第20話 テーマパークに来たみたいだぜ
店内に入ると空調によって快適な温度に保たれた空気がわたしを包んだ。
すぐ目に付いたのはトラックの背くらいはありそうな大きな本棚。そこに漫画の背表紙が数え切れないほど敷き詰められてる。その本棚が幾つも並んでいる。一体何冊の漫画があるのだろうか。わたしは初めて実際に訪れるインターネットカフェに対して心が沸き立つのを感じていた。
「テーマパークに来たみたいだぜ。テンション上がるなぁ〜」
そんな感想が自然と口から漏れた。
「まずは受付を済ませますわよ」
美景が指差した方にはカウンターがあり、制服に身を包んだ店員さんがこちらに笑顔を向けた。
「いらっしゃいませ」
美景はカウンターの前に行って店員さんに告げる。
「二人で利用で、三時間のコースでお願いしますわ」
「かしこまりました。会員カードはお持ちですか?」
「はい、持ってますわ」
美景は財布の中から会員カードを取り出した。持ってるのかよ。
「ありがとうございます。ご利用料金ですが、お二人様で二四〇〇円になります」
「はい。あ、料金は割り勘ですわよ」
美景がこちらを見て言った。
「チッ!」
わたしは舌打ちをかましながら自分の財布を取り出した。お嬢様のくせに随分とケチケチしてんな。わたしは野口英世と二枚の硬貨をカウンターの上に置いた。
「ポイントのご利用はどうされますか?」
「貯めておいて下さいまし」
「割り勘にするのにポイント使わねえのかよ」
わたしは美景を睨んだが彼女はそっぽを向いた。
店員さんは機械から伝票を取り、それを小さなバインダーに付けてこちらに差し出した。そのバインダーには鍵がぶら下がっていた。
「それではお部屋はこちらになります。ごゆっくりどうぞ」
店員さんが笑顔で言った。美景はバインダーを受け取って小さく頭を下げた。
わたしは美景の手元のバインダーを覗き込んだ。伝票には番号が書かれており、それが部屋番のようだった。
「あ、ドリンクバーが付いてますので取って行きますわよ」
美景が指差した先にはドリンクバーの機械があった。わたしは脇の紙コップを取ってその中にジュースを注ぎ込む。何だか無性にむしゃくしゃしていたのでコーラとメロンソーダを混ぜて禍々しい色の液体を錬成した。
「それじゃ、お部屋に行きますわ」
そう言う美景が手に持つ紙コップには何らかの茶が入っていた。紅茶かな? お嬢様気取りやがって。
「……あんた随分手慣れてるみたいだけど、常連なの?」
お嬢様のくせにネカフェに入り浸ってるのか。そんな事を思いながらわたしは尋ねた。
「ええ、まあそういう事になりますわね。読みたい漫画もあまり巻数が多いと予算的に厳しくて……そういう時にネカフェを利用しているのですわ」
「めっちゃ庶民の金銭感覚だ……」
先ほどから「もしかしてこいつはエセお嬢様なのではないか?」と疑念を抱いていたのだが、それは確信に変わった。聖ユイアズー女学院も随分資金的に無理をして通っているのではないだろうか。
「カイジとか嘘喰いとか流石に巻数が多くて……」
「いや、それは分かるけど……」
何でそのチョイスなんだよ。ギャンブル漫画好きなのか? いや、めっちゃ面白いけど。ちなみにわたしは漫画アプリの待てば無料とか割引キャンペーンとかを利用して読む事が多い。
「まあそれはそれとして、ここがわたくしたちの部屋ですわ」
美景が示した先には伝票に書かれている番号と同じ番号のプレートが取り付けられた扉。渡された鍵で美景は解錠して扉を開けた。
その奥にはわたしの自室の半分に満たないくらいの広さの部屋があった。突き当たりにはパソコンの大きなモニターが置かれていて、床には柔らかいマットが敷かれている。美景は靴を脱いでそこに上がったのでわたしもそれに続いて靴を脱ぐ。
部屋に上がり、周りを見渡す。壁には照明を調節するスイッチや空調のコントローラーが取り付けられている。何だか凄いなぁと感心しながらそれらを見ていると、不意にカシャンという音が鳴った。
それは美景が部屋の鍵を閉めた音だった。
こちらに笑みを向ける美景。彼女は告げる。
「さあお姉さま、百合をしますわよ」
わたしは身体から汗が吹き出すのを感じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます