第13話 修羅
わたしがアングレカムの指摘を認める言葉を告げても、アングレカムの表情には変化が見られなかった。今までと変わりなく、涼しい笑みを浮かべるだけ。
「それにしても、良く分かったね。さすが神絵師様。眼が良いんだね。あぁ――嫉妬しちゃうなぁ」
自嘲のような笑みを口にして、わたしはガードレールへと
「そうだ、わたしは、百合が好きじゃないのに百合を描いている。奇妙に思えるのかもしれないね。けれどさ、それの何が悪いわけ? あんたさ、百合作家が異性婚したら叩く人間?」
わたしはアングレカムを睨み付けながら問うた。
「百合は、女が好きな女しか描いちゃいけないのか? そうじゃないだろ? 別に異性愛者が描いたって良い。男が描いたって良い。
――殺人鬼が描いたって良い。ナイフで人を刺して、その血に濡れた手を軽く洗ったらナイフをペンに持ち替えて、百合を描くんだ。それの何が悪い? 勿論、殺人そのものの是非は置いておくとしてね。
あらゆる人間に、百合を描く権利は与えられている」
わたしは凭れ掛かるガードレールに爪を立てるように、手に力を込める。
「――だから、百合を好きじゃない奴が百合を描いたって良い」
低い声でわたしは主張を告げた。
「百合なんてどうでもいい。女と女がイチャついてるから何なんだ? それの何が良いんだ?
スニミアだってそうだ。わたしは二人の関係性なんかに、何の関心も無い。イチャイチャしたいなら勝手にしてれば良いし――別れたいなら勝手に別れれば良い。そう思ってる」
この発言はもしかすると彼女の怒りを買うのではないかと思った。しかし、その予想に反して何の反応も示さなかった。
「なら、何で百合を好きじゃない奴が百合なんか描いてるのかって? 気になる? 教えてやるよ。
負けたくないから。それだけだ」
アングレカムの表情は相変わらず涼しい笑顔のままで、わたしは彼女が何を考えているのか読み取る事が出来なかった。それでも構わなかった。わたしはわたしの主張を伝えるだけだ。
「戦場で、ライフルの引き金を引いて銃弾を敵に叩き込む兵士は人を殺すのが好きなのか? 違うだろ? そうしなきゃ負けるからそうしてんだ。
戦うからには勝ちたいだろ。誰だってそうだ。
勝つ為にクソ不味いレーションで腹を満たして、ペラペラの布団で寝て家のベッドを恋しく思う。そして敵を目の前にしたなら恐怖と倫理観の訴えを押し殺して戦うんだ。
全部全部、勝ちたいからやってんだよ。戦いに勝つ事にはそれだけの価値がある。
それと変わんないんだよ。わたしが持つのは銃じゃなくてペンだ。銃弾をぶっ放すんじゃなくて、女と女の絵を描くんだ」
わたしはたった一人、苦難に満ちた険しい道を歩んでいる。そう、その道は――。
「わたしにとって、百合は戦争なんだよ」
修羅の道だ。
「この戦争に勝つ為に、わたしは死力を尽くしてる。負ける事は死ぬ事と変わんない。当然、死ぬ気でやるよ。
なあ、わたしは異常か? 異常だとして、それは許容されてはいけない異常なのか? わたしみたいな百合絵師が存在してちゃいけないのか? 答えろよ、おい」
わたしはアングレカムに問い掛ける。すると、彼女はようやく結んでいた口を開いた。
「善悪の話ではありませんのよ。わたしはただ、あなたが目を逸らしている事実を指摘しているに過ぎませんわ」
淡々と話すその様子にわたしは無性に腹が立った。
「『百合が好きではない』――それが百合絵師として致命的な欠陥である事は明白ですわ。
ですから、貴女が今のままどれだけ血の滲むような研鑽を重ねた所で、神絵師の域に至る事は出来ませんの。底辺百合絵師という立場に囚われたままですわ」
頭に血が上る。わたしは叫ぶように言葉を発する。
「分かってんだよそんな事! じゃあどうしろって言うんだ! 百合を描く事を諦めろって!?
そんな事出来ない……! そんなのは敵前逃亡だ! どれだけ勝ち目が薄くたって、わたしはもう戦い続けるしかないんだよ!
何が何でもわたしは百合を描く事で神絵師にならなきゃいけないんだ……!」
「諦める必要はありませんわ」
アングレカムが言った。そして、人差し指を立てる。
「一つ、良い方法がありますの」
笑顔を浮かべるアングレカム。
今のわたしにはそれが悪魔のそれなのか、天使のそれなのか判別が付かなかった。
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