第23話 わたしが天に立つ

 時間が引き延ばされる。


 けれど、いつもより明らかに煩いわたしの鼓動は秒針のカチカチという音みたいに着実に時間が経過している事を教える。


 目の前には美景の顔。恋人繋ぎをしているという事だけでなく、彼女が間近でこちらを見詰めているという事もわたしの情緒を大きく揺さぶる。

 やっぱり変な気持ちだ。今までに体験した事の無い気持ち。それが快の感情に分類されるものなのか、不快に分類されるものなのかも良く分からない。


 この女はわたしにとって無視する事の出来ない影響力を持っている。彼女との出会いによる自らの変容をわたしは感じていた。


「体勢を変えますわよ」


 不意に美景が言った。


「あ、うん」


 少しばかり遅れてわたしは返事をした。そして美景はスマホの画面を見ながら体勢を変えてゆく。作画資料としては色々な角度から撮ったものが欲しいのでその行動は正当なものだった。わたしは手を引かれるままに体勢を変える。


 そうして数分後。


「もう良いでしょう」


 そう美景が言った。


 繋いでいた手が解かれる。


「あ――」


 そこにあった熱が消え、わたしの両手を冷たい空気が包んだ。


 いつまでもこんな女と手を繋いでいられない。だからわたしにとってそえは精神的苦痛からの解放だった筈なのに。


 少しだけ、寂しいような気持ちを抱いてしまった。


 美景はこちらに背を向けて自らのスマホの方に向かった。画面を操作して録画を停止した。


 ようやく終わったのだ。

 この女との百合が。


 その事を認識すると、わたしの中で熱い感情が息吹をあげる。


「今度こそちゃんとやってやったよ。これで満足?」


 そう問うと、今度は美景は笑みを浮かべた。


「ええ。良かったんじゃないですの? きっと、底辺絵師を卒業出来る日もそう遠くないですわ」


 美景のその言い方が気に食わなかった。

 自分は神絵師だけどまだまだお前は底辺絵師なのだと言われているようだった。


「――あんたは慈善でこの話を持ち掛けたんじゃないって分かってるよ。これはわたしだけにメリットがある事じゃない」


 わたしは美景に向かって告げた。


「あんたの上にも沢山の百合絵師が居る。そいつらを超える為、そいつらよりも百合を理解する為、あんたはわたしに百合をしようって提案したんでしょ。百合をしてくれる相手なんてそうそう見つかるもんじゃない。けれど、あんたは丁度良さそうな奴を見つけ出した。わたしの事を利用して、自分は更に上に進んでわたしの事は適当な頃合いで捨てれば良いって思ってるんでしょ」


 美景は何も答えない。その表情は肯定も否定もしていない。


「けど、そうはいかないよ。わたしはあんたを超える。『神絵師の肉を食えば神絵師になれる』なんて言葉があったっけ。やってやるよ。あんたを食い殺してやる」


 僅かに彼女の表情に変化があった。彼女が浮かべた笑みは期待に応えてくれた事を喜ぶかのようだった。


 それも腹立たしい。こいつは自分がずっとわたしの上に居られるものだと思っている。いつかこいつを追い抜いて吠え面を見下ろしてやる。


「これからもわたしはあんたと百合をしてやるよ。キスだって、それ以上の事だって。神絵師になる為なら何でもする」


 わたしは灼熱の決意を胸にそう言い放った。


「それ以上の事って何ですの?」


「セックスだよ! 一々言わせんな!」


 わたしは隣の部屋にも響くであろう大きな声で叫んだ。


「セッ……? 何ですの、それ……?」


「知らないわけないだろ! スニミアのR-18描いてたじゃねえか!」


「いや本当に分かりませんの、そのセッ? っていうのがどういった行為なのか、無知蒙昧なるわたくしに教えてくれませんこと? なるべく詳細まで、具体的にお願いしますわ。ここでジェスチャーをして下さっても――」


「お前マジでぶん殴るぞ」


 死ぬほど不愉快な美景の笑みを見てわたしは握った拳を震わせた。


「いい? わたしは神になるんだ。百合界隈の神だ」


 わたしは拳を解き、その一方で瞳からは強い闘志を溢れさせ、告げる。


「そのうち全ての人間がわたしを崇め奉るようになる。

 わたしが百合を描けば皆は涙を流し頭を垂れるんだ!

 皆、わたしの描く百合が無ければ生きていけないようにしてやる!」


 わたしの言葉には笑いが交じる。その未来を思い描くと愉快で堪らなかった。


「――だからお前は今のうちから頭を下げる準備をしておけ。

 勘違いするなよ。天に立つのはわたし一人だ」


 鈍器で頭を殴り付けるようにわたしは美景に告げた。

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