第12話 真実

 わたしの描く百合が尊くない。


 そんな事を目の前の女はほざいた。


「――ッ! それってあなたの感想ですよね!? 尊いとか、尊くないとか、そんな主観的なもので値打ちを決められたら堪ったもんじゃないよ! そんなの何の証明にもなりはしない!」


 わたしは反論を捲し立てた。そうだ、結局はこいつの感性の問題で、わたしの絵の問題ではない。


「いえいえ、しっかりと証明になりますわよ」


 しかし、アングレカムはわたしの反論を意に介さず、涼しい顔で笑う。


「はぁ!? なってないだろ!」


「だってサクラさん――」


 そして、告げる。わたしにとっては全くの不意に、決定的な一言を。


「――貴女、のですわ」


 彼女のサファイアのような瞳。それが魔眼のように見えた。


「は、はぁ……? 何を……」


 わたしは動揺するばかりだった。


 わたしに向けて、「百合が好きでない」のだと彼女は確かに断言したのだ。


 曲がりなりにも百合絵師のわたしに。

 今まで食ったパンの数を覚えていないのと同じ、何枚のスニミアを描いたかなんて覚えてない、更に言えば『金星の魔女』以前にも沢山の百合を描いていた――そんなわたしに向けて。


「サクラさん、貴女の描く百合は空っぽですのよ」


 彼女の笑みがこちらへと迫る。


「貴女はただ、世の中にある百合を、その外側だけなぞっているに過ぎないのですわ。そこには魂が籠もっていない。

 外面を取り繕っただけの空虚な創作――そんなもの、百合に限らず芸術と呼ぶ事は出来ませんわ」


 淀み無く、彼女は理論を紡ぐ。


「貴女は百合の事を何も理解していないのですわ。

 勿論、世の中の多くの絵師は本当に百合を理解しているとは言えないでしょう。

 けれども、彼らは自らの『解釈』を自らの百合に吹き込むのですわ。それが魂を込めるという事。

 けれど、その行為には百合という概念に対しての愛が不可欠ですの。愛が、強い思いがあるからこそそこに熱が生まれる。見るものの心を動かす熱ですの。

 ――それが、『尊い』を生み出すのですわ。

 けれど、貴女の百合からはそれが感じられませんの」


「そんなっ、事……」


「サクラさん、貴女には百合に対しての愛が欠けているのですわ。だから、あなたの描く百合は尊くない。

 わたしの言う事が出鱈目だというのなら、答えて下さいまし。――貴女は、本当に百合が好きなんですの?」


 彼女の問い掛けがわたしを突き刺す。


 わたしは視線を落とした。アスファルトが光に照らされている。

 一台の車がわたしの隣を通り過ぎた。僅かな風圧。それがわたしの髪を揺らした。


「――ふひ、ひっ……」


 小さく開いたわたしの口から溢れたのは笑い声だった。


「ひひひひ、っひひひぁっ、はははははは――」


 どうしてわたしは笑っているのか。自分でも分からなかった。でも、変な薬を打ったみたいにわたしの気分は高揚して、笑わずにはいられなかった。


 わたしは空を仰いで大きく笑う。


「――はははははは、ははははははははははははははははぅ! ぃひひひひひ、ひひひひひひひひひひ! ぁひゃひゃひゃひゃひゃひゃはははは、はははははははははははははははははァッ!」


 鈍い静寂が聴こえた。


 今宵の月は満月で、その光がいやに眩しかった。建物から漏れ出る照明の光よりも、等間隔で屹立する街灯の光よりも、車のヘッドライトの光よりも眩しい。


 その光がわたしを照らし、その奥の潜むものを、わたしが今までひた隠しにしてきた真実を浮かび上がらせてしまったのだ。


 空を仰いでいたわたしは再び地面へと視線を落とす。そこからゆっくりと視線を上げ、アングレカムを視界に入れる。


「大正解」


 わたしは小さく言い放った。


「あんたの言う通りだよ、アングレカム――」


 昏い笑みを浮かべ、わたしは彼女の指摘を認める。


「――わたしは、

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