第16話 頭おかしいんじゃねえの?
月曜日。
世界史の授業の最中、わたしは授業には一切耳を傾けずに窓から外の景色を眺めていた(別に世界史の先生に個人的な恨みがあるとかではない)。ちなみにわたしの席は窓際の一番後ろ。なんか主人公みたいだな。人っていうのは皆自分の人生という物語の主人公なんだよな。
青い空には千切り取った綿のような雲が幾つも浮かんでいる。それを見ながらわたしが考える事は一つ。
何だよ「百合をする」って……。
意味分かんねえよ。頭おかしいんじゃねえの?
なんかあの時はその場のテンションで理解していた気になっていたけど、良く考えると意味分からん。わたしが百合について無知だから「百合をする」の意味が分からないのだろうか? いや、あの女が異常なだけだな。ヤバい女が変な造語を言っていただけだ。青空にあの女――美景の顔が浮かんで見える。死んでるみたいだな、これ。
考えても無駄だ。だから頭からその事を締め出そうとしたのだが、わたしの思考はその意味不明な言葉に囚われてしまう。「百合をする」……「百合をする」……英語にすると「Do lily」だ。よし、これで英語のテストは満点だな。
そうやって物思いに耽っていると、いつの間にか午前の授業が終わっていた。チャイムの音が昼休みが訪れた事を報せる。
「春佳ー、お昼食べようぜー」
天真爛漫という言葉が似合う笑顔でわたしに声を掛けてきたのはすみれだ。それによってわたしは終わりの無い思考から現実へと引き戻される。
机を向かい合わせにくっつけ、わたしは弁当箱を机の上に置いた。蓋を開けると唐揚げ唐揚げ唐揚げ唐揚げ。申し訳程度のキャベツ。あとは白米。女子高生の弁当か? これが……。まあお母さんの唐揚げ美味しいからいいか。
「「いただきまーす」」
そう言って唐揚げを口に頬張る。美味しい。それを咀嚼していると、すみれがこちらに顔を近付けて言う。
「春佳さん、もう見ました? これ。大事件ですよ」
そう言うすみれが手にしていたのは『ミュータイプ』というアニメ雑誌だった。広げたページをわたしへと見せ付ける。
「『金星の魔女』の描き下ろし絵! 見てこれやばくない!?」
テンション高くすみれが言った。開いたページにはラフな格好をしてソファの上で
「これさあ、もうアレじゃん。結婚したての二人が、愛の巣たる自宅のリビングで穏やかな時間を過ごしている……なんて幸せな新婚生活なんだ! くぅーっ! 尊すぎる! 二人がヨボヨボのおばあちゃんになってもこの生活を続けていて欲しいね!」
「あはは、そうだね……」
わたしは笑顔を取り繕って言った。
ごめん、すみれ。わたし、本当は百合が好きじゃないんだ。
今は沢山スニミアの絵を描いているけど、それも本当は好きじゃない。
だから、この絵の何が良いのか分からない。あなたの言う『尊い』が分からない。二人が幸せな新婚生活をしているのがどうして良いの? 自分が幸せな新婚生活を送れてるなら確かにそれは幸せだけど、他人の事じゃん。他人っていうか、そもそもスニットとミアリムは架空のキャラクターだよ。
そんな事をすみれに言ったら彼女はどんな風に思うだろうか。
裏切られた、って思うのかな。そう思われても仕方無いのかもしれない。わたしはすみれに対してずっと嘘を吐いていた。
胸に痛みを覚える。これが罪悪感だろうか。でも。
これからもわたしは嘘を吐き続けながら百合を描くよ。この事はあなたに対してずっと秘密にしておく。
この秘密を知っているのはたった一人。
妹尾美景。ただ一人、彼女だけが。
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