナーでした。うわ、自分の声キモ。周りには普段こんな風に聴こえてるんだ。あまりにも辛い。
それから数分。ようやく動画が終わった。
「誰かわたしを殺してくれ」
わたしはベッドに仰向けになり、白い天井に向かって言った。
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