第11話 なんだァ?てめェ……

 ファミレスを出ると夜の帳が下りていた。


「いやー申し訳ないね、君たちを仲間外れにするような形になっちゃって」


 おもちいぬさんが言った。


 話の流れで大人組は飲みに行く事になったのだ。それに未成年のわたしたちが付いて行くわけにもいかないので、未成年組は帰る事になった。


「いえ、大丈夫ですよ。飲み会、楽しんできて下さい」

「わたくしも不満なんて無いですわ。今日という素晴らしい日を下さった事には感謝の念しかありませんの」


 わたしたちがそう告げるとおもちいぬさんは表情を綻ばせた。隣の漆瀧さんとプォニイさんも。


「またいつか、集まりましょう」


 おもちいぬさんが感慨に浸るような表情で言った。


「はい、是非」

「その時を心待ちにしていますわ」


 そうしてわたしとアングレカムは駅に向かって歩き出す事になった。


 都会の夜道。周囲には背の高い建物が並んで照明の光を夜の闇に溶かしている。わたしたちが歩く広い歩道の脇を時折車が通り過ぎて、そのヘッドライトが眩しかった。


 隣を歩くアングレカムが弾むような声音で言う。


「それにしても、今日の日は本当に充実した一日でしたわ。きっと、一生の思い出に残る事ですわ。サクラさんもそう思いませんこと?」

「……そうだね」


 反対にわたしの声は全く弾んでいない。ぐずぐずに腐った果実を地面に落とした時のようだった。


「この出会いを齎してくれた『金星の魔女』に感謝ですわ。わたくし、これからも沢山スニミアを描くと決心しましたの」

「……あっそう」


 わたしの返事は自然とぶっきらぼうなものになる。


 それからもアングレカムは壊れた音楽プレーヤーみたいにずっと喋り続けた。鬱陶しい事この上なかった。わたしはそれに対して無愛想な返事をする。


 ふと、アングレカムが問う。


「そういえば、サクラさんはどこの高校に通っていらして?」


「……私立菜乃笛高校」


 嘘を吐くのも黙ったままでいるのも流石に良くないと思ったのでわたしは正直に答えてしまった。だがそれは誤った選択だったかもしれない。


 アングレカムの表情が太陽のように輝く。


「まあ、存じ上げておりますわ! 同じ県の学校ですのね!」


 しくじったな、とわたしは思った。


 同じ県内の学校に通っている。それだったらもしかして帰りの電車も一緒か? その事を考えてわたしは憂鬱になった。


「距離もそれほど離れていない筈……もしかしたらわたくしとサクラさん、近所に住んでいるのかもしれませんわね。だとしたら、わたしたち二人で会う事も出来ますわ」


 二人で会う? 冗談じゃない。


「これもきっと何かの縁ですわ。サクラさん、わたくしと『NINE』の交換をしましょう」


 目を輝かせてスマホを取り出すアングレカム。わたしは彼女から目を逸らした。


「遠慮しとくよ」

「まあ、どうしてですの?」


 不思議そうな声音のアングレカム。わたしがあんたと仲良くしなくちゃいけない義理なんて無い。

 わたしは彼女の問い掛けに何も答えなかった。スマホを取り出す事も無かった。


 この態度でようやく彼女も察しただろうか。そう思った時。


「……サクラさんは、勿体無い事をしますのね」


 彼女はそう言った。先ほどまでとは声音が少しばかり違った。


「勿体無い?」


 彼女の言葉の意味が分からずにわたしはそう問うた。


 すると、アングレカムは口の端を吊り上げた。


 その笑みは先ほどまでの太陽のような笑みではなく、鋭い月光のような笑みだった。


「ええ。だって――サクラさんのようなが神絵師と懇意こんいに出来るまたとない機会ですのに」


 彼女は確かにそう言い放った。


 底辺絵師、と。


「なッ……!」


 わたしの内で感情が着火する。


 激しい怒りでわたしの表情が歪む。憤怒の視線をアングレカムへと向けた。しかしながら、アングレカムは涼しい笑みを浮かべていた。


 認めよう。確かに先ほどまでのわたしの態度は良くなかった。彼女に対して勝手に嫉妬をし、不適切な態度を取ってしまっていた。その事が彼女に伝わってしまったのかもしれない。だから、わたしに何の非も無いという事は無い。


 けれど。


 彼女のさっきの言葉は流石にラインを超えている。絵に対して真摯に打ち込む者に対して「底辺絵師」などという侮辱の言葉を吐き掛けて良い道理は無い。


 そっちがそのつもりならやってやる。わたしは彼女に対して口撃をすると決めた。いや、そうせずにはいられなかった。


「あんた、随分と自惚れが過ぎるんじゃないの? フォロワー数が絶対的な指標だと思ってる? 言っとくけど、あんたの絵、そこまで上手いわけじゃないよ」


 そうだ。アングレカムはそこまで高い絵の技量を持っているわけではない。確かにわたしより上手い。けれど、圧倒的な差異が存在しているわけではない。どんぐりの背比べだ。アングレカムよりも遥かに絵の上手い本物の化け物がこの世にはごろごろ居る。


「それだっていうのに人を底辺絵師呼ばわりして、神絵師気取り? 笑わせるね。わたしとあんたの間にそれほどの違いなんて無いんだよ。数ヶ月後にはわたしがあんたの事を追い越してるかもしれない。その程度のもんでしかないよ」


 しかし、アングレカムは笑みを崩さなかった。


「いえいえ、わたくしとサクラさんの間には決定的な差異がありますわ」


「はあ? じゃあその決定的な差異って言うのは何なの? 言ってみろよ!」


 絵の上手さなんて、議論した所で水掛け論にしかならない。そんな事は重々承知している。それでも、問い詰めずにはいられなかった。


「サクラさんは勘違いをしているようですわね」

「あ……?」


 何が言いたいのか分からない。


「わたくしの言う差異とは別に絵の技量の話ではありませんのよ。確かにそれに関して言えば、わたくしの方が若干優れている、という程度のものでしかないでしょう」


「だったら何が違うって言うんだよ。何でわたしが底辺絵師で、あんたが神絵師なんだ? その違いを証明してみせろよ!」


 わたしは大きく手を振るって問い質した。怒りが最早制御のきかない範疇にまで膨れ上がっている。


「あなたは百合絵師として、底辺なのですわよ。だって――」


 少し引っかかる言い方だった。


 アングレカムは悪魔のような笑みで告げる。


「――サクラさんの描く百合は、んですもの」


「なんだァ? てめェ……」


 春佳、キレた!!

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