第14話 百合をする

「良い方法……? 何だよ良い方法って。百合を好きになれとか言うんじゃないだろうね?

 もうやったよ。その努力をしたよ。

 百合を好きになろうと――ううん、

 でも、頑張れば頑張るほど、逆にどんどん好きが遠ざかっていくような気がして……どうしようもないんだよ!」


 わたしは胸の中に大きな悔しさを自覚し、歯噛みした。


 アングレカムは一歩、わたしへと近づいて告げる。


「百合を好きになる必要なんてありませんのよ」

「はぁ……?」


 わたしは彼女の発言を訝しんだ。先ほど彼女が言っていた事と矛盾するようにも思える。


「『理解』さえ出来ていれば、別に『好き』は必要無いのですわ」


「自分なりの『理解』をする為――つまり『解釈』をする為には百合を好きじゃなきゃいけないっていうのがさっきのあんたの話じゃなかった?」


 わたしがそう指摘すると、アングレカムは小さく首を横に振った。


「百聞は一見に如かず、ということわざを知っていて?」

「馬鹿にしないでくれる?」

「それでしたら、実践に勝るものなし、という言葉も?」

「何が言いたいわけ?」


 アングレカムの言葉は要領を得ない。わたしはそれに苛々した。


 アングレカムが、蠱惑的な笑みで告げる。


「サクラさん、気付いていまして? ――貴女もわたくしも、女ですわ」


 そんなの当たり前だろ――とは言えなかった。


 わたしの意識の一端は既に彼女の思惑へと触れていた。


「まさか、あんた――」


 目を見開いた。わたしは動揺していた。一方、冷静なままの彼女は小さく趣向する。


「ええ、なんて僥倖ぎょうこうでしょう。貴女とわたくしは女同士。

 ――つまり、のですわ。

 サクラさん、貴女は百合が描きたいんですわよね? いや――百合で勝ちたい、と。

 でしたら、?」


 そう、彼女は提案した。


 わたしは宇宙空間に放り出されたかのような感覚を覚えた。今まで一秒たりともわたしから手を放す事は無かった重力が消失し舞い上がるような浮遊感を覚え、真空によってわたしの身体が崩壊してゆくようだった。


「百合を、する……?」


 アングレカムの言葉を繰り返す。わたしの声は震えてた。


「考えて見てくださいまし、世の多くの百合クリエイター――即ちユリエイターたちは一般的に世に存在する沢山の百合作品に触れる事によって学習をし、更に自らの内で百合という概念をパズルのように構築してゆくのですわ。そういった迂遠うえんな工程を経て、ようやく百合を創り出す事が出来るのですわ。

 けれど、そんな事よりも、自分が実際に百合を体験した方が遥かに手っ取り早いのではなくて?

 サクラさん、貴女は先ほど百合は戦争だと仰っていましたわよね? でしたら、ダミーの敵を相手に戦闘訓練を積み重ねる兵士と、実際に戦場に出て本物の敵と相対する兵士――どちらの方が兵士として早く成熟出来るか、明白ですわよね?」


 アングレカムが、わたしに更に顔を近付け、告げた。耳元で誘惑の言葉を呟く彼女。ああ、やはり彼女は悪魔だったのだ。人を甘い言葉で誘惑し、最後にはその魂を奪い取る悪魔。


「あんた、正気なの?」


 わたしは彼女を睨み、言い放った。


 百合をする――今日会ったばかりの人間と。常人の感性であれば、抵抗を覚えない筈が無い。


「わたくしが正気かどうかは、正気の定義によりますわね」


 曖昧な言葉で答えるアングレカム。

 だが、わたしは確信していた。


 この女はまともではない。


「さあ、どうしますのサクラさん。わたくしと百合をしますの? それとも、しませんの?」


 そう問い掛けるアングレカム。彼女のサファイアのような瞳がすぐ側にある。きらきらと美しく、しかしその美しい輝きによって彼女の本心は覆い隠されているようだった。


「わたしは――」


 拳を強く握り締める。


 この女と百合をするか、しないか。わたしの前に選択肢が突き付けられている。

 だが、逡巡は無かった。わたしの中で既に答えは固まっていた。


「やってやるよ」


 彼女の瞳を真っ直ぐに見据え、わたしは告げた。


「あんたと

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る