第17話 ごきげんよう、お姉さま
放課後。わたしは帰宅部なので普段ならばそのまま直帰する。しかし今日はいつもとは逆の方向のバスに乗り、辿り着いた駅から電車に乗った。
今日は美景と百合をしなくてはならない。
美景が待ち合わせ場所として指定した駅は大きな駅で、多くの人が行き交っていた。
美景はもう来ているのだろうか。そう思って駅の構内を見回す。
その時だった。背後から声がした。
「ごきげんよう、『お姉さま』」
振り向けば、そこには美景が立っていた。忌々しい面が目の前にある。それにしても目立つ金髪だ。
わたしは彼女を睨み付ける。
今、聞き捨てならない言葉があった気がする。
「……あんた、今何て言った?」
わたしがそう尋ねると、美景はきょとんとした表情を浮かべた。
「え? ごきげんよう、と」
「違う! その後だよ! 『お姉さま』とか虫唾が走るような呼び方をしてただろ!」
わたしが指摘すると美景は悪戯っぽい笑顔を浮かべた。
「ええ、呼びましたわ。……だって、わたくしと貴女は百合をする関係。そして、わたくしの方が年下ですわ。でしたら貴女の事を『お姉さま』と呼ぶのは道理に適っているのではなくて?」
ずい、と顔を近付けて彼女は言った。
「そうかな……そうかも……」
そんな気がしてきた。悔しい事に彼女の主張に対しての反論が思い浮かばなかった。
しかしだからといって、それを受容する事は出来なかった。
「でもなんか凄く嫌……背筋がゾゾゾってする……さっき吐き気がしたし……あ! あんた留年とかしてない!?」
「してませんわ」
畜生。
「今からでも留年しない?」
「今から留年してもわたくしが年下な事に変わりありませんわ」
くそっ、その通りだ。
「諦めて受け入れて下さいまし、お姉さま」
「うぐぁっ!」
強い精神的苦痛を受け、わたしはその場で身体を折った。
すると、美景はわたしの耳元へと口を近付け、囁く。
「――お姉さま♡ お姉さま♡ お姉さま♡ お姉さま♡」
「うあああああああ! やめろ! 同人音声みたいに『お姉さま』を連呼するな! 耳が犯されてるッ……!」
わたしは悶絶する。本当に吐きそうだった。
「本当にやめてしまって良いんですの? 今日は百合をする為にわざわざ来たんですわよね?」
はっとした。
「確かに……」
「でしたら、『お姉さま』呼びが嫌なものであっても受け入れるべきですわ。お姉さまの『百合で勝ちたい』という情熱はその程度のものですの?」
「い、いや……っ、勝ちたい! わたしは絶対に百合で勝つ!」
わたしは確かな情熱を胸に抱き、そう答えた。
「そ、そうだ……全ては百合の為! その為なら何だってする! 百合の為だから仕方無い! 『お姉さま』と呼ばれる事になっても、全然……っ、全然構わない! さあ! もっと『お姉さま』って呼んでくれて良いよ!」
「そんな範馬勇次郎みたいな顔で言われましても……口ではそう言ってても身体は正直ですわよ……」
若干引いた表情で言う美景。そんなに険しい顔してるのか、わたし。
「ところでお姉さま……そこまでして百合を描きたいというのでしたら、簡単に至高の百合が描けるようになる素晴らしいアイテムがありますわよ」
出し抜けにそんな事を言う美景。
「何! それは一体どんな物なの!」
わたしは食い気味に問うた。すると、美景は懐からUSBメモリを取り出した。
「このUSBの中には至高の百合を描くためのノウハウが詰まっていますわ。名付けて『必勝百合マニュアル』。この素晴らしいアイテムがなんと、今なら一万円ですわ」
妖しい笑みを浮かべ、美景は言った。
「い、一万円!? そんなちっぽけな物が……! で、でもそれで至高の百合が描けるなら安いもんか……!」
わたしは逡巡しながら財布の中を確認する。諭吉がこちらに不愛想な顔を向けた。
「ちなみにこれは『必勝百合マニュアル・初級編』ですわ」
「初級編? って事は中級編や上級編があるわけ?」
「そうですわ。中級編はこちらに」
美景は懐からもう一本のUSBメモリを取り出した。
「その中級編はお幾らで……?」
「こちらも一万円ポッキリ。――ただし、これは誰にでも売っているものではありませんの」
「そ、それじゃあ中級編を買うにはどうしたら?」
美景は口の端を吊り上げ、邪悪な笑みを浮かべた。
「お姉さまが『必勝百合マニュアル・初級編』を三人以上に販売するんですの。そうしたら中級編を購入する権利を差し上げますわ」
「な、何だって――!」
わたしは愕然とした。
「ちなみに上級編が欲しければ一〇人以上に販売して下さいまし。更にその上のミラクルプロフェッショナル編が欲しければ五〇人以上。最上級のビクトリーゴッドシャイニングフリーダムジャスティスデスティニー編が欲しければ販売ノルマは三〇〇人以上ですわ」
「あわ、あわわわわ……っ」
告げられた過酷な条件にわたしの脳の回路はショートしてしまっていた。
だが、ふと気付く。
「――って、悪質なマルチ商法じゃねえか! 消費者ホットラインに訴えるぞ!」
わたしは正義の怒りを彼女へとぶつけた。
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