第15話 わたしの百合で全員殺す

 わたしがそう言い放つと、アングレカムは満足したような表情を浮かべた。わたしはそれが気に入らなかった。


「言っておくよ、アングレカム。わたしはあんたが嫌いだ。百合絵師として目の上のたんこぶだからじゃない。あんたの事を、一人の人間として嫌悪してる」


 鋭利な刃物のような眼光で彼女を睨みつけながらわたしは言った。彼女が一切の動揺を見せない事にはこのほんの短い期間で慣れてしまった。


「嫌いな人間と百合をするなんて、冗談じゃない、って思うよ。

 ――それでもやってやる。それで神絵師になれるなら安いもんだ」


「ええ、それで構わなくってよ」


 それから数秒、わたしは彼女の薄い笑みを凝視していた。ふと、ある事に思い至る。


「そういえばあんた、名前は?」


 わたしがそう口にすると、アングレカムは少し目を丸くした。


「あんたの本名だよ。相手について知る事――例えば、ハンドルネームじゃない本当の名前を知る事は百合に含まれるんじゃないか?」


 わたしがそう告げるとアングレカムは感心したように笑った。


「ええ、ええ。サクラさんの仰るとおりですわ。相手の名前を知る――それもまた百合ですわ。

 妹尾せのお美景みかげ

 それがわたくしの本名ですの」


 妹尾美景。こいつの名前。わたしはその響きを頭の中で何度も反芻した。思ったより普通の名前だった。ハーフだからもうちょっとそれっぽい名前なのかと思ってた。


 わたしは彼女に向け、告げる。


花嵐はなあらし春佳はるか


 自らの名を。


「ちゃんと覚えておけ。いずれ百合界隈の頂点に神として君臨する女の名前だ」


   †


「おかえりなさい、春佳」


 帰宅すると、それに気付いた母がわたしに言った。


「夕飯は? もう食べたの?」

「食べた」


 そう答え、わたしは自らの部屋に入る。そして一直線に机へと向かい、脇のパソコンの電源を入れる。


 板タブを机の上に置き、絵を描く為の環境を整える。


 パソコンの起動が終わり、パスワードの入力も終えホーム画面が表示されるとわたしはイラストソフトウェア、『フリップスタジオ』を立ち上げた。そして『新規ファイルの作成』を押す。すると、キャンバスのサイズやファイル名を入力するウィンドウが表示される。


 わたしはキーボードを叩き、文字を打ち込む。


『百合』


 それがファイルの名前となる。


 そして、画面にはまっさらなキャンバスが表示される。

 真っ白なそれとわたしは対峙する。


 わたしはカラーサークルから赤い色を選択した。血のような赤色。


 そして、ペンを手に取り、心の中で叫びを迸らせる――。


 わたしの百合で全員殺す。


 そのためならなんでもする。


 叩き付けるように、ペンを板タブの本体へと接触させる。


 すると板タブは最大の筆圧を検知した。白いキャンバスに、大きく歪な形状の円が描画される。


 真っ赤なそれは血溜まりのように見えた。

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