第22話 あなたと恋人つなぎ
わたしの手と美景の手が固く結ばれている。
美景の手は少し冷たく感じた。わたしの手の温度が上がっているせいかもしれない。わたしの手には少量の汗が滲んでいて、その事が美景に悟られないか不安に思った。
だが、何はともあれわたしは美景と手を繋ぐ事に成功した。
「つっ、繋いだよ、手……! これでいいんでしょ!?」
わたしはそう問うて美景の表情を見た。
しかしそこにあったのは満足の笑みではなく、肩透かしを食らったような表情だった。
「な、何その顔……? 何か不満なの」
「お姉さま、違いますわよ。まあ、わたくしが言葉足らずだったのは認めますが――」
美景はそうして衝撃的な一言を告げる。
「――手を繋ぐというのは、恋人繋ぎの事ですわ」
わたしは絶句した。対する美景は不敵な笑みを浮かべている。
「なっ、こ、恋人繋ぎって……!?」
「こうではなく、互いの指と指を絡めるやり方ですわよ。ご存知ありませんの?」
「い、いやそれは知ってるけど! さっきまでの話の流れからして恋人繋ぎの事ではなかったでしょ! 恋人繋ぎだったら他の人とした事なんて無いし!」
とぼけた顔を浮かべる美景。滅茶苦茶に腹が立つ。わたしは彼女と手を繋いでいる事に我慢がならなくなって、手を放した。
「第一、 恋人繋ぎっていうのは恋人とするから恋人繋ぎって言うんでしょ!? 恋人じゃないあんたとするなんてごめんだね!」
「だから百合なんじゃありませんの」
「うぐぅ……」
美景の理屈に一理あると思ってしまった自分が悔しい。
「……さっきも言いましたが、お姉さまが嫌というなら強要するつもりはありませんわ。今日はもう一応手は繋いだ事ですし、お開きとして恋人繋ぎは次回以降、という事でも構いませんのよ? ――そうやって神絵師に至るまでに乗り越えなければならない高い壁をナメクジみたいにのそのそ登ってゆくというのならそうすれば良いんですわ。さて、一体何年掛かる事やら」
「こ、このっ……!」
美景の言葉はわたしの逆鱗をわしゃわしゃと撫でているようだった。
本当にムカつく。
でも、言っている事は正しい。
わたしはわたしの欠陥を補わなければ神絵師にはなれない。少しずつそれを埋めてゆくというのなら、神絵師として完成する日は遠いものになる。
わたしは早く神絵師になりたい。今すぐにでも。
「……やるよ」
わたしは小さく告げた。
「ん?」
わたしの言葉を確認する美景。美景は今の言葉をしっかり聞き取っていた筈だ。だからはっきりとした言葉で言えと促しているのだろう。
「あんたと、恋人繋ぎをする」
わたしは真っ直ぐに美景の方を見て告げた。
「それを聞きたかったですわ」
美景はようやく満足したような笑みを浮かべた。
その後、彼女はこちらに近付いてくるのかと思ったのだが、その予想に反してわたしに背を向けた。そして、自らの鞄の中を漁った。
そして取り出したのはスマホとスマホスタンド。彼女はそれを机の上に設置した。そしてカメラアプリを起動し、角度を調整する。画面にわたしたちの姿が映る。
「と、撮るの……!? 何の為に!?」
わたしは美景の行動の意図を察して言った。
「え……作画資料の為ですわ……」
「クソっ……!」
思ったよりも真っ当な理由だった為難癖を付けてやめさせる事は出来なかった。
ただ恋人繋ぎをするだけでも恥ずかしいのにその行為を撮影するなんて。羞恥の感情がわたしを内側から圧迫する。
けれど、これも試練だ。これを乗り越えなくては神絵師にはなれない。
美景がスマホを操作して動画の撮影を開始した後、こちらに近付いて来た。そして、両方の手を広げる。
わたしは鼓動が早くなるのを感じた。躊躇の感情をはっきりと自覚する。しかし、わたしはそれを押し殺すように努めた。
「さあ、早く百合をしましょう――お姉さま」
歯噛みする。『お姉さま』という呼び方がわたしの神経を刺激した。
百合をする。
その事を心の中で反芻する。そして、決心を固めた。
それが百合を描く為に必要な事ならば。神絵師になる為に必要な事だというならば、やってやる。わたしの心の中で闘志が燃え上がる。
わたしも彼女を迎え撃つように両の手を広げた。そして、わたしたちは互いに近付いてゆく。彼女の顔が眼前にあった。悔しいがモデルみたいに綺麗な顔だ。まつ毛もめちゃくちゃ長い。
彼女との距離が縮まる。ガチ恋距離だ。何だよガチ恋距離って。距離が近いだけで恋に落ちるのか? そんなわけないだろ。満員電車とかどうなるんだ。
鼓動が早い。顔が熱い。口の中が渇く。
変な気持ちだ。何でこんな気持ちになるんだ。でも、今はそんな事考えても仕方無い。一旦この気持ちの事は無視すると決めた。
神絵師になる。今はそのゴールの為に、ただ前に進めばいい。
そして、わたしの指と美景の指が触れ合う。わたしは指を絡めた。編み込みのように、互いの指がしっかりと結ばれる。
恋人繋ぎだ。
わたしは、美景と恋人繋ぎをした。百合をしたのだ。
目の前で美景は愉悦に満ちたような表情を浮かべていた。
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